心と体の話

いくつになっても好きなことをするというのは大事なことだと思いました

昨日深夜テレビを見ていたら、TBS系列で「よりにもよって君が好き」という番組をやっていました。

指原莉乃さんと山里亮太さんがMCをされていました。

TVスタッフの方が街に出て、一般人に「よりにもよってなぜその人のファンなのか?」というインタビューをする内容です。

インタビューをした人の中に、きゃりーぱみゅぱみゅさんのファンだという七十歳の男性がいました。

自宅はきゃりーさんのグッズで溢れています。

よくコンサートにも行かれるそうで、ある日TVスタッフの方と待ち合わせて会場に行かれたのですが、入場券がないので入れないのだそう。

しかし会場で聞いてみると当日券があるとのこと。券が手に入ったときのその方の喜びようときたら・・・。

七十歳の方がきゃりーぱみゅぱみゅさんに夢中ということが衝撃的だったのですが、年齢と好きなものは関係ないんだと感動もしましたし、勇気ももらいました。

そんなことがあっての今日なのですが、いつものように夕方、夕食の買い出しに行って帰っていると、私の自転車の前をキックボードというんですかね、それに乗って買い物袋を下げた白髪の方が走っています。

見た感じ、七十歳前後じゃないかと思います。

アマオケの方たちの練習を想像してかなわないなと思ってしまうのです

最近、夜仕事以外にやっている作業が終わらなくて、寝る時間が遅くなっています。

例えばこのブログを書くこともそうなのですが、ほんの数分間だけ坐禅の真似事をしたり、バイオリンでドレミの練習をしたりすることから、数十分間本を読んだり、易でその日のことを占って解説を読むことまで、いくつかの作業をやっているんですね。

要するに仕事が終わるのが遅れているので、これらの作業を始める時間が遅くなっているということなんですが。

それでも習慣として続けているので、作業をやめるつもりはありません。

しかしその一方で、自分の作業のことを考えるときに私がたまに思い出すのは、アマチュアオーケストラの方たちのことです。

私の知人が所属しているアマオケのコンサートに行くことがあるのですが、今のアマオケって上手いですよね。

先日行ったコンサートも、メインプログラムがロマン派後期の長くて難しい交響曲で、名演といってもいいような演奏で感動しました。

半年に一度の定期演奏会とはいえ、みなさん随分練習されたんだと思います。

私の知人は主婦で、フルタイムではないのですが仕事もしています。

英語の表現が口癖になるのか試してみようと思います

昨日、ライフハッカー[日本版]の「幸せをつかむコツは「がんばらない」こと:研究結果」というタイトルの記事がとても参考になった、ということを書きました。

記事には、幸せを追いかけ続けることで起こるさまざまな問題点が指摘されています。

最後に「立ち止まってばらの香りを嗅ごう」(英語でStop and smell the roses)ということわざが紹介されていて、とてもいい言葉なので覚えておこうと思いました。

ブログを書き終わってライフハッカー[日本版]のトップページを見ていたら、「声に出すと、怒りが消え気持ちが楽になる言葉」というタイトルが目に入りました。

気になって記事を読んでみると、ポーランド語の表現からきている「Not my monkey, not my circus.」という英語が紹介されています。

次のように説明されていました。

「「Not my monkey(自分のサルではない)」というのは、他人の言動は自分のコントロール外だという意味です。」

「「Not my circus」は自分のすべきことかどうか気づかせてくれる」

Stop and smell the roses、「今ここ」というブッダさんの教えをすぐ忘れてしまいます

かなり前の日付けですが、ライフハッカー[日本版]にいい記事を見つけました。

「幸せをつかむコツは「がんばらない」こと:研究結果」というタイトルです。

最近仕事にしろプライベートにしろ、上手く行くようにいろいろ手を尽くしていたのですが、気ばかり焦ってちょっと疲れ気味だったところでした。

どこかに将来幸せになるためにという意識が働いているのでしょうが、結果として今を犠牲にしているんですよね。

この記事は、そうなる理由を分かりやすく説明してくれています。

そしてカリフォルニア大学バークレー校のChristine Carter博士という方の研究結果から、次のようなアドバイスを導いています。

「もちろん、何かを成し遂げたら大いに喜ぶのはかまいませんが、本当の意味での幸せがそこにたどり着くまでの過程を楽しむ気持ちから生まれることも忘れないでください。」

「人生は、人間が毎日体験する、ありとあらゆるささいな事柄で形成されています。そして、こうしたささいな事柄の中に幸せを見いだす方法を知ることこそ、幸せをあなたという器の中にゆっくりと満たしていく、一番簡単な方法なのです。」

土用と満月が重なったときの影響を五行と占星術に詳しい人に聞きたいです

今日外にゴミを出しに行ったら満月のような月でした。インターネットで調べてみたら満月は明日みたいです。

なぜこんなことを書いているかというと、先日打ち合わせの日を確認するためにカレンダーを見たら、17日が土用の入りと書かれていたからです。

私は詳しくはありませんが、土用は季節の変わり目なので体調を崩しやすいとか、満月は狼男に変身する話があるように精神的に変調をきたしやすい、みたいなことは知っています。

その土用と満月が重なるのですから、やっぱり心や体に何か影響があるんだろうなと思ったんですね。

昨日たまたま、打ち合わせで疲れてブログの記事のテーマが思い浮かばないと書きましたが、もしかすると土用と満月の影響かな何て考えたりもします。

私は五行について基本的なことだけは知っていますので、十二支のどの月が土用で、各月生まれがどのような資質を持っているかは少し分かりますが、体への影響までは分かりません。

このあたりは、東洋の鍼灸院の先生や整体師の先生が詳しいんじゃないかと思います。

一方、月の満ち欠けの方は全く分かりません。

疑問に思ったのですが、東洋医学と陰陽五行の結び付きに相当する、西洋医学と月の満ち欠けのような自然とを結び付ける学問はあるんでしょうかね。

今の状態を楽しめる才能を持っている人が一番幸福なのかもしれません

知人が定年退職したという話を聞きました。

その職場での定年は還暦より前ということなので、まだ若いですね。私の年齢とほとんど変わりません。

親戚にも体調の問題で還暦前に退職した人がいて、当時私は三十代だったので何も感じませんでしたが、今になって思えばずいぶん若いと思います。

自分に置き換えてみれば、今やっている仕事を退職日を境にスパッと辞めるんですよね。明日から何をするんだろう・・・。

その知人はどうするか聞いていないのですが、親戚の方は仕事をスパッと辞めていました。

その親戚も最初は人から紹介された仕事をやってみたようですが、これまで四十年近く続けてきた仕事とは全く違うことだったので、うまく対応できなかったようです。

なぜこんな話をしているかというと、その親戚は仕事を辞めてから二十数年経ちますが、結構人生を楽しんでいるように見えるんですね。

友達と飲み歩いたり、近場の温泉に行ったり、料理に凝ってみたり・・・。

自分はといえば、以前よりブログで八十代になっても仕事をするつもりだと書いていますが、裏を返せば、その親戚のような毎日を何十年も過ごせる自信がないのです。

体型を始めいろいろ劣化している中で、少しはマシになっているものを探していました

十年ぶりくらいに、機会があって礼服を着ました。

30歳前後に買った服なので胴回りも相当きつかったのですが、何とかベルトを締めて間に合わせました。

驚いたのは下っ腹が一番きつかったこと。

日頃からそんなに体型は変わっていないと思っていましたが、確かに下っ腹だけはプクッと膨らんでいる気がしていたのです。

残念ながら勘違いではありませんでした。

30代から体型や体力や気力はそこまで変わっていないかな、と思っていましたが、やっぱり相当変化しているのかもしれません。

ずいぶん長い間、ハードな運動も連続の徹夜もやっていませんので、気が付かないだけなのでしょう。

ただ、何から何まで劣化しているわけでもないような気もします。

よくインターネットに、年齢によってピークを迎える能力の種類は違う、みたいな情報が載っていますよね。

ハイティーンのときは記憶力で50歳前後は判断力・・・というような。

自分の場合も、判断力が優れているとはいいませんが、アホな判断ばかりしていた40代までよりは少しマシになっていると思います。

特に自分の向き不向きを無視して、浅はかに行動を起こしてよく失敗していましたが、50代になってそれも少なくなりました。

傷や疾患の場所の違いでうろたえたり何とも思わなかったりするものでしょうか

一ヶ月くらい前に、急に右手中指の第二関節付近が赤く腫れ出しました。

患部の中心に赤い点があるので、虫に刺されたのかなと思います。

触っても少し痛い程度なので、赤い腫れの範囲が広がって行ってもそのまま放おっておきました。

しかし親が私の指を見て「病院に行ったら?」と心配していましたし、親の薬を貰いに行った際に薬剤師さんが「どうされたんですか?」と驚いていたので、見た目は異常だったんだと思います。

幸い今ではほぼ腫れも引いています。

以前、顔面骨折して救急車で運ばれて救急病棟で処置を受けているときも、今思い出すと驚くほど落ち着いていたと思います。

その一方で、肉親にポリープが見つかったときは私の方がうろたえてしまって、それ以来ビフィズス菌飲料やオリゴ糖を欠かさず摂るようになりましたし、血圧がいつもより高かったときや血液検査で異常値に近い項目があると、うろたえてしまってすぐにネットで対処法を調べたりします。

自分でもこの違いは何だろう、と不思議に思ってしまいます。心配症であれば、どんなことでも心配しそうですよね。

もしかして外科の範疇であれば機械のパーツのように取り替えがきくけれど、内科はそうはいかないと潜在意識が考えているんでしょうか。

どちらも悪くないのに気まずいことが起きる状況が分かってしまいました

今日近所のスーパーで夕食を買って自転車置き場に戻ったら、他の自転車がビッチリと横に停まっていました。

買い物した袋を自転車のカゴに入れることができません。

たまたま近くのディスカウントストアで買った、かさばる荷物を肩にかけていたので、手の自由もききません。

「ひゃ〜、もう少し考えて停めてくれれば・・・」とつぶやいた途端、背中の方から「スミマセンね」の声が。

振り返ると人のよさそうなお婆ちゃんが笑って立っています。

自転車の持ち主だったんですね。

ただ苦笑いするしかありませんでした。

しばらくして、似たような状況があったことを思い出しました。

ずいぶん昔、街でバイク置き場になっていたある広場に、私もバイクを停めて用事を済ませて戻ってきたときのこと。

数歩前を歩いていたカップルの会話が耳に入りました。

どうも私のバイクが男性の方が前から欲しかった車種のようで、それが広場に停まっているという話をしています。

女性も「欲しい?欲しい?」とからかっています。

話の内容に気が付いたときには、もうバイクは目の前。

お互い気まずい雰囲気で、そそくさとバイクに跨って帰って行きました。

最も大切な心の健康のことを忘れないで仕事を決めて行かなければと思いました

昨日はロイ・バウマイスターという人の書いた「WILLPOWER 意志力の科学」(インターシフト)という本に興味を持ったことを書きました。

この本はAmazonで「人文・思想 > 心理学」に関連付けられているようで、Amazonおなじみの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」リストに、以前購入した「脳科学は人格を変えられるか?」や「影響力の武器」が挙げられています。

私はこのジャンルに興味があるということなんでしょう。

いつもは、どうやったら自社アプリが売れるかとか今度どうやって仕事を取ってこようかなどと考えて、ビジネス書を読んだりインターネットで情報を得たりしています。

しかし今日ふと考えたのですが、最も大事なこととして最後の最後に残るのは、心を何とか正常に保つことなんだろうなと思いました。やっぱり興味のあることに行き着くようです。

私の周りには心に問題を抱えている人が何人かいて、社会に復帰するまで何年もかかっている人もいます。

私も二十年ほど前に同じ状態になったことがありますので、その辛さは分かるつもりです。

日常生活を問題なく送れている期間が長ければ、そのことを忘れちゃうんですよね。

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