職業に関する話

近所でやっている工事ひとつとっても住民と商売されている方の思いは逆だと気づきました

昨年の年末から、私の住んでいる団地の入り口の道路が通行止めになっています。

その道路を横切るように団地の外側に沿って流れている川があるのですが、その護岸工事をやっているんですね。

この道路は昔から抜け道になっていて異常に交通量が多く、自転車で走りにくかったのですが、今は驚くほど静かです。

たまに行く大きなスーパーがあるのですが、その前の通りも大通りから一本中に入った小道なのですが、異常に交通量が多いです。

買い物客が多い夕方などは大通りよりも多い感じなのに、信号がないのでこの道も通りにくい。

こちらも住宅街なので、道路沿いに住んでいる人は困っているだろうなと思います。

その一方で、このブログで何度か書きましたが、私の家から北の方角にある西新という街に向かう国道は、地下鉄七隈線ができてからずいぶん交通量が減りました。

道路沿いにはシャッターが下りている店が目立ちます。

お店にとっては交通量が減るのは困ります。

そういえば、大きなスーパーの前の小道が大通りに行き当たる四つ角には、最近セブンイレブンができました。

団地の入口の通行止めになっている四つ角にも、最近歯医者さんができました。

堺正章さんの才能がお父様譲りだったと知って一般家庭に当てはめて考えてしまいました

今日夕食のときテレビを見ていたら、NHKのファミリーヒストリーという番組をやっていて、堺正章さんのお父様で、喜劇役者・堺駿二さんの足跡をたどるという内容でした。

私でも名前を知っている当時の大スターとお知り合いだったりして、そのご子息である堺正章さんが早くから芸能界で活躍されている理由も分かるような気がしました。

堺正章さんご自身、タレントとして才能のある方だと思いますが、それに加えて日頃からお父様を通して芸能界の空気を感じながら成長されたのでしょうから、自然に英才教育を受けていたようなものではないかと思います。

もちろんどんな職業でも、多かれ少なかれ子供は親の職業の影響を受けます。

ほとんどの人が人生の多くの時間を仕事に費やすわけですから、世の中の見方が就いている職業に影響を受けるのは当然ですし、その世の中の見方で親は子供に接しているのですから。

私の親は公務員だったせいか、社会のルールなどはかなりシビアに守っていたように思いますし、私が職業を選ぶときもとても堅実なアドバイスをされました。

なので私の考え方や行動は、公務員の親の影響をかなり受けていると思います。

薬剤師さんがこの職業に就きたいと思ったのはいつだろうと想像してしまいました

今日親の薬を買いに薬局に行ってきました。

これまである症状の薬を何種類か試したのですが、あまり改善しなかったので、薬剤師さんに相談しに行ったのです。

インターネットで調べた情報と共にこれまでの経緯を説明したところ、結果的に症状にピッタリ合致する効能が書かれた漢方薬を紹介してもらいました。

その際、いくら漢方薬だから副作用が少ないといっても、○○が含まれている薬と併用すると持病の△△の薬が効きにくくなるので控えた方がいいです・・・とうような細かな説明も受けました。

当たり前ですが、薬剤師さんだけあって薬のことはとても詳しいですね。いつも助かります。

ただちょっと心配なのは、薬局が併設されているディスカウントストアに「薬剤師不在時間」が貼ってあったりすること。この業界は人手不足が深刻なのかもしれません。

以前、需要があって人から感謝されて一人でできる仕事に憧れる、ということを書きましたが、薬剤師さんもそんな職業だと思います。

このようなことを考えるときいつも不思議なのですが、例えば薬剤師さんが薬剤師になろうと決意したのはいつ頃なのでしょうか。

自分が好きでかつ得意なことは自分でも拍子抜けするようなことかもしれません

昨日は70代になったときに考えている仕事の候補のお話をしました。

高齢になってもできる作業だけれど、すでにある職業なので、自分の今やっているITの仕事と絡めて差別化を図る必要がありそうだと思っています。

しかしそうはいってもどう絡めていいかよく分かりませんし、そもそも自分でどのようなところが得意なのかも分かりません。

好きであることと得意なこととは違うんですよね。

昨日書いたようにプログラミングという行為は好きな部類に入るのですが、とても得意とはいえません。

このような悩みは、新卒で就職される学生さんや転職される方もお持ちだと思います。

以前、一流のIT技術者は一握りしかいないが、そうではなくても活躍している人達がいるという内容のブログを読んだことがあります。

その方がまさに自分の好きでかつ得意な分野を見つけよう、というお話をされていました。

その方自身はシステムの業務仕様を覚えたり理解することが好きで得意なことらしい。

その他にも好きで得意なこととして、フォーマットなどのドキュメント作成や業務フローなどのルール制定、プロジェクトに携わっている人たちの調整役など、いろいろな分野の例を上げていらっしゃいました。

どんな仕事を始めるにしても自分の好きなことだけではダメみたいです

今まで何度か、70代になってもできる仕事はどんなものがあるのかについて書いてきました。

忙しさが一段落するとまたそのことを考えてしまいます。

自分の好きなことで候補のようなものはあるのですが、職業として存在しているので、70代でいきなり始めても簡単に収入を得られるレベルまでには行かないと思っています。

今の仕事であるITと絡めてその仕事をすれば十分差別化は図れると思うのですが、どう絡めたらいいかが分からないから、つい考えてしまうんですね。

シンプルに考えればその仕事に関するアプリを作る、という案はすぐ浮かぶんですが、私はプログラマーに向いていません。

本職のプログラマーさんを見ているので、データベースやクラスの設計のようなところからして自分には適性がないことは分かっています。

自分にとってプログラミングは好きなことの部類に入るのですが、いいパフォーマンスを発揮できることではないのです。

好きなことを確認する方法の一つとして「気がついたらいつもやっていることは何か」というのがありますが、いつもやっている好きなことであっても人よりパフォーマンスが悪ければ、その好きなことを職業として考えるのは危険だと思います。

人には自分に合った組織の大きさがあると思うので協業には注意が必要です

今関わっているいくつかの仕事のなかで、商品としてのポテンシャルが高そうだけれども環境が整っていない仕事があります。それ以外の仕事はポテンシャルも環境もそれほど特別なものはありません。

そのポテンシャルが高そうな仕事にどこまで関わるかちょっと悩んでいるところです。

もし関わったとしたら、環境を整えるためにかなりの労力を注ぎ込む必要があるでしょう。

もちろんあたれば仕事として大きく発展するでしょうが、そのためにはしっかりとした環境が必要です。

私がゲーム会社に所属していた頃は、ポテンシャルを感じるある会社の作品を引っ張ってきてヒットしたこともあったのですが、これなんて所属していた会社の資金が豊富で、宣伝部隊も営業部隊もいたからできたのであって、今のように私一人が軌道に乗るまでの環境を構築しようとしてもたかが知れています。

これまでにも小さな組織で同じようなことをした経験がありますが、あまりうまく行きませんでしたし、大きな組織で契約社員として動いたときは、かなりうまく環境を作ることができたと思っています。

それ以来、人には好き嫌いは置いておいて、自分の動きやすい組織の大きさというものがあるんだなと実感しました。

大阪万博が開催される年の年齢を考えたら今後の仕事のことで焦ってしまいました

昨日大阪万博が決まったことについて書きましたが、開催されるのは7年後の2025年。私は還暦を超えています。

そのときに今の仕事を続けていられるのか、ちょっと考えしまいました。

ハードな締め切りのアプリをディレクションするようなことは無理だと思いますが、今の仕事の延長であるパソコン教室の講師とか複雑なCMSのカスタマイズが必要ないWebサイト制作あたりなら何とかなりそうな気がします。

なぜ何とかなりそうだと思うのかというと、これまでこのような仕事を数え切れないくらいやってきたからだと思います。

いつの頃からか、生徒さんやクライアントさんの要求はこちらの想定内の内容に収まっているように感じていました。

逆にいえば、このようなことが想定できないような経験の浅いジャンルの仕事は、請け負うことは難しいと思います。

そういう意味でいえば、何か新しいジャンルの仕事を請けられるようになりたければ、今のうちから経験を積んでおく必要があるわけですね。

前にも書きましたが、IT業界は変化のスピードが速いので、高齢になればついて行けなくなるときが来ると思います。

会社勤めをしている頃に出入りしていた業者さんに自分を重ねてしまいました

今日は、依頼されているソフトの見積もり作業とGoogle勉強会の仕込みが重なってとても忙しかったです。

たまたま東京から同級生が帰省していたみたいで、飲みに行かない?と誘われたのですが断りました。

考えてみたら今日は日曜日。多くの人はお休みですよね。

自営業者はしょうがないと思いますが、私は休日でも仕事関連の作業をしています。

先月も今月も連休がありました。

テレビの天気予報で「三連休のお天気は・・・」という声が聞えるたびに「あっ、そうなの?」と気づきます。

会社に勤めていた頃は連休はしっかり意識していましたし、出張が金曜日だったりすると宿泊を延長して、出張先でどんな観光をしようかと仕事より熱心に調べていました。

仕事をする日は、忙しい時以外はちゃんとカレンダー通りでした。

会社に出入りしていた業者さんでも会社組織に属されていない方、例えばイラストを描かれたり音楽を作られたりするようなアーティスト系の方は、とても勤務形態がカレンダーとは関係のない雰囲気満々でした。

バブルが終わっていたとはいえ、90年代はそんな人達が多かったように思います。

自分が70代になってIT企業に勤務できるか考えてしまいました

今日、打ち合わせで同席されていたシニアのアドバイザーの方が、11月から大手IT企業で週二日ほど勤務することになったとお話されていました。

先日、檜山敦さんの「超高齢社会2.0」(平凡社新書)という本に提案されている、フルタイムで働くのではなく自分の都合に合わせた時間に働く「モザイク型就労」について書いたのですが、まさにそれを実現されています。

以前、私の親戚の叔父さんが技術を買われて、退職した会社に今もパートで働きに出ているというお話をしたのですが、今日のシニアの方も親戚の叔父さんも同じ70代です。

70代で自分の技術を買ってもらえるというのは、一つの理想じゃないかと思います。

お二方を見ていると、技術や経験があるのはもちろんですが、人に対してオープンで明るい性格なところ、どんな人にも分け隔てなく接するところが共通しているようです。

そういうところは大事だと思います。IT関連の会社だと若い人も多いでしょうから、特にそう感じます。

私が三十代まで関わっていたゲーム業界は、若い人が多く、なかでもデバッグで雇われていたアルバイトの子たちは十代後半もいたんじゃないかと思います。

「モザイク型就労」が機能している世の中が実現して欲しいと思いました

昨日は檜山敦著「超高齢社会2.0」(平凡社新書)という本を買った話をしましたが、読み進めるうちに、このような仕組みが機能しだしたら筆者がいっているように若者も高齢者も生活しやすくなるなと希望が持てました。

この本の出版は2017年。「あとがき」にあるように、本の構想から三年経った時点での成果を紹介されています。

政府や自治体を巻き込んで、筆者の関係するプロジェクトが少しずつ軌道に乗り始めているようです。

しかし一方で、定年退職された方がハローワークに行っても、ほとんど希望する職は見つからないというような状況は現在も変わっていないように感じます。

「おわりに」に書いていらっしゃるように、この本の出版から東京オリンピックの2020年の三年間をマイルストーンとして、研究開発の成果を社会につなげていきたいとのこと。

本で紹介されている「高齢者クラウド」や「モザイク型就労」で検索すると、かなりの数の公的機関や民間のWebサイトが取り上げていますので、本当に2020年頃にはこれらのことばをあちこちで聞くようになっているかもしれませんね。

本の最終章に、高齢者クラウドが実用化されて機能している未来のシミュレーションがあります。

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