毎年同じ神社に三社参りしていると参拝者などの特徴が分かってきて興味深いです

昨日は除夜の鐘の話題からお寺のことについて書きましたが、年が明けた今日は近所の神社に三社参りに行ってきました。

ここ数年私の変わらぬ行事です。

一社目は地禄天神社。埴安彦命と埴安姫命という農耕の神様と菅原道真公が祀られているようです。

地元では地禄神社と呼ばれています。

こちらは氏子さんたちが待機されていて、参拝者にお神酒を振る舞われています。とてもアットホームな雰囲気です。

住宅地の中にあり大通りに面していないため、参拝される方はご近所の方がほとんどのようで、氏子さんと親しく話されています。

二社目は賀茂神社。御祭神は別雷命、玉依姫命、天児屋根命です。

平安時代の瓦が出土したことから、それ以前の創建であろうといわれている古い神社です。

歩いてこられる方が多いようですがご近所の方でしょうか。地下鉄七隈線の賀茂駅が近いので遠方の方もいらっしゃるのかもしれません。

私の前でお参りされていた方は三、四十代と思しき髪がボサボサの男性。あきらかにご近所の方でしょう。あ、私もまわりの人からはまったく同じように見られていると思います。

三社目は野芥櫛田神社。御祭神は天照皇大神、大若子命、天児屋根命、手力男命、倭姫命です。

除夜の鐘にまつわるニュースを読んでお寺を身近に感じてこなかったことに気づきました

プレジデントオンラインに「「除夜の鐘が聞けない」日本唯一の自治体」というタイトルの記事を見かけました。岐阜県に日本で唯一お寺のない自治体があるという内容です。

なんでも明治維新のときの廃仏毀釈の影響らしく、その影響を受けてお寺の数が極端に少ない地域が他にもあるのだとか。

数日前新聞で、福岡市博多区にある東長寺が今年から除夜の鐘を深夜でなく午後六時開始に変更するというニュースを読みました。

こちらは騒音問題と会場整理に当たる世話人の負担軽減のためとのこと。除夜の鐘を早めるケースは全国で起きているそうです。

年末なのでこのようなニュースが目につきます。

私が子供の頃は、大晦日に限らずお寺の鐘の音はよく聞いていたような気がします。

大学生の頃お寺でアルバイトをしている同級生がいて、そのお寺に遊びに行ったとき、お勤めだと思うのですが夕方鐘をついていました。

彼はもともと仏教などに関心を持っていた文学青年だったのですが、鐘をつくたびに合掌していている姿は、修行しているお坊さんのように見えました。

昔はお寺でこのような姿が普通に見られたんだろうなと思います。

そもそも私の家の周りには鐘楼のあるお寺がありません。

お正月といっても特別な感じがしなくなったのは高齢化が影響しているのかもしれません

今日近所のスーパーやディスカウントストアに、しめ飾りや鏡餅などお正月に必要なものを買いに行ったら、どちらのお店も元日は営業するとのこと。

途中にあるガソリンスタンドには正月三が日お休みという看板が立っています。

私が子供の頃は、お正月はお店が開いていないので、それに備えるために各家庭で本来の意味のおせち料理を作っていたと思います。

私の両親は共働きでしたので、お正月くらいはゆっくりしたいと旅館に泊まりに行くか、親の実家に顔を出すかしていた記憶があります。

なのでお正月は自家用車で移動するわけですね。

当時はうちと同じような家族は多かったんじゃないかと思います。

ですので三が日もガソリンスタンドは開いていて、ガソリンを入れていたと思うんですよね。

近所のガソリンスタンドが特別なのでしょうか。

ただ、しめ飾りや鏡餅などは去年のこの時期残り少なかったと思うのですが、今年は結構売れ残っていました。

お正月といっても特別なことはしなくなりつつあるのかもしれません。

毎年年末のこの時刻になると、団地の夜警班の方々が拍子木を打ちながら団地をまわります。先ほどもうちの前を通りました。

十二年前の同じ十二支の出来事から次の年を考察するのに西暦は都合がいいです

昨日は日本には元号というものがあるので、時代の区切りを総括できたり、その時代の出来事をもとに思い思いにイメージできたりするのでいいものだ、というお話をしました。

これが西暦だけだとそのようなことはできません。

ところが今日インターネットで、同じ十二支のときにこれまでどのような出来事があったかをまとめているWebサイトを見つけて、ああ、西暦と干支を使ってこのような見方があったということを思い出しました。

陰陽五行を扱う四柱推命や算命学などのWebサイトでよく拝見するのですが、来年の2019年の干支は己亥(つちのとい)。

「己」は十干、「亥」は十二支。五行の木火土金水のうち、己は陰の土、亥は陰の水です。

十二支の方をさかのぼってみると、十二年前の2007年の丁亥はサブプライムローン問題(リーマンショックへ)やねんきん特別便の年金問題など、二十四年前の1995年の乙亥は阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件、Windows95(インターネットの普及)など、三十六年前の1983年の癸亥は東京ディズニーランド開園やファミコン発売など・・・。

このような出来事と干支の意味を元に、来年どのような年になるかを考察するんですね。

時代の総括ができたりイメージを描いたりできるので元号はとてもいいものだと思います

来年平成が終わるので時代を総括するテレビ番組や新聞記事が多いですね。

この期間に起きたことを懐かしく思ったり、反省したりできるきっかけを与えてくれるので、元号というものはとてもいいものだと思います。

西暦しかなければ、半世紀ごととか四半世紀ごととかで総括することになるのでしょうか。

もしそうだとすると、「明治維新」とか「大正ロマン」というような名称も付けられないでしょうから、ちょっと味気ないような気もします。

私が生まれた昭和は、いま会話の中で使うときは古いイメージを感じさせるために使ったりしますが、第二次世界大戦まで含んでいますから、それを考えると確かにずいぶん昔のイメージがあります。

一方で1960年代生まれだといえば、新幹線が開通したり東京オリンピックが開催されたりした高度経済成長期というイメージでしょうから、かなりイメージが違うと思います。

平成に変わったとき私はとっくに社会人になっていましたから、個人的には平成は仕事に関係する記憶がほとんどです。

最も印象深い出来事の一つはインターネットの普及じゃないかと思います。今でも同じ業界にいますから実際に大きな影響を受けています。

70年以降にリストからアメ車が減ったのを見て80年代の貿易摩擦を思い出しました

昨日はBUSINESS INSIDER JAPANというWebサイトに掲載されていた、1950年から2018年までの各年に選ばれた「最もクールな車」という記事について、思ったことを書きました。

実は他にも思ったことがあって、それは1950年代と60年代は二台に一台をアメリカ車が占めていたのに、1970年以降その比率が減ったことです。

私は子供だったので当時のことはよく分からないのですが、1960年代まではアメ車の黄金時代だったのかもしれません。

1908年から大量生産による手頃な価格で大ヒットしたT型フォードや、第二次世界大戦で軍用車両として使われたジープなど、その頃のアメ車の生産量は圧倒的だったんじゃないでしょうか。

それが1970年以降このリストからアメ車の比率が減って行ったのは、1973年から始まるオイルショックやマスキー法という排ガス規制法の影響が大きいのでしょうか。

1959年のキャデラック エルドラドや1961年のリンカーン コンチネンタルなど、今のクルマと比べるとビックリするほど巨大です。

オイルショックのとき、ホンダ・シビックがCVCCという低公害エンジンによって世界で最初にマスキー法をクリアしたということは、日本でも大きく報道されていたと思います。

「○○で使われたクルマなら知っている」といわれるような日本車が増えるとうれしいです

BUSINESS INSIDER JAPANというWebサイトに、1950年から2018年までの各年に「最もクールな車」という記事が掲載されていました。

どのような基準で選ばれているかは分からなかったのですが、とても懐かしいクルマばかりだったので、楽しく拝見させていただきました。

1990年代になると日本車が顔を出してきますし、2010年代になるとテスラのような電気を動力としたクルマも出てきます。

しかしそれ以前になると、クルマ好きの人でないと知らないクルマの方が多いのではないかと思います。

そんな中でも、例えば1955年のメルセデス・ベンツ 300SLは石原裕次郎さんの愛車として往年のファンならばご存知かもしれませんし、1958年のフィアット 500はルパン三世でルパンが乗っていたクルマとして見覚えがあるでしょう。

1960年のミニは私はミスター・ビーンの愛車として覚えていますし、1964年のアストンマーティン DB5は007 ゴールドフィンガーなどのボンドカーとして有名でしょう。

Photoshopを覚えたときは強いモチベーションがあったんだろうなと思いました

今日クライアントさんの事務所にPhotpshopの使い方をレクチャーしに行きました。

レクチャーといっても私はプロのデザイナーではありませんので、できることはたかが知れています。

ホームページのヘッダー画像を季節ごとに替えたいとのことなので、それをやるための最低限必要な操作をお伝えしたのです。

難しい操作はないのですが、いかんせん操作の数が膨大です。

お伝えした方は日頃からWordでチラシを作られているのですが、Photoshopはほとんど初めてのようで、手順の多さに目を回されていました。

季節の写真を使われるところまではいいのですが、その写真の上にクライアントさんの商品画像も重ねたい。そのご要望が手順を増やしているんですね。

例えばサイズの問題。

WordPressのTwenty Thirteenをカスタマイズして使っていて、このテーマはヘッダー画像の推奨サイズが1600×230ピクセルなのですが、Windows 7時代の1024×768ドットのディスプレイで見るとかなり両端が切れます。

スマホやタブレットを含めると、ヘッダー画像の見える範囲は本当にさまざまです。

どんなサイズの画面でも商品画像が切れないように配置しなければなりません。

昭和の映像を見ながら成長するに従って郊外に引っ越して行った記憶が蘇りました

Googleマップで明日打ち合わせに行くクライアントさんのご自宅兼事務所の住所を調べていました。

以前おうかがいしたときは、駅から車で送ってもらったので、実際どこにあるのか確認しようと思ったんですね。

そのときクライアントさんがおっしゃたのは、この辺りは昔から開けているのでとても住みやすいのだとか。

確かにクルマの中から見た景色はマンションなどが立ち並んでいましたし、Googleマップを見ても近くに大きな空き地はありません。さすがに昔から発展している西鉄大牟田線沿線です。

天神からの直線距離では私の家の方が少し近いのに、私の方は大きな空き地がたくさんあります。

最寄りの鉄道の駅までを比べても、私の家の方が半分くらいの距離です。

それでもこの辺りを「開けているのでとても住みやすい」という表現するのは、はばかられます。スーパーも数件あったりして普通に住みやすいのですが。

このようなお話をするのは、夕食のときにテレビをつけたら、来年平成も終わるということで昭和の記録映像が流れていたというのもあるのです。

昔の白黒の映像とともに、ここに引っ越してくるまでの記憶が蘇ってきたんですね。

精神的に余裕がないという理由でアートに関する本を遠ざけていたことを反省しました

今日久しぶりに近所の本屋さんに寄ったら、落合陽一さんという方の「0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる 学ぶ人と育てる人のための教科書」(小学館)という何とも刺激的なタイトルの本に目が止まりました。

サッと目を通しただけなのですが、最後の章「アート コンテクストを持った鑑賞力と創造力」が印象に残りました。

実は以前よりタイトルが印象に残った本で、山口周著「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」(光文社)や岡崎大輔著「なぜ、世界のエリートはどんなに忙しくても美術館に行くのか?」(SBクリエイティブ)などと同じような文脈なのかな、と感じたんですね。

どれもちゃんと読んでもいないのに、ここに書くのは気が引けるのですが、不確定な時代に自分の判断基準を養っておくのは重要なことなんだろうなと思います。

ここ数ヶ月読んでいるのは、将来仕事に関係しそうな決まったジャンルの本ばかりで、アートに関する本に手が伸びなかったのです。

以前はブログにマニエリスムやロシア・アヴァンギャルドなどの本について書いたこともあるのですが、精神的に余裕がなければアートのようなあまり役に立たないことは棚上げしておこう、という意識が働くのかもしれません。

これを書き始めたのはもう一つ理由があります。

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