音楽関連

何度聴いてもよく分からないから聴いているような気がします

今年の1月にニューイヤーコンサートに行ったことをブログに書きました。

そのときのプログラムにはビゼーの「アルルの女」組曲 第2番があり、それは中学1年のとき初めて買ったクラシックのレコードであること、40年以上聴いていないのにメヌエットやファランドールをよく覚えていたことも書きました。

メヌエットでフルートの人が息継ぎをするところや、ファランドールで輪唱のようにビオラが旋律を追いかけるところなどです。

じゃあ、なぜ40年以上も聴かなかったのかというと、レコードを買った当時、何度も繰り返し聴いてある程度曲を覚えてしまったからだと思います。

印象に残るメロディの曲とか、ドラマチックで心を動かされる曲などは、しっかりと記憶に残るので、聴き始めると記憶が曲を先読みしてしまう。なので聴く前から気分が冷めてしまう、というのが聴かなかった理由のような気がするのです。

もちろんビゼーの「アルルの女」組曲は名曲揃いで、メヌエットの美しいメロディなんて今聴いても心が震えます。

だからこそ記憶に刻み込まれるのだと思うんですね。

私が古楽を好んで聴くのは、そのようなことが少なく、同じCDを何度聴いても飽きないからです。

何がよくて古楽を聴いているのかちょっと考えてみました

以前、「中世&ルネサンス・レコーディングズ」という古楽の50枚組みCDボックスのことを書きました。

この時代の音楽は、楽器も和声も発声法も今の私たちが聴き慣れたものではありません。

ほとんどの人が日ごろ耳にするのは、バッハやヴィヴァルディのようなバロック期くらいまでの音楽で、それより前の音楽はテレビやラジオでもあまり流れません。

一般的には中世、ルネサンス、バロック期の西洋音楽を古楽と呼んでいるようですが、私はこの時代の音楽をよく聴きます。

今も外出したときはこのCDボックスの一枚を聴いているのですが、中にはいい曲だなと思うものがあって、そういうときはこのブログに書きたくなります。

今回そう思ったのは、14枚目のCD「デュファイ:世俗音楽集」の4曲目「心に痛みを抱くこの私」と12曲目「コンスタンチノポリスの聖母教会の歎き」という曲なんですが、ここで紹介しても「ああ、あの曲ね」と同意する人も、「聴いてみよう」と思う人もいないと思います。

もし聴いたとしても「どこがいいの?」と感じると思いますし、私もそう思われて仕方がないと思います。

当時、邦楽より洋楽の方が大人びて聴こえていたのは当たり前でした

昨日はポール・サイモンの公演活動引退の話から始めて、テレビで昔から今に至るアイドルを振り返る番組をやっていたことや、洋楽はアルバム一枚を通して芸術性の高いコンセプトを持っていることに驚いた話などを書きました。

もちろん国内と欧米のマーケットは違うので比べることなどできません。

ただ先日のエルトン・ジョンもそうですが、「引退」という言葉が気になって年齢を調べてみるとどちらも70代。

中学生の私にとって、国内のヒット曲より総じて大人びて聴こえたのは当たり前だったと思います。

昨日名前を挙げた郷ひろみさんも山口百恵さんも、私と10歳も離れていません。

私が中学生のときにアイドルだった方たちは、当分引退する年齢ではないのでしょう。

しかしそれをいうと、クラシック畑の人たちは洋楽のアーティストより更に年上の印象があります。

私は大学生の頃、ほとんどクラシック音楽を聴くようになっていましたが、当時ブームだったのはマーラーで、中でも注目されていた若手指揮者はクラウディオ・アバドでした。

小澤征爾さんもそうでしたが、若手といわれていても私とは30歳前後離れていたんですね。

その頃巨匠といわれていたのは、ヘルベルト・フォン・カラヤンやレナード・バーンスタイン。

先日のエルトン・ジョンに続いて、今度はポール・サイモンが公演活動から引退するようです

このブログで、中学に入ってから洋楽を聴き始めたことを書いてきましたが、その最初のアーティストの一人(一組)がサイモン&ガーファンクルでした。

アルバムも最初に全部揃えたアーティストで、中でもアルバムタイトルになっている曲「明日に架ける橋」は、アート・ガーファンクルの高い声をまねてLPと一緒に何度も歌っていました。

ソングブックを買って、フォークギターを必死で練習していた記憶があります。

今日たまたま夕食時にテレビをつけたら、「歌のゴールデンヒット -青春のアイドル50年間-」という番組をやっていました。

ちょうど1970年代の頃のアイドルを紹介していて、フィンガー5、天地真理、郷ひろみ、山口百恵などの大スターが懐かしいヒット曲を歌っていました。

当時、居間ではテレビでこのようなアイドルの曲を聴いて、自分の部屋ではFMやレコードで洋楽に熱中していたんですね。

もちろんアイドルの方たちの曲は、今聴いてもメロディや歌詞がすばらしいのですが、洋楽はLP一枚=アルバムを通してすばらしいというのが衝撃的だった気がします。

構造が単純で大きくて乾電池で動く音響製品は長持ちするようです

カナル型のイヤホンは外の音を遮断して音楽がよく聴こえるので、流行りだした頃から買っているのですが、今まではケーブルが断線したのを機に買い換えていました。

SHUREのイヤホンはケーブルを交換できるので、長く使えると安心していたのですが、踏んづけて折ってしまうなんて想像できませんでした。

そういえば、以前SHUREの密閉型ヘッドホンも買ったことがあります。

こちらもケーブルが交換できるので安心していたのですが、使っているうちにヘッドホンバンドが折れてしまいました。

ケーブルが断線することを期待しているわけではないのですが、わざわざ交換できない部品の方が壊れてしまうのは、マーフィーの法則みたいで悲しいものがあります。

考えてみれば持ち運びながら使う音響製品は、ウォークマンにしろiPodにしろ、どこか壊れたりバッテリーに寿命が来たりして、いつかは買い換えるのはしょうがないと思います。

しかし、イヤホンって5万円や10万円の高級品もかなりありますよね。

そんな製品の寿命が来る理由の一つに、「踏んづけて折る」というのがあるのはちょっと恐ろしい気がします。

イヤホンを踏んづけて折ってしまったので接着剤でくっ付けました

以前、外出するときはSHURE SE215というイヤホンをしていることを書きましたが、先日ATMでお金を下ろしたり記帳したりしているとき、イヤホンを耳から外していました。

すべて終わって通帳を見ながら数歩後ずさりしたら、足元で「バリッ」と嫌な感触が。

SE215を踏んづけて、耳の穴に差し込む部分の根元から折ってしまいました。かばんに入れたつもりが、下に落ちて引きずっていたのです。

「ああっ・・・」

このあと打ち合わせだったので、何とか気分を落ち着かせながら打ち合わせ場所に向かいました。

帰ってからインターネットで「SE215 折れた 修理」と検索してみると、たくさんヒットします。

私のように折ってしまった人は多いようです。

想像した通りですが、メーカーが片側だけ売っているはずはありません。

ちょっと驚いたのは、サードパーティ製の外側のプラスティックケースだけが売られているんですね。「自分で修理しましょう」と・・・。

私には無理です。それならば新品を買います。

そんな中、アロンアルフアで結構ちゃんとくっ付くという記事がありました。

後日、アロンアルフアを買ってきて挑戦してみました。

1970年代は純粋に音楽を聴いていたような気がします

昨日書いたように、1970年代初めから中頃までの洋楽のヒット曲を見ていると、何か健全で屈折していない曲が多かったような気がします。

それ以降の曲にそれが感じられないのは、私の思い込みもあるでしょうが、時代背景も影響していると思います。

日本では高度経済成長時代も終わって、オイルショックなどで停滞感を感じていたんじゃないでしょうか。

確かに1970年代に入ってしばらくは、三波春夫さんが歌う大阪万博のテーマソング、「世界の国からこんにちは」の屈託のない明るさが日本中に満ちていたような気がします。

今でもはっきり憶えていますが、1976、7年にセックス・ピストルズが出てきて、洋楽にあまり関心のない同級生にバンド名を伝えたら、過激なバンド名にびっくりしていました。

当時の自分でさえ、他の音楽とはあまりに異質だと感じていました。

イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」も同じくらいの時期だったようですね。

音楽もとても魅力的ですが、歌詞も相当にミステリアスだったようで、この曲のWikipediaを見てもその複雑さがうかがえます。

ラジオでガンガンかかっていましたから、当然のようにLPを買いました。

ジャケットがとても印象的でした。

エルトン・ジョンの「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」は繰り返し聴いていました

エルトン・ジョンがツアー活動からの引退を発表したようですね。

私が中学生のとき、「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」という曲がすばらしくて、何度も聴いていたことを思い出しました。

年齢を見るとまだ70歳。

あの頃からおじさんだと思っていたのですが、当時はまだ20代だったんですね。

ポール・マッカートニーはまだ元気にツアーをやっていますが、こちらは75歳とのこと。

ポール・マッカートニー&ウイングスの「あの娘におせっかい」という曲がヒットしていたときEPを買いましたが、この辺りが私が洋楽を聴き始めた時期でした。

今考えてみると、私の年代はビートルズよりもウィングスのインパクトの方が強いわけですよね。

ちょっと気になったので1975年当時の洋楽のヒット曲を調べてみたら、EPを何枚も買っていました。

キャプテン&テニールの「愛ある限り」とか、ヴァン・マッコイの「ハッスル」とか、アメリカの「金色の髪の少女」とか・・・。

ちなみに「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」は1973年。

これは音楽を聴き始めた人によくあるパターンですね。

テレビと音楽の組み合わせは記憶に最適かもしれません

昨日コンサートでビゼーの「アルルの女」を聴いているとき、中学1年生の頃LPで聴いていたフルートの息継ぎ部分などを覚えていたことを書きました。

それを書きながら、昔テレビ探偵団という番組があったことを思い出しました。

以前もブログに書きましたが、1980年代に泉麻人さんがコメンテーターを勤めていた、私たちの世代が共有している昔の放送を懐かしがる番組です。

子供の頃に好きだった番組は夢中になって見たせいか、細かいところまでよく憶えています。

保育園の頃に見たテレビの映像でさえ、断片的ですが憶えているんですよね。

それに比べると、授業中に勉強している記憶はほとんどありません。

いかに興味がなかったかですね。

授業中の記憶といえば、数学の補習で小テストを受けているとき、先生が私のところにやってきて、「ここ解らないの?ここが解らないならダメだ。」とニコニコしていたようなことです。

この先生は黒板に数式を書いているとき活き活きしていたので、こういう人が数学を好きなんだなと思ったものです。

話はテレビに戻りますが、小学生の頃「トムとジェリー」というアメリカのアニメをやっていて、トムがオーケストラの指揮者をする回があります。

入れ込んで聴いていた音楽は何十年経っても忘れないものです

今日、福岡市西区を拠点にしている、西区フィルハーモニーオーケストラのコンサートに行ってきました。

ニューイヤーコンサートなので、ウィーンフィルのようにシュトラウスのワルツがメインでした。「皇帝円舞曲」や「美しく青きドナウ」などです。

そんな中、ビゼーの「アルルの女」組曲 第2番も演目の中にありました。

中学1年のとき音楽鑑賞の授業で聴いて、メヌエットがとてもきれいなので、感激してレコードを買いました。

私にとって初めてのクラシックのLPで、カラヤンとベルリンフィルでした。調べてみると1970年に録音されたもののようです。

ファランドールもそうですが、メロディがとても印象的で、鼻歌でそれらしく口ずさめるんですよね。

中学に入って、ラジオを通してサイモン&ガーファンクルやクイーンなどの洋楽を聴き始めたのですが、今考えてみるとメロディアスな音楽に惹かれていたんですね。

メヌエットのフルートの息継ぎ部分とか、ファランドールで輪唱のようにビオラが旋律を追いかける音色とか今でも憶えていたので、当時は相当聴き込んだのだと思いますが、洋楽のアーティストや名盤を追いかけるのに夢中だったので、繰り返し聴いていた時期はそれほど長くないと思います。

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