ハイファイでなくても脳が気持ちのいい音だと判断すればそれでいいのでしょう

先日、テレビを見ていて驚いたのですが、ステレオの電流にもこだわっている方が、電力会社と契約して、電線から自宅のステレオ専用に、直接電源を引いていました。

部屋にあるコンセントだと、家電と干渉してノイズの原因になるので、それを避けたいということでしょう。

人間のこだわりはどこまでも限りがないんだな、とちょっと感動しました。

一方で、私は蓄音機でSPレコードを演奏するコンサートに行ったことがあるのですが、とても艶のある音で驚いた記憶があります。

SPレコードなので当然モノラル録音ですし、電気も使わず、大きなラッパだけで音を増幅します。

超ハイファイステレオの対極の姿ですよね。

普段、私たちはSPレコードを聴く機会なんてほとんどありませんが、それでもクラシック音楽の1950年代のモノラル録音盤ならば普通に売っています。

例えばワルターのモーツァルトやマーラーなどを聴いていて、音楽に集中していると、モノラル録音であろうがステレオ録音であろうが、私は気になりません。

物理的な特性が劣っていても、音楽を判断しているのは脳なので、脳が気持ちのいい音だと判断すれば、それで満足なんじゃないかと思います。

とはいいつつも、20代の頃秋葉原の電気街で、机の上に置ける小さなアンプを衝動買いしたことがあります。

邪魔にならないサイズはとても気に入っていたのですが、明らかにハイが出ていません。

音楽をいくら聴いても、私の脳は、その音を気持ちがいいと感じるようには補正してくれませんでした。

結局そのアンプは人に売ってしまったのですが、脳が判断するいい音というのは、単純に物理的特性だけではないということですね。