受講者の方の行動を見て、私自ら自由な発想を制限しているような気がしてきました

今日はASK アクティブシニア交流会さん主催のパソコン・スマホ勉強会の第3回目でした。

会場がこの日しか予約できなかったのでしょうがないのですが、9日の第2回目といい、お盆の最中なので参加される方が少ない。

それでも参加していただける方がいるだけありがたいです。

今日はスマホで写真を撮ってもらって、画像編集の基礎をやりました。

サイズを縮小したり、色味を明るくしたり、クルマのナンバープレートをぼかしたり。

編集には、インストールしなくていいWebアプリのPixlr Editorを使いました。

サイズを縮小したあとちょっと脱線して、Google Keepにその写真を読み込んで、写真に写っているテキスト抽出をやってもらいました。

Keepに写真を取り込んでテキスト抽出をやっておけば、以前やったようにGoogleドキュメントはKeepと連携しているので、抽出したテキストを組み合わせて文章が作れることをお伝えしました。

すると受講者の方から「Keepのアイコンが表示されない」という質問が。

よく見ると、その方はGoogleドキュメントではなくWordを起動されています。

「WordではなくGoogleドキュメントです。Googleアプリどうしだから連携できるんですよ」とお伝えして、「今度は色味を明るくする作業をするのでPixlr Editorに戻ってください」といったら、Pixlr Editorのタブを閉じちゃったという方が。

ひとつの作業が終わったら、タブを閉じちゃう方がいらっしゃるのを忘れていました。

「しばらくPixlr Editorを使うので、タブは閉じないでください」とお伝えして、再度Pixlr Editorにアクセスしてもらいます。

そんなこんなで今日の勉強会も終わったのですが、今思い返してみると、Googleアプリどうしだから連携できるとか、作業が終わってもWebアプリが起動しているタブは閉じないでおくなどは、やっぱりパソコンならではの決まりごとだろうな、と思えてきました。

同じメーカーの道具が連携して動くとか、ある道具に付いているタブを開けば別の道具が動いているとか、コンピューターの中ではないリアルの世界ではありえないですよね。

私は社会人になって以来パソコンの仕事をしているので、パソコンの中の決まりごとが当たり前になっていますが、そうじゃない人にとってはやっぱり特殊な世界です。

受講者の方が取られた行動の方が、当たり前のような気がします。

もしかすると、特殊な決まりごとが無意識に身に付いている分、自分の自由な発想が制限されているような気もしています。