若い頃に戻れるとしたら戻りたいか、とか、もし戻れるとしたら何歳の頃に戻りたいか、というような問いは、誰でも一度は考えたことがあるのではないかと思います。
確かにこのような問いは、現在切羽詰った問題を抱えていらっしゃる方にとっては、叶うものであれば叶って欲しいのだろうと思います。
一方で、そのように切羽詰っているわけではない方、私もそうですが、そのような人にとっては、あまり意味のある問いだとは思えません。
どんな人にも重大な岐路はあったと思います。
受験とか就職とか結婚とか、悔やんでも悔やみ切れない失敗をされたかもしれません。
親友や恋人と別れることになったきっかけもそうでしょう。
そのような重大なことの最中は、時間にすると短いですよね。
ところがそれ以外の時間は、本質の変わらない自分という人間が、淡々と生活しているわけです。
例えば、親友と疎遠になるきっかけの大喧嘩の前に戻ったとして、今度は無事に大喧嘩を避けることができた。
そのときはホッとするでしょうが、そもそも大喧嘩に至るまでに、何かしら大きな不満を持っていたのかもしれない。
その不満は、親友と自分との関係性から生じたものであって、自分という人間の本質が変わらない限り、日常を送っているうちにまた大喧嘩をするかもしれない。
タイムマシンで変えたい過去に戻っても、結局は変わらなかったというオチですね。
そもそも今の自分というのは、潜在意識が望んだことの結果だという話を聞いたことがあります。
そういう意味では、「死ぬときに後悔する○○のこと」を読んで、自分は後悔しないようにするというのは違うんじゃないかと思います。
そうではなくて、「○○できなかったのは人それぞれの理由がある」というところから出発して、「自分の場合はやっぱり○○はできないな」、というような結論に至っても、それはそれでいいのではないかと思っています。