おじさんになったら継続ということができるようになるのかもしれません

ブログが一年続いたので、おじさんになったら少しは継続ということができるようになるのかな、と不思議な気持ちになりました。

思い返してみると、子供の頃から継続なんて全くできない人生だったように思います。

物心付いたときから親がいろいろと習い事をさせてくれました。

うちだけが特別なのではなく、高度成長期の新興住宅地に住んでいるような家庭は、○○ちゃんもやっているから、というような軽いノリで子供にやらせていたんじゃないでしょうか。

最初の記憶は絵画教室です。

多分保育園に行っていた頃だと思うのですが、周りはお兄さんお姉さんばかり。

先生から「何描いてるの?」と聞かれて「怪獣」と答えた記憶があります。

それ以降もたくさん経験しました。

ヤマハ音楽教室のオルガンだったり、英会話だったり、習字だったり。

小学生までは、自分でやりたいと言った記憶はなく、同級生や近所の子供たちと一緒に行かされていたのです。

今考えてみると、家族に好きな人いないでしょう?というような家にまで、アップライトピアノが置かれていました。

私もそのような例に漏れず、どれもものにならずに辞めました。

考古学が解明していない時代は人々の想像がそれを埋めるようです

二回にわたって、松木武彦著「縄文とケルト」(ちくま新書)に関連したお話をしてきました。

近所にある吉武高木遺跡が、世界史的な関連性の中で語られていたのは、読んでみてとてもよかったと思います。

それに、ケルトについての近年の考古学界の見解。

一口にケルトといっても、人工物、墓、住居など時代や地域によって相当の違いがあり、一個の民族集団の痕跡などとは考えられない。

それがローマの支配から、その後のアングロ・サクソン人やノルマン人などの支配に移って行く。

そのような歴史的背景が、後世に国としてまとまるときの精神的手段として歴史的なアイデンティティが必要とされたとき、基層に広がるケルトのそれに求められた、というようなことでした。

そのことが、漢以降の隣国の支配を受けなかった日本との比較で、より明確に理解できました。

歴史の授業では、日本史と世界史という全く別の時間帯で、関連性なく習ってきました。

当時、この本のような視点から両者の歴史を辿っていたら、かなり興味深い授業になっていたように思います。

とはいうものの、私が中学、高校生だった1970年代は、日本でケルトという言葉はほとんど知られていなかったのではないでしょうか。

原ケルトを通して吉武高木の当時の社会が垣間見えたような気がしました

「縄文とケルト」は副題に「辺境の比較考古学」とあるように、アナロジーというキーワードを元に、イギリスに分布するストーンサークルなどの建造物を、日本列島のものと比較して行きます。

アナロジーについて筆者は、別個の事象の間に類似のパターンやイメージを見つけ出し両者を関連づける働き、というような説明をされています。

これは、ユングのいう世界の神話に見られる類似性、つまり「元型」や「集合的無意識」ですよね。

私はこの手の話には弱い。つい買ってしまいます。

この本で知りたかったのは、今の考古学でケルトはどう捉えられているのか、それに筆者の吉武高木遺跡についての見解です。

前者でいえば、青銅器時代の墓から発掘された副葬品から、ヨーロッパ大陸にルーツを持ち、金属加工を生業とする「鋳物師(いもじ)」のような集団がいたらしい。

彼らは、ケルトの活動期に比べるとずっと古いが、副葬品の分布域とケルトの文化域が重なっているため、「原ケルト」と呼んでもいいのでは、というようなことを仰っています。

後者については、副葬品に朝鮮半島をルーツとする外来的な性格が感じられる、などいくつかの理由から、ブリテン島青銅器時代の「鋳物師」の墓と重なって見えた、とあります。

「縄文とケルト」という本に吉武高木遺跡のことが載っていました

先月、書店に松木武彦著「縄文とケルト」(ちくま新書)という本が並んでいました。

これは面白そうだと手に取って、パラパラとページをめくっていたら、吉武高木遺跡についての記述を発見。

家の近所にある遺跡が、「縄文とケルト」という厳かな題名の本に載っている。

これは読まない理由はありません。即買ってしまいました。

吉武高木遺跡については以前も書きましたが、国内最古の王墓であるとか、三種の神器が出土したとか、考古学上では有名な遺跡らしいのですが、それ以上の考察はインターネットで調べてもよく分かりませんでした。

そもそも地元の人の間で、少なくとも私の周りでは、吉武高木遺跡の話題は出たことがありません。

今年の4月に、この場所は「やよいの風公園」として整備されたのですが、そのことも話題に上りません。

そんなことを思いながら「やよいの風公園」と検索してみたら、立派なホームページがありました。いつの間に・・・。
http://bunkazai.city.fukuoka.lg.jp/yoshitaketakagi/

誰もが自分しか知らない分野で突出した才能を発揮していると思っています

以前どこかで、いくら得意なことを仕事にしようといっても、金魚すくいを一生の仕事にはできないだろう、というような文章を読んだことがあります。

なるほどと思う一方で、上手いマーケティングを絡めるなどすれば、金魚すくいも仕事として成り立つんじゃないかと思ったものです。

見た方もいらっしゃると思いますが、UFOキャッチャーがとんでもなく上手い方が、自分の技術の限界に挑戦するテレビ番組があったのですが、その出演料なんて、かなりのものなのではないでしょうか。

金魚すくいの天才も、UFOキャッチャーの天才も、10歳のときに本質を悟ったのかどうかは分かりませんが、私も実はあまり知られていない分野で天才であって、子供の頃に本質を悟っていたならば、人生も変わっていたかもしれないと夢想してしまいます。

改めて加藤九段のツイッターを見返してみると、本質を悟ったのは「10歳のとき新聞の観戦記に触れ」たときだと仰っています。

幼稚園のころ、将棋で大人に勝ってばかりいて、対戦相手がいなくなったほどなので、周りに技術を指導できる大人は存在しなかったんですよね。

つまり、天才が道を見失うという段階があるわけです。

そんなときに、新聞でプロの観戦記に触れて、何かの天啓を得たということだと思います。

人は誰でも何かしらに天才的な才能を持っているような気がします

加藤一二三九段が、Twitterで次のように引退をご報告されました。

「10歳のとき新聞の観戦記に触れ将棋の本質を悟ったわたくしが、天職である将棋に、最善の環境の中、生涯を懸け全身全霊を傾け打ち込むことができましたのは、御支援賜りましたスポンサー、将棋ファンすべての皆様おひとりおひとりのおかげに他なりません。幸せな棋士人生をありがとうございました。」

この中の「10歳のとき新聞の観戦記に触れ将棋の本質を悟った」というところに衝撃を受けました。

幼稚園のころ、将棋で大人に勝ってばかりいて、対戦相手がいなくなったのでしばらく将棋から遠ざかっていた、というほどの天才ですので、この発言は説得力があります。

将棋に限らず、どんな分野でもその道を極める人たちは、やはり子供の頃に、加藤九段のように「本質を悟る」という瞬間があるのでしょうか。

私の場合は当然ですが、物心ついたときから、勉強にしろ芸術にしろ、このような境地に至ったことは一度もありません。

義務教育期間中は、少年ソフトボールや軟式野球かなり入れ込みましたが、やはりそのような経験はできずじまいです。

補欠だったから当然か・・・。

人の興味というのは基本的には変わらないのかもしれません

意思の力でストイックに仕事だけを続けていても、いつかは心がそれについて行けなくなるようです。

私の場合は、ある日電車に乗っていて、パニック障害という発作が起きてそのことを理解しました。

仕事をセーブして療養しているときに、心もケアしなければということに気が付いて、自分が昔好きだったことを思い出そうとしたことを昨日書きました。

「ロシア・アヴァンギャルド」は、ストイックな生活を始める前に買ったのか、療養中に買ったのか忘れましたが、「音楽のヨーロッパ史」を買ったのは療養中でした。

音楽は子供の頃から好きでしたが、大学生から社会人にかけて、ワールドミュージックや古楽など、ポピュラーミュージック以外にも興味を持っていたことを思い出したんですね。

以前、「古代ギリシャの音楽」というCDが少し話題になったことがあるのですが、そのような音楽に興味がある人には、「音楽のヨーロッパ史」は好奇心を満たしてくれると思います。

美術館に行ったり、美術の本をたまに買ったりしだしたのは、大学生の頃からなのですが、知識は増やしたいと思っていましたので、「ロシア・アヴァンギャルド」を買ったのだと思います。

何年経っても以前好きだったことに触れると心がホッとします

亀山郁夫著「ロシア・アヴァンギャルド」は1996年に出版されており、上尾信也著「音楽のヨーロッパ史」は2000年に、佐藤晃子著「日本の絵画50」は2006年に、それぞれ出版されています。

この順番に購入したのは記憶しています。

出版された時期のことを思い出してみると、「ロシア・アヴァンギャルド」の頃は、今まで何度か書きましたが、私は体を壊してしまって、「日本の絵画50」の頃に何とか回復していました。

大学生の頃や社会人になってからも、せっかく東京にいるのだからと、ちょくちょく美術展に出かけていました。

その頃出版されていた、例えば「週間グレートアーティスト」(同朋舎出版)のような雑誌も、気に入った号は集めていました。

しかし30歳過ぎに独立してからは、とにかく仕事を頑張らねば・・・とそのような行為を封印してしまったんですね。

そんな生活をしばらく続けた結果、心身が病んでしまいました。

まともに仕事なんてできませんので、休養するしかありません。

そんなときに気付いたんですね。

ストイックであり続けようとしても無理。好きなことでたまに心に潤いを与えなきゃ長くは続かない。昔好きだったことは何だろう。

積読本になってしまうものはいろいろな理由があるのだと思います

先日、学生のときに買ったSF小説を、本棚から引っ張り出してきて読んでみたことを書きました。

私は積読はそれほどしない方だと思うのですが、それでも2、30冊くらいは積読本があります。

SF小説を引っ張り出したときから、それらの本のことが気になっていたので、改めてそのうちの三冊ほど手に取ってみました。

ジャンルは美術関連です。

SF小説のように、「幼年期の終わり」や「火星年代記」と同じ感動を味わいたくて、衝動的に買ってしまったというのではなく、もともと美術には興味があって、学生の頃から気が向いたら買っていたんですね。

SF小説の場合は、他に読みたいジャンルの本が増えてきて、そのままになってしまったのですが、これらの本はなぜ積読になってしまったのか、少し考えてみることにしました。

一冊目は亀山郁夫著「ロシア・アヴァンギャルド」(岩波新書)。20世紀初頭、ロシア十月革命以降に起こった芸術革命を概観する内容です。

二冊目は上尾信也著「音楽のヨーロッパ史」(講談社現代新書)。政治的、軍事的、宗教的目的のために音や音楽がどのように利用され、時代を動かしたのかを探る内容。

取り入れたとしても自分に合わなくなったら取り替えればいいと思います

よく、ある言葉を聞いて目からウロコが落ちたとか、人生観が変わったなどという話を聞きますね。座右の銘を見つけた瞬間だと思います。

そういうことは確かにあるのでしょう。

でも、座右の銘にも賞味期限があるのではないかと思うのです。

あるとき見つけた座右の銘が、一生その人の座右の銘であり続けることはないんじゃないか。

人間はそれほど単純ではないと思います。

ヤドカリのように、ある時期までは心の拠り所、居場所として持っているのでしょうが、どこかで自分が変化して、自分の体に合わなくなったら、殻を脱ぎ捨てて次の居場所を探すんじゃないかと思うのです。

歳を重ねるほど、次の居場所を見つけるまでの間隔は長くなって行くのだとは思いますが。

私はその過程の中で、この考えはいいのではないか、と自分なりに納得するものを、短く言葉にして口癖にすることをこの数年間やってきました。

そうやって忘れないように、潜在意識に訴えかけるのですね。

それらは今までお話したように、自分を見つめた結果、無理なく自分に取り入れられるもの、本来の自分に合ったものだと思っています。

人が聞いたら、その一つひとつは普通のこと、当たり前のことばかりです。