アランの幸福論はお坊さんのお話を聞いているようなところもあります

昨日は、自分が興味を持っている複数のことが、あるキーワードでつながっているのを発見したとき、何とも愉快な気分になるということをお話しました。

そうなると、興味を持っていることがより楽しくなります。

このようなことも、幸福の一つに加えてもいいのかな、と思ったりします。

Q&Aサイトで、たまに「幸福とは」という質問がされているようですが、私もいくつかのぞいてみたところ、幸福も不幸もただの状態でしかない・・・、という回答に目が留まりました。

なるほどそうですよね。

状態であるということは、幸福でありたいと望むのであれば、そう意識するか行動するかしかない、ということなのだと思います。

昔、齋藤孝さんの「ヒルティの幸福論」(知的生きかた文庫)という本を読んだのですが、ヒルティは「どうすれば幸せを得ることができるか」という問いに対して、「人生の中で”一番長く使う時間”を幸せに過ごすこと」とひとまず回答しています。

その時間というのは、多くの人にとって「仕事」なのであって、「仕事をしている時間を幸福に感じるため」の方法を論じています。

興味を持っていることたちが、あるキーワードでつながっていると愉快な気分になります

鎌田茂雄・上山春平著「無限の世界観 華厳」(角川ソフィア文庫)には、荘子との類似性や、アビダルマや唯識などを網羅していること、易経解釈で有名な程伊川が華厳の思想を参考にしていることなど、とても興味深いことが書かれています。

それでは華厳とはどのようなものであるのか、ということになると、私にはまだよく理解できていません。

この本を何回か読んだり、他の解説書を読んだりして行くうちに、理解できるように思いますので、そのときはまた書きたいと思います。

実は数日前から易経のお話をしていて、いいたかったことは別にあります。

昨日も少し触れたのですが、自分の興味のあることたちは、お互いに無関係なように見えても、実はそれを取りまとめる思想があるものだな、ということなのです。

深層心理への興味から仏教の唯識に至ったときも、河合隼雄さんの著作から明恵上人を知ったときも、玄侑宗久さんの解説から荘子を手に取ったときも、陰陽師などの陰陽五行から易に興味を持ったときも、それぞれが華厳というキーワードでつながっているとは思っていませんでした。

もちろんどんなものでも、こじつけめいたことでつなげることもできるでしょうし、個人の興味のあることなんて似通った範囲でしかないのかもしれません。

「易経入門」をきっかけに六十四卦の解説書と華厳の本を買ってしまいました

易経は面白いと俄然興味がわいてきました。

以前、金谷治さんの「易の話」という本を読んだことを書きましたが、そのときは易経の六十四卦を学んで理解できるか、覚えることができるか、というとちょっと無理だなと思っていました。

ところが今回、氷見野良三さんの「易経入門」を読んでしまったわけです。

ソポクレスのギリシャ悲劇七篇について、「作品の主題に沿って、易経の卦でいえば何に当たるかを臆断」するという、それは面白い試みです。

いても立ってもいられず、つい本田濟(わたる)著「易」朝日選書という、650ページ近くもある解説書を買ってしまいました。

全部覚えるなんてとても無理でしょうが、少しずつ学んで行きます。

そのうち易経のことを書く機会もあると思います。

つい買ってしまったつながりで書きますが、先の金谷治さんの「易の話」を読んでいるとき、宋の時代の程伊川という人が、華厳哲学に影響を受けたということが書かれていました。

私は角川ソフィア文庫の仏教の思想シリーズを三冊ほど持っています。

易経の解説がギリシャ悲劇の内容に合致することを発見した興味深い本でした

易というのは、易者さんが筮竹(ぜいちく)という細長い棒を使って行う占いの一種です。

占うと、「-」という陽の卦と「--」という陰の卦が、六つ組み合わさった結果がでます。

「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉があるように、合計で六十四通りの組み合わせができます。

その六十四通りそれぞれの意味を説明したものが易経です。

氷見さんの「易経入門」は、その六十四卦の一つ「渙(かん)」の意味に、ソポクレスのギリシャ悲劇「アンティゴネ」に登場する人物六人が、一つ一つの卦にぴったりと当てはまったという衝撃から生まれた本のようです。

本には「オイディプス王」や「エレクトラ」などの全七篇について解説されています。

確かに六十四卦から選ばれたものに、六人の性格や運命がぴったりと合致しているのは驚きです。

各篇の解説の最後には、東洋の賢者との対話と題して、登場人物が易経の言葉を持って語る東洋人と対話しています。

久々に大変面白い本で、すぐに読み終わってしまいました。

もともとこの著者のお仕事は金融関係で、各国の代表とのシビアな交渉の日々に、易経を読むことで心の平静を保っていた、というようなことが書かれています。

そうですか。いいことを聞いた。

易のアイデアという河合隼雄さんの考えに感動しました

「井筒俊彦著作集 対談鼎談集・著作目録」(中央公論社)という本の中で、井筒俊彦さんと河合隼雄さんが対談されているそうで、その一部がWEBサイトで紹介されていました。

河合さんが、「易経」を心理療法の仕事に使うことはないが、心理学者としてたいへん興味がある、ということを仰っています。

以下は、その部分の抜粋です。

「イメージです。私は患者さんに会っているときに、易経に描かれているイメージを持つことがあります。しかし、患者さんのために易をたてることはしません。もし、私が因果律による心理学にのみとらわれていると、私の心は狭くなってしまいます。そうすると、単純な因果関係でとらえられないことを患者が述べても、それに注目しなかったり、すぐ忘れてしまったりします。そして、すべてのことを母子関係に還元してしまったり、この問題の原因は父親だと決めつけたりするような、きわめで安易な考え方に従うようになります。私にとっては、事象はもっと複雑で、患者さんの来る日が晴れているか、雨が降っているか、そんなことすべては、その人の治ってゆく過程に関連しているかもしれないという態度をとっています。これが易のアイデアだと思うのです。」

井筒さんも、同席されていた心理学者のジェイムズ・ヒルマンさんも、これにはとても感銘を受けられています。

時代によっても人の価値観は変わるもののようです

先日、昭和40年代の歌手やフォークグループの懐かしい動画を見ていて、ああ自分もこのような人を感動させるミュージシャンになりたい、と憧れていた頃を思い出しました。

私が小学生のときの、日本レコード大賞やNHK紅白歌合戦は年末の国民的行事でした。

日本レコード大賞を受賞した曲などは、それはもう日本人が後世まで語り継ぐ宝物のような存在でした。

そんなビッグヒットなんて、まさに私の持っていた価値観の「レガシー=遺すもの」、将来に対して遺すものですよね。

そのような幼い頃の記憶が、ミュージシャンになってヒット曲を出せば一生安泰、みたいなイメージを持つに至った原因かもしれません。

今はもう、国民的ヒット曲などは生まれない時代になってしまいました。

今の子供たちは現実的なので、メジャーデビューできたとしても、さらにヒット曲を出せたとしても、それだけで食って行けるなんてイメージは、持っていないだろうと思います。

さらに最近は、人生100年なんていわれるようになりました。

人生60年、70年の時代、日本レコード大賞が国民的行事だった頃の歌手と、今の歌手とでは、子供たちの憧れといっても、相当意味が違っていると思います。

人が行動する範囲には、自分と似た価値観の人が集まっているのかもしれません

昨日はとても才能のあるミュージシャンが、ライブにかける価値観とはどのようなものか、とても興味を持ったということを書きました。

38個のうち、例えば「能力」、人よりも優れた演奏技術を磨きたいとか、「クオリティ」、質の高い音楽を提供したいとか。

あるいは「チームワーク」、メンバーと一致団結して目標を達成したい、ということかもしれません。

もちろんバンドの方たちは、一人ずつ価値観が違っていてもおかしくはありません。

しかしいえることは、私のように「レガシー=遺すもの」、将来に対して何かを遺したい、つまりソフトウェアやITサービスを普及させたい、というような情熱とは違うように感じます。

それに加えて彼らの地元、東京からついて来ているファンの方たちがいらっしゃったんですね。

追っかけというんでしょうか、私もアマチュアバンドを応援していて、バンドの運営を手伝っている人を知っています。

その知人には「忠誠」、バンドメンバーのために何かをやってあげたい、というような情熱を感じていました。

もしかすると、もっとシンプルに「楽しみ」、楽しく人生を過ごしたい、つまり人生を謳歌したいということですよね。そのような情熱もあるのかもしれません。

人間の価値観なんてあまり変わらないと思っていたのですが、そうでもないようです

自分のことを振り返ってみたのですが、私は社会人になって以降ゲームのソフト制作に携わっていて、やっぱり自分が担当したソフトはヒットして欲しい、世の中に広まって欲しい、と考えていました。

その意味では、昨日お話したように、自分の価値観は「レガシー=遺すもの」や「表彰」ということなのでしょう。

書いていて思い出したのですが、就職して何年か経って、久しぶりに幼馴染たちと会ったことがありました。

たまたま家電量販店の前を通りかかり、ゲームソフト売り場で自分が担当したソフトを発見して、「これヒットしたんだ」と伝えたとき、「そういうモノづくりの価値観もあるね」というような意味のことをいわれました。

そのときは自分のやっている仕事のことを話していて、お互いの仕事を肯定的に捉えていたと思います。

その記憶から考えてみても、自分の価値観は確かに38分の1でしかない、ということなのでしょう。

実は、この「達成する力」という本のことを思い出したのは、先日書いたジャズバンドを見たからなんですね。

プロとして活動されているので、当然ですが演奏がものすごく上手い。曲もいい。

しかしジャズというジャンルは、老若男女が日頃から親しんでいる、とはちょっといえないですよね。

目標を達成するために自分の価値観を知ろうという記事を見つけました

以前インターネットで、38の価値観=アイデンティティから、自分の最も大切にしているものを選んでみよう、という記事を見つけました。

パニック障害を患ってから、私はこれまで、自分がやりたいと思っていることをやってこなかったツケが回って来たのかな、と反省した時期がありました。

それ以来、自分の価値観の見なおしをしようと考えて、折に触れてそれを試みていたのですが、何度も想像したり調べたりしていると、自分の持っている価値観はいくつかにパターン化できることが分かりました。

そう感じるようになった一方で、たまに知らなかった考え方に巡り会ったりすることもあったのですが、これもその一つでした。

さっそく出典元の書籍、豊福公平著「達成する力」(きずな出版)を買って読んでみました。

38の価値観から私が選んだのは、「レガシー=遺すもの」と「表彰」でした。

前者は自分が将来に何かを残すために行動する価値観、後者は自分の価値が世のなかに認められ表彰されることを追い求める価値観、ということのようです。

しかし後者は、有名なマズローの欲求5段階説の承認欲求に属するような気がして、みんなが持っているんじゃないかな、とも思います。

一流のものは言い訳をしなくても売れるんですね

先日、知人に誘われて、小さなライブハウスにジャズバンドのコンサートを見に行きました。

東京を中心に活動しているそうで、ニューヨークで学んでいた方々のようです。

それはもう上手くて曲もいい。

福岡と佐賀を廻るツアーだそうです。

ジャズファンの中には知っている方もいらっしゃるでしょうが、ジャズを聴かない方にとっては、多分バンドの名前も聞いたことがないのではないかと思います。

ジャズに限らず、どんなに上手くて魅力的な音楽をやっていても、テレビや映画のようなメジャーなメディアで取り上げられる音楽でなければ、一般の方は知らないと思います。

しかし、こうやって地方でもライブを観に来る人たちがいるのですから、すごいことですよね。

そんなことを思いながら、帰りのバスを待っていたら、やって来たバスが超満員でした。

多くの人がソフトバンクホークスのユニフォームを着ています。

ちょうどホークスの試合が終わったんですね。

私も何度か福岡ドームにホークスの試合を見に行ったことがあるのですが、あの大きな球場が人でいっぱいになるなんて、大したものだと感心してしまいます。