易経と唯識仏教が心の拠り所になっています

最近仕事で困ったことがあったりしても、易経や唯識仏教を学んでいるせいか、以前ほど焦らなくなりました。

ゲームソフトのディレクターをやっていたときは、仕事上スケジュールや制作費のことを常に考えている必要がありましたが、もともと気にしすぎるタイプなので、それなりに上手くこなせていたように思います。

しかし三十過ぎて独立してから、あれこれ手を広げすぎたせいで、キャパオーバーを起こしてパニック障害になってしまいました。

ディレクターをやっていると、悪いことを想像して、先回りしてある程度それに対処できるように準備しておく必要があると思いますが、独立した当初は張り切ってしまって、四六時中いつでもどこまでも想像してしまうんですね。

歯止めが効かないというか。

そんなこともあって、治療のために仕事をセーブしている頃から、心の拠り所のようなものが欲しくていろいろな本を読んで来たつもりです。

そんな中で易経と唯識仏教に出会いました。

易経には64卦(か)の世界と384爻(こう)のストーリーがあります。

これだけ多岐にわたるストーリーがあれば、今困っていることもそのどれかに当てはまり、何かしら解決のヒントが見つかるだろうという安心感があります。

それに、易経を覚えるために毎日占って解説を読んでいるのですが、当然吉が出る日もあれば凶が出る日もあります。

大凶なんか出た日はやっぱり気になりますが、毎日やっていれば定期的に出ますので、耐性はできると思います。

唯識仏教も、例えば五十一の心所というのがあり、五十一種類の心の動きを事細かに解説してくれます。

唯識仏教を学んでいても凡人であることは変わらないので、今でもムカついたり焦ったりするのですが、それでも今の心の動きは五十一種類のどれかに当てはまると考えれば、必要以上に不安になることも避けられそうです。

そもそも唯識仏教は瑜伽行唯識派(ゆがぎょうゆいしきは)といって、ヨガ、今でいう坐禅のようなものを実践する学派です。

心がざわついていても坐禅をすれば何とかなる、というのは私でも実感しています。

そのようなわけで、今では易経と唯識仏教が心の拠り所になっているのです。