スマホアプリなのにほとんどPCでデバッグしているのでかなり快適です

昨日は「安心対話室」、「サポート相談室」、「楽々談話室」は基本システムが同じなので、三つもアプリを作っているのに、デバッグがかなり楽だというお話をしました。

ただ「楽々談話室」だけはカウンセリング用途ではないので、大きな違いがあります。

それは「安心対話室」と「サポート相談室」は1対1の切り替えに特化しているということです(以前から販売している「ここたまサポートひろば」にも同じ特徴があります)。

カウンセラー1に対して、複数の利用者が1ということですね。

例えば利用者AさんとBさんがほぼ同時に「こんにちは」とチャットしたら、まずカウンセラーのチャット画面にはAさんの「こんにちは」が表示されるので、カウンセラーは「こんにちは」と返信します。

その直後、カウンセラーのチャット画面は利用者Bさんとのチャット画面に自動的に切り替わります。

Aさんのチャット画面は切り替わらないので、カウンセラーは自分とだけチャットしているように見えます。

このような仕組みはチャットアプリとしてはかなり特殊だと思います。

ちなみに、カウンセラーのチャット画面はPC用チャットアプリとして提供しています。

「安心対話室」、「サポート相談室」、「楽々談話室」はデバッグを同時に行うことができて便利です

開発中にも関わらず使ってみたいという方がいらっしゃったので、「安心対話室」と「サポート相談室」を先に完成させて、「楽々談話室」の完成が遅れてしまいました。

三つもアプリを同時に作成するのは初めての経験でしたが、チャットというジャンルは同じですし、基本システムも同じですので、デバッグがとても楽です。

あるタイミングで挙動がおかしくなるときは、一つのアプリを修正すれば、原因は同じなので他の二アプリも同じ箇所を修正すれば済みます。

さすがに三アプリとも発売元が違いサーバーは別なので、一つなおせば自動的に他の二つがなおるということはありませんが。

ただ製品の構成は少し複雑で、Android用とiOS用のチャットアプリ以外に、お客さんの代表の方が使うPC用管理画面と、同じくPC用チャットアプリがあります。

さらに、NPO法人 心の卵の担当の方や株式会社cocotamaの担当の方、それに弊社担当者が使うPC用管理画面もあります。

これはお客さんのPC用管理画面を統括するためのもので、いわばお客さんの管理画面を管理する画面=「管理画面の管理画面」です。

頑張りすぎても怠けすぎても免疫力が低下するならその中間を意識する必要があります

昨日は風邪がなかなか治らないことや、インターネットで調べていたら、年を取ると免疫力が低下して風邪が治りにくくなる、と説明されているサイトを見つけたことを書きました。

確かに年を取るにつれて、体力も嗜好も変化しているのですが、考えていることもずいぶん変化しているように感じます。

経験上自分にできることも分かってしまうので、無理や無駄な行動を避けるようになりました。

とここまで書いてきて、もしかすると無理や無駄な行動を避けるようになったから、その結果体力や嗜好も変化した、ということもあるのではないかと思い付きました。

もう頑張らなくていいと体が知ってしまったので、頑張って免疫力を維持する必要がなくなって、それが低下しているんじゃないか。

だから風邪も治りにくいのでは・・・。

飛躍しすぎのような気もしますが、気が張り詰めている間は風邪もひかないなんてよく聞きます。

30代後半に下請けのソフトハウスでディレクターをしていたときは、納期に追われて3日徹夜とか4日徹夜とかを経験しました。

プログラマーは交替で仮眠を取るんですが、私はそれこそ気が張り詰めていて眠れないんですね。

体力や嗜好などの変化は考えていることが影響しているのかもしれません

風邪をひいて2週間ほど経ちますがまだ完治しません。

ひどい状態はひき始めから5日くらいで脱したのですが、たまに咳が出て、それが止まらなくなるんですね。

子供の頃からルルという風邪薬を飲んでいて、それを飲めば今までは一週間程度で治っていたのですが。

昨日も薬局に別の薬をもらいに行ったとき咳が止まらなくなって、急いで外に出て5分ほど咳が収まるのを待ちました。

薬局に戻ると、薬剤師さんが気を使ってくれてのど飴をくれました。

インターネットで「風邪が治らない」や「風邪が長引く」で検索するとたくさん表示されます。

中には、年を取ると免疫力が低下して風邪が治りにくくなる、なんて書いてあるサイトもあります。

そうですか。老化が原因ですか。

確かにここ数年体力の低下は感じていて、自転車で散歩がてらにドラッグストアやホームセンターなどに行く際も、できるだけ近くのところを選ぶようになりました。

食べ物の嗜好の変化もずいぶん前から感じてはいたのですが、若い頃は毎日かなり飲んでいたお酒も、そこまで欲しいとは思わなくなりました。

1日に350ml缶のビールで十分です。

易は「ああでもない、こうでもない」といくらでも解釈を楽しめそうです

昨日は易は64卦384爻という膨大な数の物語があるため、それを覚えるとなるととても長い時間がかかりそうだ、というお話をしました。

さらに易には、物語の他にいろいろな特記事項があるようなのです。

例えば陽の横棒3本が上の卦、陰の横棒3本が下の卦で構成されている「天地否(てんちひ)」は、大往小来=徳の優れた人物(大)は去り(往)悪人(小)が支配する(来)という意味があるのですが、本田濟著「易」(朝日選書)には二通りの解釈があるとしています。

その一つに、「風山漸(ふうざんぜん)」という卦の、三番目の陰の横棒と四番目の陽の横棒が入れ替わった、つまり大(陽爻のこと)往き小(陰爻のこと)来るからきた、という説を挙げています。

これは卦変という考え方のようですが、このような考え方もありだとすれば、他の卦にもたくさんパターンがありそうです。

もう一つ特記事項を挙げるとすれば、例えば先ほどの「天地否」の逆、陰の横棒3本が上の卦、陽の横棒3本が下の卦で構成されている「天地泰(てんちたい)」という卦があります。

その三爻目の説明(爻辞)に「食において福あり」という文章があります。

「よく易をおさむる者は占わず」という境地には一生なれないと思います

易の面白さは自分で自由に解釈できるところにあると思っています。

自由といっても、基本的な意味は決まっています。

陰と陽の3本の棒の組み合わせを卦(か)といい、3本全部「陽」であれば「乾(けん)」、3本全部「陰」であれば「坤(こん)」、というように全部で8パターンあります。

8パターンある卦の一つ一つに東西南北や父母長男長女、春夏秋冬のような意味が割り当てられています。

さらにその8パターンを上下に組み合わせて、8×8パターンの計64卦が易全体の構成となります。

例えば「水」の意味の「坎(かん)」卦と「雷」の意味の「震(しん)」卦が組み合わさると「水雷屯(すいらいちゅん)」といい、それ固有の物語があるんですね。

そしてその卦の一本一本の陰陽の棒を「爻(こう)」といって、計6本それぞれに身分であったりの意味があり、それ固有の物語があるんです。

その物語を、最初にいったように自分の占うことに当てはめて解釈するんですね。

占う人は、64種類の卦の物語や384種類の爻(64卦×6爻=384爻)の物語を全部覚えなくてはならないので、こりゃ大変だなと思います。

易経の384爻について詳しく、かつ優しく解説されている本はあまりないようです

箕輪隆素著「艱難を裂く、決断の書「易経」」(幻冬舎)という本を読んでいます。

易の本を紹介されている方のブログを見ていたら、この本を推薦されていたので購入してみました。

以前、本田濟著「易」(朝日選書)をご紹介しましたが、64卦384爻の解説を二回ほど読んでますます興味がわいてきましたので、もう少し違う角度から、かつもう少し初心者に分かりやすい本はないか探していたところでした。

まだ半分くらいしか読んでいませんが、易についてのエピソードがものすごく詳しく書かれていて、何よりほとんどの漢字にルビが振ってあります。

さらに、企業出版という形式を採られている幻冬舎メディアコンサルティングさんが発行されているせいか、560ページを超える大著なのに1,800円+税というお買い得さです。

私のような易の初心者にはとてもお薦めです。

ただ注意していただきたいのは、私は初心者ですので内容についての評価はできません。

著者は長年公立高校に務められた方で、易経の本も書かれている濱久雄さんの「易経講座」の生徒さんでもいらっしゃるので、内容はしっかりしたものだと思います。

勤めている会社の業務内容と同じ方向性の趣味を活かすのがいいかもしれません

昨日はインターネットで見かけた記事に触発されて、年を取っても価値の減らないもの、経験によって逆に価値の高まるような専門性のある仕事を考えなければと思ったことを書きました。

その記事は30代の方を対象としたキャリアアップの内容でしたが、私の場合は60代になって体が弱くなったときのためのものなので、ちょっと趣旨が違います。

とはいえ、最近は定年後に仕事を続けるには50代から準備をしておきましょうという記事を、雑誌やインターネットでよく見かけます。

60代ともなれば、体力も落ちて病気をする確率も増えるでしょうから、体が弱くなっても働ける仕事を考えておくことは意味のあることなんじゃないかと思います。

しかしことはそう簡単ではなくて、私は30代で独立して仕事に試行錯誤してきたのに、50半ばになってもそれを探しています。

ましてや、会社に所属している方がそのような仕事を見つけるのはなかなか難しいと思います。

普通に考えて、ハードな肉体労働ではなくても、立ちっぱなしの仕事や徹夜などが当たり前の締め切りのある仕事は厳しいのではないでしょうか。

年を取ってもできる仕事について考えていました

先日インターネットで自分のキャリアについてのコラムを見つけました。

年を取っても価値の減らないもの、経験によって逆に価値の高まるような専門性のものを選びましょう、という内容です。

私もちょうど同じようなことを考えていたので、とても興味深く読みました。

ただそのコラムは30代の方向けに書かれていて、私の希望していたものとは少し違います。

私はすでに50も半ば。なので老後の仕事についてなんですね。

このようなことを考えたきっかけは、やはり今流行りの「人生100年時代のライフプラン」的な情報の影響があります。

100歳まで生きるよ、でも年金は減るよ、何ていわれたら、一生働かなくてはならないように思ってしまいます。

もう一つのきっかけは、このブログでASK アクティブシニア交流会さんのことを書いているように、私はシニアの方にお会いする機会が多いです。

私の両親や親戚の叔父さん叔母さんも70代、80代ですし。

そういう方や同年代の人が、病気になったり手術をしたりしたあとに会うことがあるんですね。

仕方のないことなのでしょうが、同年代や60代の方よりは70代、80代の方が気力や体力がかなり落ちやすいんじゃないかと感じます。

今後四半世紀で団地の生活はさらに変化するように思います

団地ができた頃に比べると、多くの家が建て替えられましたが、当時のままの家屋もまだかなり残っています。

私の実家も建て増しはしているものの当時のままです。

室内に置いてあるモノはずいぶん変わりしました。

汲み取り式だったトイレが今やいくつもセンサーが付いたシャワートイレに代わり、白黒テレビが薄型テレビとブルーレイ・レコーダーに代わり、夏は窓を開けて蚊帳を吊っていたのが年中利用するエアコンに代わりました。

しかし変わったのは電化製品ばかりじゃないでしょうか。

白物家電が先に変わって行き、いつからかIT製品がんどん入ってきました。

家具や食器のようなものはあまり変わっていません。

人の生活もそんなに変わっていないように感じます。

ただよく考えてみると、そう感じるのは、団地ができてから半世紀も経っているのにこの程度?という感覚だからじゃないかと思うのです。

半世紀を、団地ができてからの最初の四半世紀と次の四半世紀に分けてみると、最初の四半世紀は確かに世の中はそんなに変わっているような感じはしなかったように思います。

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