何度聴いてもよく分からないから聴いているような気がします

今年の1月にニューイヤーコンサートに行ったことをブログに書きました。

そのときのプログラムにはビゼーの「アルルの女」組曲 第2番があり、それは中学1年のとき初めて買ったクラシックのレコードであること、40年以上聴いていないのにメヌエットやファランドールをよく覚えていたことも書きました。

メヌエットでフルートの人が息継ぎをするところや、ファランドールで輪唱のようにビオラが旋律を追いかけるところなどです。

じゃあ、なぜ40年以上も聴かなかったのかというと、レコードを買った当時、何度も繰り返し聴いてある程度曲を覚えてしまったからだと思います。

印象に残るメロディの曲とか、ドラマチックで心を動かされる曲などは、しっかりと記憶に残るので、聴き始めると記憶が曲を先読みしてしまう。なので聴く前から気分が冷めてしまう、というのが聴かなかった理由のような気がするのです。

もちろんビゼーの「アルルの女」組曲は名曲揃いで、メヌエットの美しいメロディなんて今聴いても心が震えます。

だからこそ記憶に刻み込まれるのだと思うんですね。

私が古楽を好んで聴くのは、そのようなことが少なく、同じCDを何度聴いても飽きないからです。

楽器も和声も発声法も現代のものと違い、メロディを覚えて鼻歌を口ずさむことはほとんどありません。

全体的に素朴な音楽なので、疲れているときもうるさいと感じることもほとんどありません。

一般的にはポピュラーミュージックから音楽に入るけれども、長年音楽を聴き続けていれば、人によってはジャズに行く人、現代音楽に行く人、ワールドミュージックに行く人・・・と好みが分かれて行くように思います。

タモリさんがどこかで「ジャズだけがよく分からなかったので聴くようになった」というようなことを仰っていました。

タモリさんと比べるなんてあまりにもおこがましいのですが、もしかすると少し似た感覚があるのかもしれません。