コロナで変化したことに対応できなかったとき困るということが続きそうです

インターネット上に「コロナうつ」に関する記事をよく見かけます。

今日もYahoo! Japanを見ていたらそれ関連の記事がありました。

驚いたのはコメント欄。

三百件に迫る勢いで、「私もそうです」という投稿が続いています。

テレワークで同僚と話す機会がなくなったことが原因、というような内容のものもあります。

それを読んで、十年以上前になりますが、ある会社のシステム部に出向いていたときのことを思い出しました。

その会社には食事などがとれる休憩ルームがあったのですが、そこに社員の方々が休憩をしにやって来ていました。

私もたまにお邪魔していたのですが、何回か行っていると、しょっちゅう来ている人と、全く来ていない人がいる、ということが分かってきます。

しょっちゅう来ている人は、確かに日頃から話し好きという感じがします。

こういうタイプの人がテレワークをすることになると、自宅で話す人がいなくて「コロナうつ」になる傾向があるのかもしれません。

そして書いていて思い出したのが、昔SOHOの集まりで出会ったある社長さんの話。

ほんの数分間の習慣でも習慣化のメリットは大きいです

昨日の深夜に寝る準備をしていたら、いつもやっているバイオリンと英語をやっていないことに気が付きました。

いつもやっているとはいっても、どちらもほんの数分で終わる簡単な習慣です。

寝る準備を一旦中止して、バイオリンと英語をやりました。

具体的に何をやっているかというと、バイオリンはスケール練習。単にドレミを演奏しているだけ。

なのでバイオリンの腕前は今でも初心者。へたっぴです。

英語も原書を数行読むだけ。

相変わらず、私は中学生レベルだと思います。

なぜこんな単純作業が続けられているのかというと、バイオリンについては音色が好きだからです。そして英語については言葉が好きだからだと思います。

そして何年も続けていると、それらをやっていなかったときと比べてビビらずに接することができます。

バイオリンはサッと肩とあごの間に収まり、ビブラートを付けても安定しています。

新聞や雑誌で英語を見ても嫌悪感がないので、サッと目を通すこともあります。

だって毎日やっているのですから、このくらいはできて当たり前ですよね。

こういうのは習慣化のメリットだと思います。

学校が再開して子どもたちに日常が戻ってきつつあるようです

今日病院に行く途中、私の住んでいる団地に隣接している小学校から一、二年生と思しき子どもたちが下校していました。

みんな小さなマスクをしています。

この数ヶ月、道のあちこちでたむろして遊んでいる子どもたちを見かけたのですが、やっと授業が再開されたようですね。

病院の帰りに食料品の買い出しのためスーパーに向かっていたら、その途中にある野球のグラウンドで、小学生の野球チームが練習をしていました。

この数ヶ月、グラウンドに人影はなかったので自粛していたんだと思います。

子どもたちに向かってノックをしている大人の男性のみマスクをしています。

大声を出しながら指導していましたが、子どもたちに声は届いているのかな?

余計な心配をしてしまいました。

しかし下校している子どもたちが全員マスクをしていたり、少年野球の指導者がマスクをしてノックしたりしているのを見ると、やっぱり非常事態なんだなと思ってしまします。

スーパーで食料品を買って帰っていたら、その途中にある中学校の周りの道を、女の子たちがランニングしていました。

部活動が復活したみたいですね。

プラセボ効果でも本人の症状が緩和するならば結果オーライです

最近親がよくもの忘れをするようになったので、もの忘れを改善するといわれているイチョウ葉エキスのサプリメントを注文しました。

八十代も半ばを過ぎると、ある程度のもの忘れをするのは仕方ないと思います。

とはいうものの、改善できるのならばそれに越したことはありません。

しかし一方で、病院で治療を受けたり医薬品を飲むほどではありません。

そこでサプリメントの出番です。

最近、親に頭痛を緩和するサプリや疲労回復(ビタミンB)のサプリを買って親にのんでもらったら、結構症状が改善したようす。

先日購入したコンドロイチンにグルコサミンなどを配合したサプリに至っては、飲み始めて次の日には「よく効く」といっていました。

完全にプラセボ効果ですよね。

とはいうものの、頭痛を緩和するサプリを飲む前は「頭が割れるように痛い」といって寝込む日があったのですが、今ではそれがなくなりました。

疲労回復(ビタミンB)のサプリを飲む前は、夕食のあとすぐに「きつい」といって自分の部屋に戻っていたのですが、今ではそれもなくなりました。

プラセボ効果であるならば、それはそれでOKです。

平凡な人生でも心の拠り所を持ち日々楽しく生活する方が幸せかもしれません

私の住んでいる団地は、戸数が多いので十数区画に分かれています。

今年私の家の属する区画に、市政だよりのような配布物を配るのは私の担当なので、定期的に各家庭を回っています。

そのとき感じるのは、いつもひっそりとしていること。

ほとんどの家庭のお子さんは独立しているので、家にいらっしゃるのは高齢の親御さんばかりです。

それにほとんどの方が、膝などにどこか悪いところがあるので、リハビリに行かれたりしているんですね。

みなさん、だいたい八十代。その子供は、私もそうですがだいたい五十代だと思います。

今八十代の方たちは三十代の頃、当時新興住宅地だったこの団地に引っ越してきました。

この団地に高齢者はほとんどいなかったわけです。親は実家にいるので。

なのでちょっと極端な言い方ですが、高齢者を身近に感じることなく八十代を迎えた。

一方でその子どもたちは(私のことですが)、高齢者を身近に感じながら生活している。

そういう生活を送っていると、いろいろなことを準備して八十代を迎えた方がいいな、と思ってきます。

その一つは、心の拠り所を持っていた方がよさそうだということ。

休業要請の緩和対象にライブハウスが含まれるようで少しホッとしています

以前ブログに、よく行くディスカウントストアの駐車場にロト6などを売っている宝くじ売り場があり、お客さんが絶えないと書きました。

今日もそのディスカウントストアに行くと五、六十代と思しきおばさん三人組が、窓口に横一列に並んで宝くじを買っていました。

その宝くじ売り場の前を通って、駐車場奥に設置されているトイレに行き、トイレから帰って来るとまた違うおばさんが宝くじ売り場に。

ああ、終わりの見えないコロナ自粛生活のこのご時世、庶民に夢を売っているんだなぁ、と思いながら売り場を後にしました。

そういえば、感染拡大の警戒を呼び掛ける「東京アラート」が解除されましたね。

それに伴い、休業要請などの緩和の段階を「ステップ3」に進める方針とのこと。

ライブハウス、カラオケ、バーやスナック、パチンコ店やゲームセンターなどが対象になるそうです。

考えてみれば、私が今年に入って出かけている場所は、スーパーの食料品売り場とディスカウントストアの日用品売り場くらいしかないように思います。

まさに「人はパンのみにて生くるにあらず・・・」。

(この言葉は、本来は聖書の「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉による」から来ているようです)

ユング派心理療法の感性が易の解釈などに役に立つように感じています

数日前、岡野守也著「仏教とアドラー心理学」(佼成出版社)を読むことで、個人的になぜユングや河合隼雄さんの本が好きなのかが分かったと書きました。

今日も河合さんの「ユングと心理療法」(講談社プラスアルファ文庫)を読んでいたら、面白いなぁと思うところにいくつか出くわしたので、少し抜粋してみたいと思います。

夢の分析に際して、治療者が自分の夢を記録して細かく分類するようなことついて、河合さんの見解が述べられている箇所です。

「「学者」としては、そのようなことをいちいち記録し、また条件も細かく分類などして発表すべきかとも思われる。しかし、そのような「学者的」態度を放棄してしまっているから、このような深い主観のかかわる現象がよく起こるのではないか、とも考えられる。この点については簡単に断定できないが、筆者自身は、ともかく治療がうまく行われることがいちばん大切で、発表などのことはあまり重要でないと思っている。」

また治療者は、自分の半身が「患者」であること、自分が「病んでいる」と自覚することの重要性を、次のように指摘されています。

ASKさんが活動自粛中もZoomで積極的に会議をやられていたのに驚きました

私がホームページなどの運営をお手伝いさせていただいているASK アクティブシニア交流会さんの定例交流会が、今月末から再開されます。

ASKさんは毎月、定例交流会とビジネス研究会を開催されているのですが、さすがに新型コロナウイルスの影響で、三月から三ヶ月間お休みされていました。

ASK代表の方からいただいたホームページにアップする原稿を拝見すると、いくつかの新しいことが見受けられます。

三密を避けるために人数制限を設定されています。

講演のあとの懇親会はごく少人数の募集です。

さらに当日はマスクの着用が必須、会場入口では手の消毒を徹底してくださいとのこと。

こういうのは「新しい生活様式」に含まれるので、今後の交流会でも当たり前になっていくのでしょう。

そして原稿を見て「おっ」と驚いたのは、Zoomを使った役員総会とオンライン飲み会の報告。

先日代表の方と電話でお話したとき、三ヶ月の交流会の休止期間中にZoomを使ったとおっしゃっていたのです。

このブログで、ASK会員さんは平均年齢七十代なのに、ITを積極的に活用されるということをよく書いています。

西洋の心理学や坐禅を長年やられた方の唯識仏教のやさしい解説です

岡野守也著「唯識で自分を変える」(すずき出版)という本を読んでいました。

プラユキ・ナラテボーさんの心理療法の実例を読んで感銘を受けたので、仏教と心理療法を組み合わせて書かれた本を何冊か読んでいます。

岡野さんは唯識仏教の専門家で、トランスパーソナル心理学を日本に紹介された方らしい。

論理療法やアドラー心理学と唯識仏教の統合などをテーマに本を書かれています。

そんな岡野さんの「唯識で自分を変える」の紹介文を見ると、「ごくふつうの市民が、大乗仏教の深層心理学ともいうべき「唯識心理学」を日常生活で実践し生かすためのやさしいワークブック」とのこと。

とても興味がわいたので注文してみました。

読んでみると、なるほど仏教を知らない若い人でも、無理なく唯識仏教のエッセンスを日常生活で生かせそうな内容です。

岡野さんのプロフィールを拝見すると、最初は牧師さんもやられていたようですが、主に心理学の研究者として執筆や講演などを中心に活動してこられたようです。

易や唯識やユングへの興味はイメージの活用という共通項から来ています

岡野守也著「仏教とアドラー心理学」(佼成出版社)から、アドラーの心理学の特徴を知りました。

それに伴い、イメージを活用したユングの心理学の特徴も、私の中ではっきりしました。

河合隼雄さんの「ユングと心理療法―心理療法の本〈上〉」(講談社プラスアルファ文庫)に次のような箇所があります。

「たとえば、ずいぶん以前のことであるが、第一回の面接後に、夢の中で見た治療者が異常に大きい耳をしていたことを報告した人があった。

「私は聴いてばかりいると思われたのでしょう」というと、その人は笑いだして、そのとおりですと答えた。当時は、非指示的カウンセリングが流行しており、何も答えてくれないカウンセラーに嫌気がさしたその人は、「分析家なら、もっといろいろいってくれるにちがいない」と思って、筆者のところにきたというのである。」

この例では、患者さんが夢で見た「大きな耳」について、カウンセラーが「私は聴いてばかりいると思ったのでしょう」とイメージを解説した結果、患者さんが心を開いて治療が進展したことを示しています。

ユング派心理療法のこのようなイメージの活用について、私はとてもいい印象を持っています。