世代に関する話

ASKさんの会合で見聞きすることは将来の自分を想像するときとても参考になります

昨日、ASK アクティブシニア交流会さんのビジネス研究会に参加したことをお話しました。

研究会の一部と二部は毎回商材の熱いプレゼンが行われますが、第三部の交流タイムはリラックスした雰囲気で進行します。

そんな中で、久しぶりに出席された八十代の会員さんが近況を報告されました。

とてもかくしゃくとされていて、実年齢より十歳は若く見えます。

お話の中で印象に残ったのは、最近痛くなるのは昔怪我をしたところだとおっしゃるんですね。

スキーで怪我をした膝とか、突き指をした親指とか・・・。

いつか自分もそうなるのかなとちょっと不思議に思ったのですが、それを聞いて先ほど思い出した話があります。

確か名を上げた人たちの人生最後のときにインタビューしたら、自分の誇れることとして、子供の頃先生に褒められたことなどを挙げた、というような内容だったと思います。

私は学生の頃からド近眼だったのですが、老眼になったらどうなるんだろうとか、二十代の頃お酒を浴びるように飲んでいたのですが、これは一生変わらないんだろうかとか、こういうのは若いとき想像できないんですよね。

なので人生の先輩方から「こうなる」と教えていただくと、とても参考になります。

たまに会って飲める同級生がいるというのはありがたいことだと思います

東京で働いている同級生の友達が帰省するというので、週末に会うことになりました。

お互いプライベートの事情でお昼の時間に会うので、角打ちで飲むことになると思います。

こういうときは、お昼から開いている角打ちは助かります。

以前この友達に会ったときは、ここ数年のうちに退職して福岡に戻ってきたいといっていたので、話が進んでいるか聞いてみようと思います。

既に定年退職してリタイヤした別の同級生もいます。

もうそんなことを考える歳になったんですね。

どちらも高校生の時から知っていて、どちらも仕事で大変な思いをしてきたことも知っているので、もうここいらでゆっくりしたいと思うのは理解できます。

一方で私はこれからもずっと働き続けるつもりです。私は三十代に入ってほどなく病気でダウンして、仕事に長いブランクがあるからです。

私の世代はバブルの頃に新人の社会人で、結婚してローンを組んで家を買って悠々自適の老後を送る、というのが人生の共通の認識だったように思います。

実際にそうしている同級生もいるでしょうが、やっぱりお金についても将来についても、当時とは比べ物にならないくらい質素な考えになりました。

自分と同じ世代の影響からは一生抜け出せないと思います

インターネットを見ていたら、定年破産が増えているという記事に目が止まりました。

何でも、20代〜30代にバブルを経験した世代は、お金がなくてもカードで支払っていたので、一度上がった生活レベルを下げるのは難しいらしい。

それが定年破綻を招く原因なので、賃貸住宅に変えたり生命保険の種類を変えるなどの意識変革が必要ということのようです。

確かに私が勤めていた会社の同僚や同級生に、住宅ローンを組んでいる人は多いです。

私も独立しなかったり、体を壊して休職したりしていなければ、住宅ローンを組んでいたんじゃないかと思います。

仲間内でお得なマンション情報などが回って来るじゃないですか。

当時は同僚や友達が生命保険に入っていましたので、自分も当然のように入っていました。

会社勤めしていると、好むと好まざるとにかかわらず、自分とだいたい同世代の生活様式の影響を受けてしまうと思います。

全く影響を受けずにいると、逆に会社で浮いてしまいますし。

その重力から抜け出るために独立したというのも、独立した理由の一つではあるのですが。

さらに冒頭の記事では、若い世代と接して時代に適応する能力を見習うべき、と提案しています。

iPadをさわっている子供が大人になってITをどう使いこなすのか楽しみです

昨日病院に行ったら、中学生の男の子と幼稚園と思しき女の子とお母さんがいました。

何とその子はiPadをさわっています。

今はもうこの年齢からコンピューターを普通に使っているんですね。

今日もASK アクティブシニア交流会さんでパソコン勉強会があったのですが、参加している会員さんは平均年齢七十代。

この方々が業務でパソコンを使うようになったのは、五十代じゃないかと思います。

というのも八十代前半の親戚の叔父さんがいるのですが、退職する年齢くらいのときに会社にパソコンが導入されて、若いOLさんに操作を教えてもらったけれど、これはついて行けない思って退職したそうなので。

ということは二十年くらい前ということですよね。

パソコン勉強会の受講者の方がおっしゃるには、パソコンを使い始めた頃は最初からエクセルの使い方などを習ったらしい。

会社としては一刻も早く業務に活用して欲しかったのでしょう。

私は時間があり余っている学生の頃に使い始めたので、最初はわけも分からず適当にいじり続けていました。

少子高齢化でますます電動自転車が増えて行くんでしょうね

世間的には昨日からゴールデンウィークです。

休み前に終わらせなきゃいけない仕事も片付いて時間ができたので、自転車屋さんにタイヤ交換に行ってきました。

近所の駅やスーパーくらいしか行かないのですが、さすがに毎日乗っていれば1、2年でツルツルになります。

お店の方がおっしゃるには、後輪のネジのネジ山が潰れかけているので、そろそろ買い替えた方がいいですよとのこと。

そうですよね。確かもう十年くらい乗っていて、何度もパンク修理しています。

このお店は二階建ての大きな自転車屋さんで商品がズラッと並んでいますので、修理してもらっている間、いくらぐらいするのか見ていました。

入り口からまっすぐ伸びた通路の向かって右側は一万円前後の普及車の列、左側は十万円くらいする電動自転車の列です。電動アシスト自転車ともいうみたいですね。

よく見かけるなと思ったら、こんなに種類が豊富だったんですね。普及車の列と同じくらいズラーっと並んでいます。

自転車に乗っていたら、たまに後ろからお年寄りや主婦の方がビュ〜ンと追い抜いて行きます。

楽にスピードが出るんだろうなぁ・・・。

書いていて気が付いたのですが、これって坂道でも平気なんですよね。

誰にでもかわいかった子供の頃や社会に出たての初々しい頃があったんですよね

今日ドラッグストアで買い物をしてレジに並んでいたときのことです。

三歳くらいの男の子が、私の前に並んでいたお母さんに近寄ってきて、かわいい声で「お金をちょうだい。お金をちょうだい。」と何度も繰り返します。

たぶんガシャポンをやりたかったのか、お菓子を買いたかったのかだと思いますが、あまりの屈託のなさに笑ってしまいました。

この子の周りにいる大人の誰かが、日頃からこのような言葉を使っているのかもしれません。

昨日は病院で、こちらも三歳くらいの子を連れ赤ちゃんを抱えたお母さんがいたのですが、来院していたおじいちゃんおばあちゃんが笑いながらその姿を眺めていました。

私の家の近くには複数の幼稚園、小学校、中学校がありますが、かわいいと思うのは小学生までですね。

自分のことを思い起こせば、例えば自転車に乗っていてズッコケたとき、近くにいたお姉さんが寄ってきて「大丈夫?」と気遣ってくれたのは小学校までですから、中学生くらいになると大人扱いされるのでしょう。

成人になれば、まだ二十代ならシニアの方は若者として接してくれますが、四十代、五十代になるとそんなこともなくなります。

平成は○○の時代という固定的なイメージが出来上がるのはまだ先のような気がします

夕食のときテレビをつけたら、TBS系列の「この差って何ですか?」という番組で、100歳以上の方がよく食べている食材を紹介していました。

へぇ~と思ったのは、ちょうど100歳になられる方が大正生まれだということ。ということは元号が変わると大正、昭和、平成、次の元号、と四つの元号を生きることになります。

ネットで調べてみると、明治生まれの方もかなりいらっしゃるんですよね。その方たちは、次の元号で五つの元号を生きることになります。

「大正ロマン」とか「昭和は戦争の世紀」なんて聞くことがありますので、複数の元号を生きた方は、自分の人生を特色のあるフレーズの区切りとともに振り返ることができるんですよね。

平成についてはまだそんなに特色のあるフレーズは聞きませんので、私の場合は昭和だけです。

物心付いたときは高度経済成長時代で、その後バブルの崩壊も経験しました。なので私には「昭和は戦争の世紀」といわれてもピンときません。

よく若い人たちが、古臭いイメージを「昭和だ!」なんて表現するときがありますよね。

少なくとも若い人たちにとって「昭和」とは、一括りでそのようなイメージなのでしょう。

ただそのような表現は、平成も20年くらい経ってから聞くようになった気がします。

天神を歩くといつも少子高齢化というのは嘘なんじゃないかと思ってしまいます

今日天神でシニアの方と一時間ほど仕事の打ち合わせをしたのですが、連れられて行ったのは、商業ビルの地下にある年配のお客さんばかりのお店でした。

私も何度か友達と飲みに行ったお店ですが、平日の昼間は初めてです。

外人さんの団体客もいたのですが、こちらも年配の方々です。

打ち合わせした方によると、いつもこのような客層なので落ち着くとのこと。

確かに天神は若い人たちばかりで、私の年齢でも肩身が狭く感じます。

いつも利用する銀行のATMが天神コアというファッションビルの一階にあるのですが、十代の女の子向けのファンシーなお店ばかりで、私のようなおじさんが歩くととても違和感があります。

ビルの同じ階に福岡市役所に抜ける通路があるのですが、一歩通路に入ると異界に迷い込んだような飾り気のない空間が広がっているので、ホット一息つくことができます。

地下鉄七隈線に行くために、よく大丸地下一階の食品売り場を通るのですが、ここは年配の女性をたくさん見かけます。

でもそういう場所は本当に少ないんですよね。

二十年ほど前に東京から福岡に帰ってきた当時も、天神は若い人が多いなと感じていたのですが、ここ数年ますますそれを感じます。

私の世代にとってデストロイヤーさんはバラエティに出ていた優しそうな外人さんです

プロレスラーのデストロイヤーさんがお亡くなりになったんですね。

享年88歳とのことで私の親よりも年上です。

それもそのはず。私がこの方を知っているのは、日本テレビ系列の「金曜10時!うわさのチャンネル!!」に出演されていたときの記憶がほとんどです。プロレスの試合で来日したときの相手は力道山さんとのことで、その時代のことは覚えていません。

「うわさのチャンネル」で和田アキ子さんやせんだみつおさんと共演していたときのデストロイヤーさんは、覆面をしていたので顔は分かりませんでしたが、目はとても優しそうな方でした。

当時番組をかぶりつきで見ていた記憶があるのですが、内容をよく覚えていないのは小学生だったからですかね。はるか昔です。

しかも夜10時の番組なんて、親から早く寝なさいと叱られていたに違いありません。

1970年代テレビはまだまだ高価で、ほとんどの家庭は一家に一台、居間にしか置いてなかったんじゃないでしょうか。

見るとなったら必死で見ていたと思います。

なので以前ブログに書いたように、懐かしのテレビ番組を振り返る「テレビ探偵団」のような番組が、私たち前後の世代に人気だったんだと思います。

親と嗜好が同じものが多いほど恵まれた環境で育つんだなと思いました

親戚にせっかちな性格の人がいて、血圧が高かったりいつも頭痛がひどくて困っているようです。

親兄弟を見ても穏やかな性格の人ばかりなので、「誰に似たの?」と聞いたら「お祖父さんだと思う」という答え。私から見れば曾お祖父さんです。

隔世遺伝ということになるのでしょうが、やっぱり遺伝ってあるのでしょうか。

学生のとき、親戚が私がギターを弾いていることを知って「誰に似たの?」、「さあ・・・」と会話していたのですが、確かに私と同世代以上の年齢の親戚に楽器をやる人はいませんでした。

あえていえば、祖母が日本舞踊の先生をやっていたくらいでしょうか。

私がこの年になって唯識仏教や易経に興味を持ったときも、相変わらず親とは全く趣味が違うなと思ったものですが、思い出してみると私の祖父の本棚にずらりと漢文の本が並んでいたので、今になって祖父の遺伝かもしれない思っています。

うちは二世帯住宅ではありませんでしたし、祖父、祖母に会うのは盆と正月くらいでしたので、生活環境から影響を受けるということはありません。

私の両親の生活にはギターの「ギ」の字も古典の「コ」の字もありません。