マインドフルネス

禅の修行でもやってて苦にならないことが修行といえるのか気になっています

数日前、インターネットで川野泰周という禅宗のお坊さんの記事を読みました。

この方は精神科医でもあるようで、「ぷち瞑想習慣」(清流出版)や「ずぼら瞑想」(幻冬舎)のような本も出されています。

何でも「歩きながら」とか「電車の中で」というような、ちょっとした時間でできる瞑想を提唱されています。

ちゃんとした坐禅や瞑想をとても続けられない私にとって、このような記事はありがたいです。

テレビやインターネットなど、現代人は常に情報にさらされていて脳がヒートアップしている状態なので、短時間の瞑想でもとてもいいことだと思っています。

この記事の中でも、仕事の休憩時間にお茶を飲みながら瞑想とか、公園のベンチで昼食を取りながら瞑想というような、気軽にやるためのヒントが書かれていてとても参考になりました。

この記事で印象に残ったのは、家事をしながら瞑想というくだり。

以前より、お寺での毎日の掃除は修行の一つだということは知っていたのですが、坐禅以上に大切なことであり、家事は最高の瞑想と書かれています。

そうなんですか。

実は私は家族の皿洗いを担当しているのですが、全然苦になりません。どちらかというと好きなくらいです。

坐禅も易占いも困ったことがある方が上達するのかもしれません

今日は困ったことやイラつくことが立て続けに起きたので、心がザワついていました。

こういうときは坐禅だと思い出して、さっそくやってみました。

いつもと同じ椅子に座って行う「なんちゃって坐禅」ですが、今日は二、三分ではなくたっぷり二十分ほど。

おかげさまでだいぶ落ち着きました。

パニックになりそうなときに坐禅をすれば心が落ち着くのは、二十代の頃から知っていたのですが、何ともないときには積極的にやる気が起きなかったので、数年前まで習慣にならなかったんですね。

実は最近同じようなことを、易占をしたときに感じました。

易を学ぶために、毎日「今日はどのような日になるでしょうか」と問うているのですが、吉の卦(か)と爻(こう)が出たときは、安心するためか結果を意識しなくなってしまいます。

逆に凶であれば、ことあるごとに出た卦と爻を思い出します。

やはり気になっているんですよね。

悪い結果が嬉しいわけではありませんが、易を学ぶにはその方がいいのかもしれないと、易占するときちょっと期待してしまいます。

もしかすると坐禅が上達する人というのも、煩悩が強いとか怒りっぽいなど自分の性格に困っていて、心からそれを改善したいからなのかもしれません。

心の健康を維持するためにもう少し坐禅をちゃんとやろうと決心しました

昨日は、どうやったら商品が売れるかとか仕事を取ってこられるかということは当然大事だけれども、何にも増して心の健康が大事だと思った、ということを書きました。

ところが今日は、そんなことをいったそばから人と口論してしまって、心がしばらくざわついていました。

相手は近しい人だったので、思ったことをつい口に出してしまったんですね。

こういうのって、こっちの言い分は正しいと思っていても、相手もその人なりの言い分があるんですよね。やっぱりどっちもどっち。反省しています。

普通に生活していても腹の立つことはあります。

雨の日にコンビニから出ようとしたら傘を盗られていたり、駐輪場に停めていた自転車にイタズラされていたり・・・。

ただその日の気分によって「しょうがないな」程度にしか感じなかったり、しばらく怒りが収まらなかったりする違いはあります。

仕事に悪い影響がないようにするためにも、そして何より心の健康を維持するためにも、できるだけ受け流せるようにしたいものです。

そしてそのような心の状態にするのが、何度かこのブログに書いているように坐禅のはずなんですよね。

やっぱり椅子に座って2、3分程度の「なんちゃって坐禅」じゃ効果がないのでしょうか。

今の生活環境では坐禅や瞑想を続けるのは難しいのではないかと思います

昨日は、私の周りには、心を落ち着かせるために瞑想や坐禅のようなことをやっている人はいないようだ、ということを書きました。

私はやっと一日に3分程度、椅子に座って坐禅の真似事のようなことをする習慣がついたのですが、今まで何度も挫折してきました。

ストレス社会なので、メンタルヘルスケアとかアンガーマネジメントとかいわれて久しいですが、それらの対策の中には瞑想や坐禅が入っていることも多いです。

それにも関わらず、一人でやろうとすると続かないんですよね。

続かない理由は私が思うに、何かを考えることなしに数分間じっとしているという行為は、日常生活では寝るとき以外ほとんど経験しないため慣れていないということと、もしそれができたとしても、効果があったかどうかよく分からないからじゃないでしょうか。

私の場合はずいぶん昔、パニック障害で悩んでいた時期に、坐禅のやり方の本を買ってきて試したことがあります。

そのときは確かに心が落ち着いて効果はあると確信しました。

しかし心構えといい座り方といい呼吸法といい、なかなか難しくて、自分一人の意思で継続することはできませんでした。

効果があると確信した人間でさえこれです。

酷暑でイライラすることも増えたので坐禅の回数を増やしてみようと思っています

AIが普及して行くほどにEQ(心の知能指数)の方がより重要になって行く、という記事をいくつか見かけたのですが、元になった記事は昨年ハーバード・ビジネス・レビューに掲載されたもののようです。

じゃあどうすればEQって上がるんだろうと思ってインターネットで調べていたら、マインドフルネスや坐禅、瞑想で高めることができるというようなことが書いてあります。

EQとは自分の感情をコントロールする知能というのも含まれるそう。これは確かに坐禅などの効能として知られているものです。

私は毎日、わずかな時間坐禅をやっているのですが、このところの酷暑でイライラすることも増えたので、もう少し回数や時間を増やしてみようかなと思っていた矢先でした。

とはいうものの、以前にも書いたように、私がやっているのは3分程度椅子に座ってやる「なんちゃって」坐禅です。

結跏趺坐(けっかふざ)のような正式な座法で、15分や20分の間ちゃんと座れるものならば最初からやっています。

マインドフルネスなんて何年も前から流行っていて、いろいろいい効果も知れ渡っていると思いますので、やっている人は多そうなのに、私の周りでやっている人を知りません。

坐禅の真似事ですが細々と続けています

前回お話したように、学生の頃より坐禅に興味があったため、思い立っては坐禅をやってみるのですが、これでいいのかなと疑問に思うと、どうしても長続きません。

あるとき、宝彩有菜さんの「始めよう。瞑想」(光文社知恵の森文庫)という本を読んでみると、頭の中でいろいろな考えが浮かんできても、「瞑想が終わってから考えよう」というように、雑念を「棚上げ」するといい、と書いてありました。

実際にやってみると、とてもいい感じで続けられます。

金嶽宗信さんの「心と体を整える朝坐禅」(だいわ文庫)という本には、簡単にできる姿勢についての解説がありました。

結跏趺坐(けっかふざ)や半跏趺坐(はんかふざ)のような、正式な坐法の解説の他に、電車の中で行う「立禅」、仰向けに寝る「仰臥禅」(ぎょうがぜん)、歩きながら行う「経行禅」(きんひんぜん)のような、気軽に行える方法も書いてありました。

こういう方法でもいいのかと思うと、急に気分が楽になりました。

人によって、向いている方法は違うと思います。

私の場合は、雑念を「棚上げ」することを意識して、椅子に座って行う「椅子坐禅」をしています。

今年はマインドフルネスがブームでした

カウンセラーの方が「楽々談話室」を業務で使う場合、カウンセラーの方が管理者となってお客様をユーザー登録することになります。

利用者自身がユーザー登録できる一般的なチャットシステムと違って、カウンセラーの方を中心とした、閉じられた空間でカウンセリングが行われることになります。

そういう意味では、カウンセリング業務に「楽々談話室」は向いていると思って、チラシなどを作成しています。

カウンセリングつながりで言えば、cocotamaさんと「グチってチャット」のAI化を進めて行こうとしていることは、以前にもお話しました。

こちらの方は、十分に時間を取れないこともあり、思うように進んでいないのですが。

そのようなこともあって、心の問題には関心を持って世の中を見るようになっていました。

今年に入って、マインドフルネスに関する話題や書籍が急に増えたように感じます。

私自身、神経症に悩まされていたこともあり、学生の頃より、心の安定にいいと聞いていた坐禅に興味があったのですが、当時は坐禅のやり方を解説している本はあまりありませんでした。

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