東京電力が節電を呼びかけているというニュースで時代の変化を感じました

福岡も相変わらず厳しい寒さが続いています。

先日、この寒さのせいで暖房需要が増え、東京電力が節電を呼びかけているというニュースが流れました。

何気なく聞いていたのですが、ふと「そうか、みんな石油ストーブは使っていないんだな」と気がつきました。

エアコンで暖房するのは世間では当たり前のことなんでしょうが、私は今でも石油ストーブを使っています。

エアコンは冷房にしか使っていません。

火で暖めるのが好きだったり、風が出てくるのが好きでなかったり、ちょっとした好みの問題だと思います。

いつの間にか親も親戚も、エアコンで暖房をしているようです。

そういえば先日、親からご飯の保温ジャーが壊れたので買ってきて欲しいと頼まれました。

近くのヤマダ電機に行くとひとつも売っていません。

店員さんがいうには、今では電気炊飯器ばかりで、保温ジャーを買う人はいないのだとか。

私の実家のように、ご飯はガス釜で炊くのがうまいと信じている人は、今では珍しいのでしょう。

インターネットで象印保温ジャーを調べてみると、同じ商品があったのでさっそく注文しました。

地元の番組が増えたことはタレントさんの増加などが関係しているのかもしれません

私は十数年前から福岡に戻ってきて生活しているのですが、最初の頃、地元のテレビ番組を見ていて面白いなと思っていました。

戻ってきた当初、天神を歩いていると、テレビのクルーの方たちをよく見かけました。

ビデオカメラの至近距離で大きな口を開けている方がいたり、「え~~~っ!」というよく通る女性の声の方向を見たらビデオカメラが撮影していたり。

テレビを見て分かったのですが、その方たちは地元の有名なタレントさんだったんですね。

地元の番組は、以前は深夜がほとんどだったのですが、最近はゴールデンに中央の番組より優先して放送されていたりします。

私が子供の頃は、テレビに出演できるのは特別な人で、それこそ「スター」と呼ばれる芸能人や政治家の方、プロスポーツの選手などでした。

今はお笑い芸人さんやアイドルの方など、すごい数のタレントさんがいらっしゃいますから、その一部の方がテレビに出演される分、昔からいらっしゃるタレントさんたちの出演機会は減るのだと思います。

なので、昨日お話したような福岡の番組も成立するのでしょう。

それに今は、若い人たちはインターネット動画を長時間視聴しているのだとか。

中央のタレントさんが福岡の番組に出演して近所を取材されることもあります

今日夕食を食べながらテレビを見ていると、TBSの番組「ジョブチューン」にタレントのスザンヌさんが出演されていました。

チャンネルを変えると、TVQという福岡のテレビ局の「ちょっと福岡行ってきました!」という番組に、千鳥の大悟さんと平成ノブシコブシの吉村崇さんが出演されていて、私の住んでいる地区を取材されていました。

この番組は、毎回違う中央のタレントさんが福岡県内のクジで引いた地区を取材されるのですが、先々週は剛力彩芽さんが出演されるなど、本当に豪華な顔ぶれなんですね。

当然、福岡在住のタレントさんが福岡各地を紹介する番組は昔からあったのですが、中央のタレントさんが紹介されるのが新しいです。

そういえば博多華丸・大吉さんがナビゲーターを務めて福岡各地を紹介する番組があるのですが、毎回ゲストが中央のタレントさんというパターンもあります。

去年光浦靖子さんがゲストの回で、私の家のすぐ近くのラーメン屋さんに来ていたので、見ていてびっくりしました。

博多華丸・大吉さんご自身が中央でも活躍されているので、この番組が一番豪華といえば豪華かもしれません。

博多華丸さんが番組で仰っていたのですが、お父様の出身小学校が私と同じということもあり、妙に親近感を持っています。

1970年代は純粋に音楽を聴いていたような気がします

昨日書いたように、1970年代初めから中頃までの洋楽のヒット曲を見ていると、何か健全で屈折していない曲が多かったような気がします。

それ以降の曲にそれが感じられないのは、私の思い込みもあるでしょうが、時代背景も影響していると思います。

日本では高度経済成長時代も終わって、オイルショックなどで停滞感を感じていたんじゃないでしょうか。

確かに1970年代に入ってしばらくは、三波春夫さんが歌う大阪万博のテーマソング、「世界の国からこんにちは」の屈託のない明るさが日本中に満ちていたような気がします。

今でもはっきり憶えていますが、1976、7年にセックス・ピストルズが出てきて、洋楽にあまり関心のない同級生にバンド名を伝えたら、過激なバンド名にびっくりしていました。

当時の自分でさえ、他の音楽とはあまりに異質だと感じていました。

イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」も同じくらいの時期だったようですね。

音楽もとても魅力的ですが、歌詞も相当にミステリアスだったようで、この曲のWikipediaを見てもその複雑さがうかがえます。

ラジオでガンガンかかっていましたから、当然のようにLPを買いました。

ジャケットがとても印象的でした。

エルトン・ジョンの「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」は繰り返し聴いていました

エルトン・ジョンがツアー活動からの引退を発表したようですね。

私が中学生のとき、「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」という曲がすばらしくて、何度も聴いていたことを思い出しました。

年齢を見るとまだ70歳。

あの頃からおじさんだと思っていたのですが、当時はまだ20代だったんですね。

ポール・マッカートニーはまだ元気にツアーをやっていますが、こちらは75歳とのこと。

ポール・マッカートニー&ウイングスの「あの娘におせっかい」という曲がヒットしていたときEPを買いましたが、この辺りが私が洋楽を聴き始めた時期でした。

今考えてみると、私の年代はビートルズよりもウィングスのインパクトの方が強いわけですよね。

ちょっと気になったので1975年当時の洋楽のヒット曲を調べてみたら、EPを何枚も買っていました。

キャプテン&テニールの「愛ある限り」とか、ヴァン・マッコイの「ハッスル」とか、アメリカの「金色の髪の少女」とか・・・。

ちなみに「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」は1973年。

これは音楽を聴き始めた人によくあるパターンですね。

文系には数式のない量子コンピューター入門書はありがたいです

昨日は関数プログラミングにもモナドという考え方があること、そしてモナドに関連する話題から、最近よく聞くようになった量子コンピュータの話題に行き着いたことを書きました。

実用化はまだ先のようですが、大手IT企業は力を入れ始めているようですので、どういうものか俄然知りたくなりました。

とはいえ相手は「量子力学」です。

物理の数式が載っている本はスルーを決め込んで、Amazonで文庫か新書を探していたら、「量子コンピュータとは何か」(ハヤカワ文庫NF)という本があります。

「1点在庫あり」でしたのでポチッと押しました。しかしカートに入りません。

あれっ、と思って確認すると在庫なしに変わっています。

結局、新書で人気がありそうな竹内繁樹著「量子コンピュータ 超並列計算のからくり」(ブルーバックス)を注文しました。

こちらは数式が出てくるそうですので撃沈するでしょう・・・。

しかしどういう人が私より先に文庫を買ったのでしょう。

文系の人は間違いないでしょうが、数式が載っていないのでコンピュータとは無縁の業界の人の可能性もあります。

関数型プログラミングにも「モナド」があるようです

相変わらずライプニッツのモナドについて気になっていることを検索していたら、関数型プログラミングにもモナドという考え方があることを知りました。

私は関数型プログラミングのことは知らないのですが、つい気になってモナドの入門サイトを二、三覗き見してしまいました。

先日、ライプニッツについては自分なりに内容を消化してからブログに書こう、といっていたそばからまた書いてしまいました。

とはいえ、名前の由来はライプニッツのモナドから来ているのかもしれませんが、哲学のジャンルではないのでまあいいか・・・。

覗いたサイトは入門の入門のような内容なので、サンプルコードは解説を読めば分かるのですが、モナドとは何か、どういうときに使うのかはやっぱり何かを作ってみないと実感できません。

ついAmazonでHaskellの解説本を探して、分かりやすそうな本を注文しそうになってしまいました。

危ない危ない。買っても仕事に使うあてもありませんし、読んで理解する時間もありません。

そう思って他を検索していると、量子コンピューターはモナドで表現できるという内容のサイトを見つけました。

過ぎてしまえば苦しかったときも思い出なんだなと思います

昨日は小室哲哉さんの引退を聞いて、私が病気のときにヒットしていた安室奈美恵さんの曲を思い出したことと、病気で苦しんでいるときほど当時のことを憶えているものかもしれない、ということを書きました。

昨日お話した「CAN YOU CELEBRATE?」のあとしばらく体の調子が戻っていたのですが、2000年の九州・沖縄サミットの頃にはまた調子が悪くなっていました。

安室奈美恵さんがサミットに出席している各国首脳たちの前で、「NEVER END」を振り付けをしながら歌っている姿を、部分的にですが鮮明に憶えています。

病気の種類や症状によっても違うのでしょうが、あまりにひどい状態であれば、テレビや活字のようなものも精神的に受け付けないと思います。

一方で元気な状態というか、普通に忙しく生活しているのであればやることも多いので、よほど印象に残るできごとでなければ、鮮明に記憶に残ることもないと思います。

私の例のように、普通に生活したいのに調子が悪くてできないときに、やることも限定されているせいなのか、そのときの状況をよく憶えているのかもしれません。

病気で苦しいときほど当時のできごとをよく憶えていると思います

小室哲哉さんが引退を発表されましたね。

先日の安室奈美恵さんに続き、これほどのビッグアーティストがいなくなることは、日本のポップス界にとって相当大きな損失だと思います。

安室さんが引退を発表されたときは、近所のTSUTAYAに行くと小室哲哉さん作詞・作曲の「CAN YOU CELEBRATE?」と「NEVER END」が繰り返し流れていました。

この2曲は、私が精神的に調子が悪かったときたまたまヒットしていた曲で、それが理由でよく憶えています。

インターネットで調べてみると前者は1997年、後者は2000年とのこと。

1997年はサッカー日本代表が初めてワールドカップ出場を決めた年。「ジョホールバルの歓喜」というそうですね。

テレビで途中まで見ていたのですが調子が悪いので寝ていると、マンションの隣の部屋から拍手が聞こえてきたので、「ああ、日本代表が勝ったんだな」と分かりました。

このように病気で苦しいときほど、当時のことをはっきり記憶しているのかもしれません。

年が明けての長野オリンピックのときがどん底で、ほとんどテレビで見ることはできませんでした。

日本中がお祭り騒ぎらしいことだけは分かりましたが。

ライプニッツも興味のあるテーマの一つに加わりました

昨日は、ライプニッツに関するインターネットで見つけた論文や図書館にあった本から、私の興味のあるテーマのものを、そのタイトルだけご紹介しました。

ライプニッツについては、自分なりに内容を消化してからブログに書こうと思っていたのですが、あまりに自分の興味と一致するものが多かったので、ついうれしくなってメモしてしまったのです。

しかしここでご紹介したテーマは、ライプニッツの活動のほんの一部で、彼の活動範囲は政治や宗教なども含む広範なものです。

先日注文した本「モナドロジー・形而上学叙説」が来たので、その解説を読んでみると、彼が活動したのは三十年戦争のあとのドイツとのこと。

彼には荒廃した社会の再統合という目的があったようです。

それを考えると、中国への興味、心理学、計算機(今でいうコンピューター)のように、一見何の脈絡のないものが思索のテーマに含まれていることも理解できます。

それどころか、ライプニッツの確立した二進法に基礎を置くコンピューターが、ありとあらゆる分野で活躍している理由も、彼の目的とどこか共通するものを感じます。

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