時代の変化

自分が高齢者になっても自分のことは自分でやらねばと思ってしまいます

考えてみれば、かなり以前から近所のコンビニでも日本人ではないアジア系の店員さんを見かけていましたし、近所の病院の受付にもいらっしゃいます。

以前ブログで団地の公園に子供の姿を見かけなくなったことを書きましたが、こんなに若い人が減って行くと、インフラの維持など生活に支障が出てくるんじゃないかと心配になっていたのですが、その分このような外国の方や、今まで定年でリタイヤしていたようなシニアの方が仕事を担うようになるのでしょう。

そんなことを思いながらテレビを見ていたら、今流行のキーワードとして「ラン活」なんていう言葉が紹介されていました。

小学校に上がる子供にランドセルを購入する活動のようです。

親やおじいちゃん、おばあちゃんが少しでもいいランドセルを買ってあげたいために、競争が激化しているのだとか。

私が小さい頃は、子供の数がとても多くて、大人はいちいち一人に構っていられなかったと思います。

親に聞いた話ですが、彼らの世代が新米の教師だった時代は、児童の数が多すぎて、午前と午後の二部授業をやっていた学校があったそうです。今では考えられない話ですよね。

中学校は中学校で、学校の周りの柵に「○○君、地区大会準優勝おめでとう!」というような横断幕が張り巡らされています。

私の地元で時代の変化を感じるできごとがありました

以前、近所のスーパーに行ったら、中国語を話す若い女性二人組みが買い物をしているのを見かけて、このような田舎にも外国の人が住むようになったことに感慨深いものがあると書きました。

それを思い出したのは、今日同じスーパーの前で、二人の外国の若者が自転車に乗っているのを見かけたからです。言葉や容姿からインドの方のようでした。

さらに、そこからほんの少し離れたディスカウントストアのミスターマックスで、白人のお母さんと子供が買い物をする姿を見かけました。

私の住んでいる田舎にも、今や思った以上に外国の方が住んでいるのかもしれません。

このような地元の変化は新聞を読んでいても感じます。

いつの間にか「みんな輝く星の原」と題して、私の家からそう遠くない場所にある「星の原団地」についての連載が始まっていました。

連載の内容は、時代の変化に対応する団地の方々の活動のようで、私が見た回は、60~70代が中心の町内会役員に40代の若手が加わったことなどが書かれていました。

ここは少し歩けば東は国道、南は地下鉄とかなりいい立地で、交通手段がバスしかない時代は、「星の原団地行き」だけが私の家の近くのバス停を通らずに途中で曲がるので、人がたくさん住んでいるんだなと思ったものです。

鉄道を中心として人の流れが変わることに改めて驚きました

今日天神に用事があって、夕方の5時近くに地下鉄七隈線に乗りました。

Tabletでアプリのテストなどに集中していて、福大前駅で「学生さんがいっぱい乗ってきたな」くらいは感じていたのですが、天神直前で社内がとても混んでいるのに気がつきました。

終点の天神南駅で降りて改札に向かうとき、エレベーターも階段も人で溢れています。

ほとんどが大学生や専門学校生のように見えます。

学校が終わる時間になると、毎日こんなに混んでいるのかと驚きました。

彼らは、西鉄大牟田線や地下鉄空港線を経由して帰路に着くのだろうと思います。

普通に考えると、自宅のある郊外から学校のある都心に通学するわけで、私の住んでいるところが郊外の外れなので不思議な感覚だったんですね。

東京の大学は教養課程のキャンパスが郊外にあったりして、最初の二年間は都心から電車で郊外に通うようなイメージがあるのですが、そんな感じです。

もともと七隈線は大きな大学を経由するように走っているので、当たり前ではあるのですが。

いつも思うのですが、私がよく利用する地下鉄野芥駅は帰社時間になると降りる人が多いです。

この駅は国道が交差しているので、バスに乗り換える人が多いのでしょう。

今後四半世紀で団地の生活はさらに変化するように思います

団地ができた頃に比べると、多くの家が建て替えられましたが、当時のままの家屋もまだかなり残っています。

私の実家も建て増しはしているものの当時のままです。

室内に置いてあるモノはずいぶん変わりしました。

汲み取り式だったトイレが今やいくつもセンサーが付いたシャワートイレに代わり、白黒テレビが薄型テレビとブルーレイ・レコーダーに代わり、夏は窓を開けて蚊帳を吊っていたのが年中利用するエアコンに代わりました。

しかし変わったのは電化製品ばかりじゃないでしょうか。

白物家電が先に変わって行き、いつからかIT製品がんどん入ってきました。

家具や食器のようなものはあまり変わっていません。

人の生活もそんなに変わっていないように感じます。

ただよく考えてみると、そう感じるのは、団地ができてから半世紀も経っているのにこの程度?という感覚だからじゃないかと思うのです。

半世紀を、団地ができてからの最初の四半世紀と次の四半世紀に分けてみると、最初の四半世紀は確かに世の中はそんなに変わっているような感じはしなかったように思います。

二十数年使う団地の組長さんの順番表を作りながら考え込んでしまいました

私の住んでいる住宅地にも自治会があります。

先日年に一度組長さんが変わる時期に開催される組長会議があったので、集会所に各世帯の人たちを呼んでその報告会がありました。

団地は十数世帯が一つの組に分かれていて、かなり多くの組があるので、日をずらして二組ずつ集会所に集まっているようです。

このような集まりには、数年前から私が親の代わりに行くようにしています。

私が子供の頃、みんな若いお父さん、お母さんだったご近所さんたちですが、私がおじさんになった分みなさん同じように年を取られています。

報告内容も、所属している校区の中でこの団地は高齢者率が高いだの、抜け道になっている団地内の道路をクルマがスピードを出せないように工事をするだの、昔引いたテレビの共同アンテナの老朽化をどうするかだの、建ってから4、50年が経過した団地によくあることばかりです。

団地自体かなり年数が経っていますから、引っ越された方などのお宅が空き家になっていたり、アパートに立て替えられていたりと、引っ越してきたときと比べて相当様変わりしてしまいました。

高齢になって対応できるように現役のうちに新しいものに触れられたらいいのですが

昨日書いたような父の状況を見て、ちょっと考えてしまいました。

父が退職する前後の頃に使っていたワープロがたまたまワープロ専用機で、その父が高齢者になったときにそれが壊れてしまったら、もう手に入らない家電なんですよね。

これからワープロを使い続けて行こうと思ったら、ワープロ専用機で違う機種の中古を探すか、新しくパソコンを覚えるかくらいしかありません。

どちらにしろ、この年でそうなってしまったら新しい機材への対応は難しいと思います。

自分の場合も今はパソコンが扱えていますが、高齢者になって同じような状況になったとき、私は対応できるのでしょうか。

ASK アクティブシニア交流会会員の方の平均年齢は70代とお聞きしているのですが、西村会長を始め役員の方はITにとても興味をお持ちで、勉強会なども定期的に開いていらっしゃいます。

ということは、まったく新しい入力/表現装置が誕生してパソコンに取って代わっても、私がまだ70代ならば対応できるのかもしれません。

一方で、父がASK会員の方と同じ70代のときパソコンに興味を持って覚えようとしていたかというと、その気はなかったから今に至るわけです。

四半世紀以上前のワープロが今でも使えていたことに驚きました

父が使っていたSHARPのワープロ「書院」の液晶がほとんど見えなくなった、ということで修理できるか調べてみました。

確か10年くらい前にも、同じ症状で液晶を取り替えてもらった記憶があります。

すでにメーカーでの修理は受け付けていませんでしたので、ワープロ修理専門店にお願いしました。

当時でさえ「書院」というワープロはずいぶん昔の製品というイメージだったので、修理ができることに驚いたものです。

今回複数のワープロ修理専門店に確認しましたが、やはり液晶が入手不可ということで修理はできないとのことでした。

中古ワープロ販売店には、この機種より少し新しい年代のものならば在庫があるとのこと。

父が操作に慣れることができるかということも考慮する必要があるので、どうするかしばらく検討したいところです。

SHARPのホームページ「書院シリーズ、アイプリメーラ 補修用性能部品の保有期限」によると、この機種の発売年月は1992年と書いてあります。

Windows 95どころかWindows 3.1の時代です。

子供の頃に夢見た未来が今やってきているように感じます

私が小学生のときに大阪万博が開催されました。

当時のテレビには、万博のパビリオンが多かったと思いますが、21世紀の都市や生活と称した映像がよく流れていたように記憶しています。

宇宙基地のような家に住んで、ボタンを押したら食事が出てきたり、ロボットが身の回りの世話をしてくれたり。

今見たらチープな作りだろうと思いますが、当時はあと30年もするとこんな生活になるんだと、夢を膨らませていたものです。

実際に21世紀になってみると家は木造のまま、食事も自分で作りますし、食べているものも当時とほぼ同じ。家にはロボットもいません。

とはいうものの、当時予想されたものが実現していたり、それより進んだものもかなりあると思います。

世界中の人と繋がるスマートフォンや自動翻訳機、リニア新幹線などはそれにあたるんじゃないでしょうか。

一方で、当時夢見ていた世界のようにならなくてよかった、という想いもあります。

あんな世界が実現するためには、私が成人するまでに多くの技術が実用化されている必要があります。

つまり、どのような仕組みになっているのか分からないまま、未来の機器に囲まれてしまって、ただそれらを使わされているだけという状態。

量子コンピュータの基本的な仕組みが少し分かりました

先日、急に量子コンピュータのことが気になって、竹内繁樹著「量子コンピュータ 超並列計算のからくり」(ブルーバックス)を注文したことを書きました。

少しずつですが読んでいて、第4章「「量子」を使った計算機」という、量子計算の基本的な仕組みの説明まで読み終えたところです。

本自体は数式が苦手な人にも分かりやすく書いてあるので、今のところ何とか(半分くらい)ついて行っています。

光や電気は基本的な単位である「光子」や「電子」から成り立っていて、そのような基本単位を「量子」と呼ぶそうです。

面白いのは、光子を半透鏡という道具で2つの経路に分けた場合、各経路では「半分の光子」が検出されることはないらしい。

ではどうなるかというと、「ある振幅を持った2つの確率波として表される状態にある」としか言いようがない、と。

これを「重ね合わせ状態」と呼び、この状態を利用して莫大な並列計算を一挙に行う、というものらしいです。

これこそが現在のコンピューターの1ビット、つまり0と1という2つの状態だけではない、量子ビットの特徴です。

いつの間にか変わっていても気づかないのは興味のない分野なんですね

今では信じられないかもしれませんが、私の実家の住宅地に引っ越してきた当初は、トイレは汲み取り式でした。

定期的にバキュームカーが回ってきていました。

いつ水洗に変わったのか記憶にありません。

それほど昔のことなんだと思います。

そういえば、テレビのアンテナも各家庭の屋根に設置されていました。

屋根に設置されていない家に遊びに行ったとき、その家の方はチャンネルを替えるごとに、手でテレビの上に置かれている小さなアンテナの方向を変えながら見ていました。

当時、そういう光景は普通だったと思います。

それがいつの間にか、住宅地共用のアンテナケーブルが各家庭に引かれたのですが、いつ引かれたかも記憶にありません。

まだ子供だったということもあるのでしょうが、漫画やテレビ番組の内容や、ステレオのカセットテープなど、自分が興味のあるものは小さな変化でも見逃さないのに、生活が変わるような大きなインフラの変化は見逃してしまうんですね。

当然、親たちの世代はこのような変化に喜んでいたと思います。

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