マインドフルネス

瞑想をする人が増えるのに伴い上座仏教に関する情報も増えて行くと思います

片山一良著「パーリ仏典にブッダの禅定を学ぶ―『大念処経』を読む」(大法輪閣)を読み終わりました。

片山さんは曹洞宗のお坊さんということもあり、大乗仏教や禅の資料も含め解説されていますので、凄まじい術語の数です。

一割も理解できていないかもしれません。術語の理解のためにも数回読んでみるつもりです。

唯識など、他の仏教解説書に出てくる術語にも重なりますので、無駄にはならないと思います。

そもそも私は仏教の知識が圧倒的に不足しているので、理解できないのは仕方がありません。

唯識三十頌の世親(ヴァスバンドゥ)が説一切有部に所属していたときに著したアビダルマ倶舎論と、「『大念処経』を読む」でたびたび相応部の経典が参照されるのですが、その相応部のアビダルマとの関係など、分からないことばかり。

ただ上座仏教やマインドフルネスなどに関する情報は、近年知られるようになったので、分からないことが多いのはしょうがないところもある気がします。

「『大念処経』を読む」にしろ、ティク・ナット・ハンさんやプラユキ・ナラテボーさんの主な著作物にしろ、出版されたのは2000年以降のことですし。

新型コロナウイルスの影響で、心の安定を求める手段の一つとして瞑想をする人は増えると思います。

違う宗派どうしが影響しあって仏教が活性化しているんじゃないでしょうか

マインドフルネスの情報をインターネットで調べていたら、お坊さんたちが質問者の悩みなどに答える「hasunoha(ハスノハ)」というWebサイトを見つけました。

そのページには「独学で瞑想をしてもいいか」というような質問が。

それに対する回答が、以下のような文章から始まります。

「マインドフルネスのルーツですが仏教にあることは間違いありません。でも、それが日本の座禅なのか、ティクナットハンのマインドフルネスなのか、あるいはテーラワーダのヴィパッサナー瞑想なのか、その辺は混ざり合いがあって、どこにマインドフルネスのルーツがあるのかは、正確にはよくわかっていません。個人的には、ヴィパッサナー瞑想が一番近いかなと感じてます。」

回答された方は浄土宗のお坊さん。文中のティクナットハンさんはベトナムの臨済宗(禅宗)のお坊さん。

同じ質問に、別のお坊さんも回答しています。こちらは曹洞宗(禅宗)の方で、タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み)とのこと。

面白いですね。

同じ仏教ではありますがいろいろな宗派が登場します。

日本テーラワーダ仏教協会が設立されたのは1994年とのことですので、そう古い話ではありません。

プラユキさんのお寺での活動から仏教心理療法の可能性を感じています

プラユキ・ナラテボーさんの「自由に生きる」(サンガ)を読んでいます。

この本ではプラユキさんがなぜ僧侶になられたかや、ご住職を務めるタイのスカトー寺での活動などが紹介されています。

お寺では主に瞑想指導をされていますが、職場の人間関係に悩んだり、うつや不眠といった心に傷を負った日本人を受け入れて、心理療法のようなこともされているようです。

その例として、日本人女性A子さんがどのように心を回復されていったかがつづられています。

「悟らなくたって、いいじゃないか」(幻冬舎新書)を読んだときにも感じたのですが、プラユキさんは抜苦与楽(苦しみを抜き楽を与える)を信条とされるとてもやさしい方です。

テーラワーダのお坊さんなので、ただひたすら解脱のために厳しい修行に励んでいらっしゃるイメージだったのですが。

プラユキさんご自身も最初はそのように思っていらっしゃったそうで、最初に指導を受けたサナーン師という方から、次のような実情を告げられています。

芸術作品の創作と瞑想との相性について興味深い指摘がありました

プラユキ・ナラテボーさんと魚川祐司さんの対談「悟らなくたって、いいじゃないか」(幻冬舎新書)を読んでいたら、最後の方に興味深い指摘がありました。

横尾龍彦さんという画家の方が、五十代に入って精神的な悩みを抱えていたので、禅の山田耕雲老師に参禅修行を願い出たところ、山田老師から「絵が描けなくなるよ」といわれたとのこと。

「それでもいいです」ということで禅をやられたら、実際に描けなくなった、と。

以下、そのことに関する魚川さんの見解の抜粋です。

「「心に生じてくる想念を、価値判断を差し挟まずに観察して、それにはまり込まない」ということは、浮かんでくる創作上のイメージに関しても、それを追いかけて没入するという行為をいったん停止するということです。そういうマインドフルな心のあり方が常態化すれば、創作に際して対象のイメージに人格の全てを集中して、それを展開させるという、ある種の芸術制作には必須の精神的なモードは、起動させにくくなるでしょう。」

横尾さんは「見性(禅における、一種の「悟り」体験)を認められるところまで修行を進めた」そうなので、禅や瞑想をすると誰もが絵を描けなくなるわけではないのだと思います。

プラユキさんは相談者の夢を聴いて心理療法的なこともやられているようです

先日、プラユキ・ナラテボーさんと魚川祐司さんの対談「悟らなくたって、いいじゃないか」(幻冬舎新書)を注文したことを書きました。

今日届いたのでサッと目を通してみたら、これがものすごく面白い。

面白いところがたくさんあるので、一通り読んだら整理して、そのうちブログに書いてみようと思います。

ちなみにこの本の中から一つだけ。プラユキさんのお寺では、瞑想指導だけでなくカウンセリング的なこともやってらっしゃるのだとか。

何でも相談者の夢を聴いてカウンセリングに応用するという、心理療法的なこともやられているらしい。

以下、抜粋です。

「最近は臨床心理士の資格を持っている僧侶の方も増えてきたようですし、それこそ「マインドフルネス」の流行との関係で、心理療法と仏教のコラボレーションは、むしろ普通のことになってきているんじゃないかな。私も最近カウンセラーやフォーカシングの先生とのコラボ講座とかやってるよ。」

へぇー、そうなんですか。

プラユキさんの他の書籍を調べてみると、「自由に生きる」(サンガ)という本の紹介文に、「認知行動療法の心療内科医・熊野宏昭氏との対談を収録」なんて書いてあります。

「瞑想難民」なる言葉を知ったので瞑想を勧めることにも慎重になろうと思います

このブログで何回か書いていますが、私は瞑想をすると心が落ち着きます。

瞑想といってもそんなにストイックなものではなく、ティク・ナット・ハンさんの「ブッダの〈気づき〉の瞑想」と「ブッダの〈呼吸〉の瞑想」(共に野草社)という本を参考に、「息を吸いながら○○、息を吐きながら○○」などと唱えながら呼吸をするだけです。

コロナの緊急事態宣言によって外出自粛が長引いているせいで、心が疲弊している人が増えているようなので、瞑想はいいものですというようなことを書いた記憶があります。

そんな中、今日「瞑想難民」なる言葉を知りました。

プラユキ・ナラテボーさんと魚川祐司さんの対談「悟らなくたって、いいじゃないか」(幻冬舎新書)に出てくるようで、何でも昨今の瞑想ブームのせいか、本格的な瞑想をやったが思い通りの効果が得られずに失望したり、精神状態を悪化させたりする人のことをいうらしい。

あれま、そうなんですか。無責任に瞑想を勧めてはいけないかもですね。

ちょっと心配になったので、その「悟らなくたって、いいじゃないか」という本を注文しました。

自分の場合瞑想を始めたのは、ずいぶん昔に坐禅の入門書を買ってやってみたのが最初です。

大乗のお坊さんが上座仏教の視点を取り入れた唯識の解説書を読みたいです

先日ブログで、外出自粛の期間が長引くことにより、気分が落ち込んだりアルコール依存になったりする人が増えているので、自分もそうなる前にもう少し瞑想について学んでみたい、と書きました。

その一環として、片山一良著「パーリ仏典にブッダの禅定を学ぶ―『大念処経』を読む」(大法輪閣)を注文しました。

マインドフルネスの元となったヴィパッサナー瞑想の解説書。

著者の片山さんは曹洞宗のお坊さんなので、大乗仏教的な捉え方をされているよう。面白そうです。

そしてヴィパッサナー瞑想はアビダルマに沿って行うとのこと。アビダルマといえば唯識にも発展していくわけで、その点からも学んでみたかった理由の一つといえます。

そういえば以前読んだ「「マインドフルネス×禅」であなたの雑念はすっきり消える」(集英社)の著者、山下良道さんも曹洞宗のお坊さんで、テーラワーダの比丘(びく)として瞑想の修行をされた方。

この本の第一刷発行は2018年で、先の「パーリ仏典に・・・」の方は2012年。

大乗仏教のお坊さんが、上座仏教の瞑想の解説をされるようになったのは最近のことのようです。

ヴィパッサナー瞑想がこれほどメジャーになったのは、マインドフルネスが流行って以降のことだと思います。

非日常の期間が続きそうなので瞑想について学んでみようと思っています

五十代で易経や唯識仏教と出会ってずいぶん助けられたと思います。

易経は行動指針を示してくれますし、唯識仏教は心の仕組みを教えてくれます。

前者は二千年以上前に、後者は千五百年ほど前に成立し、今日まで生き抜いてきたものですから、行動指針にしろ心の仕組みにしろ、これ以上のものはないんじゃないかと思っています。

今までは易経と唯識仏教を学ぶことで十分満足していました。

ところがコロナによる緊急事態宣言で状況が変わりました。

外出自粛の期間が長引くことにより、気分が落ち込んだりアルコール依存になったりする人が増えているそう。

私は今は大丈夫ですが、そのうちそんな気分になってしまうかもしれません。

先日ブログに、私にはティク・ナット・ハンさんのマインドフルネスが向いているということを書きました。

「ブッダの〈気づき〉の瞑想」と「ブッダの〈呼吸〉の瞑想」(共に野草社)という本に書いてあるように、「息を吸いながら○○、息を吐きながら○○」などと唱えながら、呼吸の瞑想をするだけです。

呼吸の瞑想は一日二十分程度行っています。とても気分が落ち着きます。

そうなんですね。瞑想は実際に心に作用してくれるのです。

今の時期、心を落ち着かせるために私には効果があったことを書いてみます

昨年よりこのブログで、私にはティク・ナット・ハンさんのマインドフルネスが向いているということを書いてきました。

今もその思いは変わっていません。

ハンさんに出会ったのは「ブッダの〈気づき〉の瞑想」と「ブッダの〈呼吸〉の瞑想」(共に野草社)という本から。

日々新型コロナウイルスの件で心が疲弊しているのを感じますが、そのようなときでも、「息を吸いながら○○、息を吐きながら○○」などと唱えながら呼吸の瞑想をするだけで、ずいぶん心が落ち着きます。

私は昔から、坐禅入門や瞑想入門のような本を買っては試してきました。

そんな中で、私にはたまたまハンさんの上座仏教の瞑想が向いていたということですね。

もちろん、どれに効果があるかは人によって違うと思いますが、ゆったりとした呼吸を行う方法のものは、どれも心を落ち着けてくれることだけはいえると思います。

Yahoo! JAPANのような情報ポータルサイトを見ていると、コロナ関連の情報に加えて、心の癒し系の情報も増えているように感じます。

それだけ多くの方が、多かれ少なかれ不安な状態でいるということなのでしょう。

先程、コロナ関連のニュースに対するたくさんのコメントを読んでいてそう思いました。

道元禅師の説く「絶対肯定・全肯定の思想」をちゃんと理解したいと思います

岡野守也さんの「道元のコスモロジー―『正法眼蔵』の核心」(大法輪閣)を少しずつ読んでいます。

唯識仏教の本を何冊も出版されている岡野さんなので、いつか読みたいと思っていたのですが、マインドフルネスストレス低減法のジョン・カバット・ジンさんが曹洞宗の開祖、道元さんに影響を受けたと聞いて注文していたのです。

本の帯には次のように書かれています。

「道元思想の核心は、世界・宇宙のすべてが一体であり、根源的に肯定されているという「全肯定・絶対肯定の思想」にある。」

う〜ん、何だか凄そうです。

本の内容は数回読まなければ理解できないと思いますが、「第二章 道元倫理学の完成ー「諸悪莫作」の巻」で次のような文章のあと、その思想の詳しい説明に入って行きます。

「それに対して道元は、善や悪がありありと実体的に生起しているという常識に反して、もっとも深い真理のレベルで言うと、善も悪も無記もすべて生起しないのだ、すべてのことは「無生」であり、根源的には「無漏」つまり清らかであり、「実相」つまりありのままで真実だ、と言う。 (中略) この世で起こることすべてに対する絶対肯定・全肯定である。」