本格的な点字楽譜のソフトがあります

Windows用で「B'Score(ビースコア)」という点字楽譜のソフトがあります。
https://www.be-music.jp/

このソフトは機能が豊富でとても使いやすく、点字楽譜の世界では定番になっています。

音符の入力は、パソコンキーボードの点字6点入力も、五線を使っての入力も、どちらも可能です。

点字プリンターにも対応していますし、通常のプリンターで五線の楽譜を印刷することもできます。

無料お試し版がありますので、興味のある方はお試しになられてはいかがでしょうか。

しかし、点字楽譜とはどういうものか、知らない方は多いかもしれません。

パソコンキーボードで、点字の6点入力をやったことがある方ならば、文字を音符に置き換えればいいだけですので、基本的な音符はすぐに入力できると思います。

点字楽譜を知っていますか?

小学校4年生の国語の授業に、点字の時間があるようですね。

私の時代にはあるはずもないのですが、検索してみると、2000年前後からこの話題が出てくるようです。

授業の内容は「調べ学習」といって、生徒たちに自ら物事を調べさせ、学ぶ力を育むというものらしい。

その題材に出されたのが「ルイ・ブライユ」というキーワードなのですが、これは200年ほど前に点字の仕組みを考えたフランスの人物です。

2013年には、小学生のネット検索数で全人物中1位になったということです。

全国の小学生が一斉に調べるのですから、当然といえば当然かもしれません。

この話は、テレビのクイズ番組を見て知ったのですが、驚いたのは、私はこのルイ・ブライユという方を知っていたんですね。

一昨年の11月に、「点字楽譜体験ページ」というWEBページを公開したのですが、その際に点字のことを少し勉強していたのです。

ちなみにルイ・ブライユさんは、この点字の楽譜の表記法を、点字と同じくらいの時期に完成させていたようです。

MacではなくWindowsを使っているのはDOS/Vパソコンのイメージがあるからだと思います

一番のものは使わないみたいなことを書いたくせに、私はMacではなくWindowsを使っています。

Macは完成度や安全性を高くするために、Appleの中で完結するような思想がありますよね。

私も、最初の一体型のMacやPowerBook 520cという製品を持っていました。

一体型のMacはとんでもなく高価で手が出なかったのですが、並行輸入をするショップがあって、そこで安く購入できたんですね。

外付けハードディスクが必要だったので、日本製の200MBytesのものを購入した記憶があります。

音楽制作に、どうしてもMark of the UnicornのPerformerを使いたくて、ローンを組んで手に入れました。

とても多機能なのに、Mac OSのおかげもあり、ほんとうに使いやすくて驚きました。

PowerBook 500シリーズは、初めてタッチパッドが搭載されたり、曲線のとてもきれいなデザインだったりと、かなり画期的なパソコンだったと思います。

当時からMacは、MS-DOSパソコンと比べて、OSも外見も洗練されていたイメージがあります。

CMSもどうやって作るのかを調べているときが楽しいようです

数年前まで、世の中がWordPress一色になって行くのを横目で見ながら、Joomla!やDrupalを使っていました。

あえて実績があったり評判のいいものを選ばずに、周りの人が使っていないものを選ぼうとしているわけではありません。

一番ではないけれども、すごくいいらしいという評判を聞いたら、使ってみたくてウズウズしてくるんですね。

もちろん、個人的にはWordPressを一番使っていますし、仕事で請けてきたのもほとんどがWordPressでした。

完成度はとても高いと思いますし、情報量が圧倒的に多いので安心感は抜群です。

インターネットプロバイダは長年niftyを使っていたのですが、ADSL接続サービスが終了するというので、先日解約しました。

そのために、Score Magazineのブログで使っていたniftyのココログを、WordPressに移行することにしたのですが、「ココログ WordPress 移行」で検索したらズラーっとヒットします。

インポート用のプラグインもすぐ見つかりました。

上記以外のCMSでは、EC-CUBEやMoodleのカスタマイズの仕事をしたことがあります。

一番人気ではなく、ちょっと情報が少ないものに興味があるようです

PCの話から脱線しますが、思い出したので書いてみます。

私はバイクの中型免許を取ったのが30代でした。

取った直後に購入したのが、YAMAHAのSRというバイクです。

単気筒の鼓動が心地よくて、デザインもレトロで雰囲気があり、とても好きなバイクでした。

私にとって残念な点があるとすれば、人気がありすぎました。

当時福岡では、本当によく見かけたんですね。信号待ちしていると、対向車線に同じSRが停まっているのです。

ある日もそんな状況だったのですが、その日は左右からSRが目の前を交差して行きました。そのとき、こりゃ多すぎだと思ってしまったのでした。

これはあくまでも個人的な感想で、SR自体、超ロングセラーだけあって、乗っていてとても気持ちのいい、すばらしいバイクだと思います。

自分の中で同じテイストのバイクを探して、二気筒のスポーツスターに目を付け、大型バイクの免許を取ってから、ローンを組んで手に入れました。2000年式でした。

当時もバイク好きの人からはよく知られていたのですが、今ほど誰でも知っているバイクではありませんでした。

実験的なことに参加するワクワク感を感じていたいのかもしれません

私が今でもPCが必要な理由は、Score Magazineの動作チェックに必要だからです。

今でこそ、Windows 7、8、10のチェックくらいで済みますが、Windows XPが現役だったときに、Windows 98から7まで、すべてチェックしていた時期があったように記憶しています。

「Windows Vistaの64ビット版は動作しますか?」というお問い合わせがあったとき、社内には32ビット版しかなく、「動きます」とはいえない状況だったときもありました。

OSが変わるたびにPCを買うのは大変です。

以前にも書きましたが、このようなときのために自作パソコンを作っておいて、チェックのときは筐体のフタを開けて、各OSのハードディスクを入れ替えていました。

しかし、私はPCを必要だから使っている理由の他に、好きだから使っている理由もあります。

いろいろな新しいことに、首を突っ込める可能性が高いと思っているのです。

私はたまに、Google DevelopersブログなどのIT情報サイトを見ます。

新しい技術が発表されたというニュースで、その技術を試してみる方法が記載されていたりします。

PCがなくなるかどうかは分かりませんが、よく分からないところが面白いです

昨年末、x86のWin32アプリが動作する、ARM版Windows 10が登場するという噂が話題になりました。

つまり、今までWindowsパソコンでしか動かなかったソフトが、スマートフォンで動く可能性があるということです。

ずいぶん前から、PC(パソコン)はなくなるのかという議論が続いていますが、また再燃しそうですね。

多くの方が、業務でPCを使う主な理由は、WordやExcelのようなOfficeソフトを使う、というのがあると思います。

Windows 10が搭載されたスマホで、PC版Excelを編集したいかと問われたら、その必要はないと考える方も多いでしょう。

とはいうものの、画面の大きなタブレットであったならば、それなりに便利な場面もあるかもしれませんし、今までタブレットだけで編集作業をやってきた方に取っては、今度こそ本当にPCは不要になるかもしれません。

クリエイターの方にとっても、大画面タブレットとタッチペンで操作する、フル機能のPhotoshopやIllustratorがあれば、元々キャンバスに絵を描いていたような人にとっては、PC+マウスより遥かに作業しやすいかもしれません。

子供の頃はうどんやそばの発祥の地という話は話題に上りませんでした

今でこそ福岡は、うどん、そば、饅頭の発祥の地という雑学を耳にするようになりましたが、私が子供の頃は、そのような話が話題に上ったことはなかったです。

たぶん近年の、ご当地グルメ番組などの影響ではないでしょうか。

調べたところによると、鎌倉時代に円爾(えんに)という禅宗の僧が、うどんやそばなどの製粉技術を持ち帰ったという言い伝えから、このような話になっているようです。

これは今まで書いてきたように、福岡は大陸に近く、多くの人たちが行き来する中に、円爾さんのような方がいたということではないでしょうか。

当時の庶民の生活には、あまり関係なかったように思います。

成田空港に、外国から珍しいものを持ってくる人はいるでしょうが、成田に住む人にはあまり関係ないのと同じようなことです。ちょっと例えが飛躍しすぎてますか・・・。

うどんやそばと同じように知られているのは、同じ禅僧の栄西さんが、当時脊振山にあった霊仙寺付近でお茶を栽培したことです。

そのお茶は、栄西さんから明恵上人に送られたそうですので、やはり大陸の新しいものは、まずは京の都を目指したのではないでしょうか。

とはいえ昨日書いたように、北西九州の人は、新しいものが入ってきているという感覚を常に持っていたと思います。

北西九州の人は大陸や西洋に目が向いていたのではないかと思います

私は、ウニ屋さんのネットショップをお手伝いしていた時期があります。

その会社の社長は、ウニを買い付けに行くために世界中を回る方だったのですが、最も多く仕入れていたのは韓国産なんですね。

しょっちゅう漁場に出かけていました。

一方で、高級品として長崎県対馬産のウニも販売していました。

では、味や品質がそんなに違うのかといえばそうではない。

対馬から海を望めばすぐ近くに韓国が見える。社長がいうには、ウニが食べているものは一緒だよと。

このような地域の人たちにとっては、中央で武士と朝廷が争っていることよりは、すぐ近くの外国との交流の方に関心があるのは、当然じゃないかと思うんですね。

西洋のものにしても同じです。

ザビエルがキリスト教を伝えてから、九州にはキリシタン大名がかなりいたようですから、庶民も改宗した人は多かったと思います。

それが、キリシタン弾圧と鎖国を経て、江戸時代は長崎の出島しか西洋との交流はなかったけれども、今でもあれだけ平戸や天草などに教会が残っています。

西洋の文化の薫りも、そこに住む人々は、少なからず感じていたのではないでしょうか。

中央に対抗するような意識はあまりないようです

昨日は、来るもの拒まずのお話をしましたが、去るもの追わずということもいえると思います。

何となく、という感じで上京する高校の同級生は多かったです。私はもう少し目的がありましたが。

福岡出身の芸能人が多いのもそのせいかなと思います。

私の周りだけかもしれませんが、プロ野球のライオンズが所沢に移ったときも、ほとんど話題になっていませんでした。

出て行くのもあまりこだわりがない。

その当時から、熱しやすく冷めやすい県民性、といわれていたように記憶しています。

中年になってから、綱野善彦さんや井沢元彦さんの日本史に関する本を読むようになりました。

読んでいて感じたのですが、鎌倉幕府から武士が台頭してきて、足利尊氏が室町幕府を設立したり、朝廷が南北に分かれて争ったり、戦国時代よりも前は、歴史は近畿と関東、東北を中心に回りますよね。

当然、一方の地域に住む人たちは、他方の地域を意識していたんじゃないでしょうか。

九州に住む人たちは、近畿を意識していたのかといえば、それはなかったんじゃないかと思うんです。

南北朝時代に後醍醐天皇の皇子である懐良親王が、大宰府を占拠して、一時期、九州で南朝の勢力を拡大させました。