持って生まれたもの

(昨日の続き)今回もまた恥ずかしい思いをして一つ賢くなりました

昨日ブログに書いたように、ガスコンロのメーカーに問い合わせてみました。

いろいろと確認した結果、警告音はガスコンロではなく、その真上の天井に取り付けてある火災警報器からでした。

うひゃ〜、ごめんなさい。恥ずかしい・・・。

この火災警報器は、私が十数年前に東京から戻ってきたとき既にありました。親が取り付けていたものです。

電池が入っていることさえ知りませんでした。

家電の電池を取り換えるのは私の役目なのですが、この火災警報器は一度も換えていません。

インターネットで製品情報を見てみると、電池は専用リチウム電池、電池寿命は約10年と書いてあります。

リチウム電池というのはそんなに長い間使えるんですね。全く知りませんでした。

電気に詳しい人ならば、昨日音の出処を探していたときに、この火災警報器からだと判断できたと思います。

以前、私は音楽リハーサルスタジオに勤めていたことがあります。

そのスタジオの経営母体は通信設備の会社で、スタジオの機材などの設備の調子が悪くなったら、その会社の社員の方に見てもらっていました。

選択肢が少ないと幸せという記事から、制約のある音源でSEを作る仕事を思い出しました

先日「選択肢が少ないと幸せを感じる」というような記事を見つけて、とても共感していたのですが、ふと同じような内容の記事がネット上にたくさんあることに気付きました。

逆に「選択肢が多いと不幸に・・・」という内容の記事も、同じようにたくさんあります。

自分のライフワークが見えてきて、それに関連する本を読んできたのですが、これも読んどかなければならない、あれも読んどいた方がいいな・・・という感じで本がどんどん増えていって、とにかく読み終えることが目的のようになっていました。

そんな読み方ですから、何度も読み返さなければと思った重要な本を、案の定、読み返す時間がありません。

何とかしなければ、と思っていたときに冒頭の記事を見つけて、本当にその通りだなと感心していたのです。

そして今日、TRILLというWebサイトにある「【心理テスト】“水”といえば何を思い浮かべる? 答えでわかる実力を発揮できるとき」というタイトルの記事が目に入りました。

「コップ」、「湖」、「川」、「海」の4枚の写真から1枚を選びます。

私が選んだのは「コップ」。「制限が厳しいとき」に実力が発揮できるらしい。次のような説明があります。

一般的なこととはちょっと違う人生を歩んできたような気がしています

今日ちょっとした用事があって、昼間に近所のスーパーに寄ったら、駐輪場に入りきれないほどぎっしりと自転車が停まっていました。

何事かと思って店内に入ったら、高齢の方を中心にたくさんのお客さんが。

どうも木曜恒例の安売り日のようで、聴き覚えのある威勢のいい音楽と、いつもと違う黄色い値札が並んでいます。

確かにいろいろな商品が安い。

昼間に買い物をすることができる人にとっては、この日を逃さないのは「常識」なんでしょうね。

私も普段はこの時間に買い物に行かないとはいえ、今日行くことができたのは自営業をしているからなわけで、昼間勤めている多くの方は行けません。

「常識」とは少し違いますが、私の仕事は一般的な仕事からはズレているのでしょう。

思い返してみれば、仕事に関しては最初から人とズレていたように思います。

私は学生アルバイトから、そのままある大きな会社のゲーム開発部門に就職したので、就職活動はしていません。

その会社はフレックスタイム制だったので、お昼近くに出社して夜遅くまで仕事をしていました。

ですので、東京で悪名高い通勤ラッシュも経験していません。

家の仕事の多くはクオリティが低くてもいいことを意識しようと思います

最近家の仕事が増えてきて、会社の仕事の時間とうまく調整する必要がある日もあります。

家の仕事はある程度手を抜いてもいいことが多いので、そのあたりは兼ね合いを考えています。

とはいうものの、性格上手抜きができずに、ついちゃんとやったりしてしまうんですよね。

自分が人よりもちゃんとやってしまう性格かもしれないというのは、以前音楽リハーサルスタジオで働いていたとき知りました。

何人かスタッフがいてローテーションで店番をし、開店前と閉店後に掃除や機材のチェックなどをやるのですが、ちゃんとやるスタッフとそうでもないスタッフがいるんですね。

そうでもない例として、掃除機をかけていないところがあったり、テーブルを拭いていなかったり、ライトやエアコンをつけっぱなしだったり。

そういうのを見ると、自分はちゃんとやる方に入るなと思ったものです。

それとともに、自分は掃除が嫌いじゃないということも発見しました。

こういうのは、人と働いてみて初めて分かるものなんですよね。

一方、自宅はお客さん相手ではないので掃除のクオリティなど低くてもいいのですが、掃除が嫌いじゃないこともあり、ついちゃんとやってしまいます。そしてその分、それに時間を取られてしまう。

みんなが考えていると思っていることも自分だけしか考えていないのかもしれません

先日ユングのタイプ論「MBTI」のことを書きました。

これをテーマにしたWebサイトは数多くあるのですが、その中にエニアグラムとの関係について書かれているWebサイトもありました。

エニアグラムはMBTIと同じように人を性格で分類する診断方法ですが、こちらは9つのタイプがあります。

私は鈴木秀子著「9つの性格」(PHP文庫)という本を持っていて、それを読む限り当たっていると思っています。

このWebサイトはMBTIの各タイプに対して、エニアグラム9つのタイプ別に性格が書かれているんですね。とても興味深いです。

しかしですよ、私はMBTIではINFJですが、日本版MBTIマニュアルによると全体に対する比率は2%程度。100人に2人、1000人に20人程度しかいません。

公的な機関によるエニアグラム各タイプの比率が掲載されているWebサイトは見あたらなかったので、単純に各タイプは全体の1/9だとしますよね。

仮にINFJが1000人中に18人いたとすると、エニアグラムの各タイプは、その18人中2人。つまりINFJかつエニアグラムXタイプは1000人中2人。ちょっと機械的過ぎますが、とにかくほとんどいないということです。

物心が付いたときから人とどう接すればいいか分からなかった理由が分かりました

昨日は、私はユングのタイプ論「MBTI」では比率の少ないINFJなので、小、中学生の頃にMBTIの簡単な考え方でも教えてくれる授業があったら、もう少しその後の人生が楽になったんじゃないかということを書きました。

各タイプの説明を読んでいると、かなり性格に違いがあります。

書いてから思ったのですが、日本版MBTIマニュアルによるとINFJの全体に対する比率は2%程度。クラスに同じタイプは一人もいなかった可能性が高いです。

一方で多いタイプはESFJやESTJで、それぞれ12%くらいいます。

私が小学生のときは子供の数が多かったので、一クラス四十名なんてのはざらだったと思います。

そうなると、ESFJやESTJは自分と同じタイプが五人くらいいたということですよね。

今は一クラスの人数は少ないでしょうが、私のときと同じように、塾とか町内の野球チームとか習字教室などがあるでしょうから、そこにいる大人たちも含めると、小、中学生でも百人くらいと接しているんじゃないでしょうか。

そうなるとESFJやESTJの子どもたちは、自分以外に十人くらいの同じタイプと接することになります。

MBTIを教えるような授業があればもう少し楽に生活できたような気がします

昨日は久しぶりにユングのタイプ論「MBTI」で自分の適職などを確認したことを書きました。

ポール・D・ティーガー、他著「あなたの天職がわかる16の性格」(主婦の友社)では、私はINFJです。

海外のMBTI Manualや日本版MBTIマニュアルという資料が、各タイプの比率を発表しています。

それによるとSJ型というのが多いようで、ISTJ、ESTJ、ISFJ、ESFJの四つで全体の約40%を占めています。

逆にINTJ、INFJ、ENTJが少なく、この三つで6%ぐらいでしょうか。

確かにSJ型の適職リストを見ると、営業職や公務員のような、人口比でも多そうな業種が並んでいます。

私が読んだHSP(Highly Sensitive Person)の本には、世の中は人口比で多い非HPSの人向けに作られているので、HSPの人は生き辛いことも多い、というようなことが書いてありました。

同じことはMBTIにもいえるような気がします。

私は学校生活からして居心地の悪さを感じていたので、社会人になってからMBTIのような診断をやってみてはその理由を探していました。

準備ばかりしてやるべきことに取り掛かれないので具体的な計画を立ててみました

今まで何度も、「しばらく本を買わずに、今まで買った本を熟読しよう」という誓いを立てるのですが、つい本を買ってしまいます。

ここ数年お酒もそんなに飲みませんし、他に買いたいものもないので、本代くらいは何とかなるというのもそれに拍車をかけているんだと思います。

年をとってからやりたい仕事の資料として、必要な本を買い溜めていたというのもあるのですが、重要度の高いものから揃えているので、いつまでたっても重要度の高い本が熟読できません。

確かに専門書は絶版になりやすいので、必要そうな本は今のうちに手に入れておかなければ、という理由もあるにはありますが、今のところ資料は十分揃っています。

つい買ってしまうのは、子供の頃から「必要なものを見落としているんじゃないか」と不安になる性格のせいだと思います。

それに加え、あっちフラフラこっちフラフラと興味が移ってしまって、大事なことに集中できないというのもあります。こっちは逃げの性格ですね。だから学校の成績は悪かったです。

以前は「人生の残り時間が少ないので、重要じゃない本は集めない」などと自分に言い聞かせてみたのですが、そのような漠然とした内容では、欲しいという誘惑の方が勝ってしまいます。

なので今回は、もう少し具体的に考えていたのです。

年をとると性格が変わったりストレスが減ったりすることに自分でも驚いています

最近、ストレスで夜歯ぎしりをすることがほとんどなくなりました。

三十代前半に体調を崩して精神科に通院していた頃が、一番ひどかったと思います。

朝起きたら顎が痛くなっていて、歯茎からよく血が出ていました。

今思うと向いていないジャンルの仕事でしたので、相当無理をしていたと思います。

担当していたタイトルも多く、お金や人やスケジュールの管理など、やることもたくさんありましたし。

書いていて思い出したのですが、ある製品の納期が迫っていて、開発チームが会社に泊まり込みで仕事をしていたとき、仮眠をしていたプログラマーが歯ぎしりをしていました。

それを見て、「ああ、自分も寝ているときこうやっているんだな」と思ったものです。

今も当時と同じITの仕事ではありますが、一般的なスマホアプリやパソコンソフトの開発なので、精神的に無理をしている感じはありません。

それと歯ぎしりとは別に、精神科に通院していて仕事がほとんどできないときがひどかったのですが、何かにつけてムッとしていました。

一生治らないんじゃないか、一生仕事ができないんじゃないか、などと想像してしまって、不安でたまらなかったんですね。

妙なところで想像力が逞しいのと神経症の素質はほぼイコールなんだと思います

昨日も少し触れましたが、私は生まれながらに神経症の素質があるせいか、手をよく洗いますし石鹸もよく使います。

そんなの当たり前だという方も多いでしょうが、子供の頃、冬は手の甲までひどいあかぎれでしたので洗いすぎだと思います。

家族にも親戚にも自分のような人はいません。

数年前から、寒くなり始めると炊事のときゴム手袋をはめるようになりました。

それでも炊事をしないときに石鹸で手を洗ってあかぎれになってしまうので、最近は石鹸の代わりに除菌スプレーを使うようにしています。

よくスーパーの入口とか、病院の病室の入り口などに置いてありますよね。それを見て「これいいな」と思っていたのです。

とはいうものの、解剖学者の養老孟司さんがおっしゃっていたと思いますが、手を洗っても細菌はなくならないし、人間の体にはたくさんの細菌がいるということは頭では理解しているのです。

自分の部屋にいるときや、自分のものを使っているときはさほど気にしませんし。

一方で、人が使う食器や人が食べる食品を触るときはとても気にします。いろいろ悪いことを妄想してしまうんですね。

こういうところが神経症なんだと思います。