潜在意識

個人としての宗教性を深めることの必要性は感じていました

今日、河合隼雄著「ユング心理学と仏教」(岩波現代文庫)の最後の章、「現代人と宗教」を読んでいました。

河合さんは「宗教の大切なひとつの役割」として次のように書かれています。

「それは人間に安心を与えてくれる。今生きている生が有限のものではなく、何らかの意味で永続性をもつ。言いかえると、生きている間だけではなく死後のことも保証されるわけである。」

もちろんそのことを否定する人がいることを承知の上で、民俗学者の柳田国男さんやユングがアメリカ先住民のプエブロ族を訪ねたときのエピソードを紹介されています。

私はプロテスタント系の学校に通っていたのですが、牧師さんの息子の同級生が「やっと(キリスト教の)○○のことを信じられるようになった」と話すのを聞いたとき、信仰がある人は強いだろうなと思ったものです。

河合さんは最後の方で次のように結論付けられています。

心理療法の事例から自分の物語を生み出す面白さにはまっているのかもしれません

以前より、河合隼雄さんの「〈心理療法〉コレクション」(岩波現代文庫)というシリーズを少しずつ読み進めています。

最初シリーズの一冊、「カウンセリングの実際」を読んでみたら、あまりの面白さに全六冊を揃えてしまいました。

何故面白いのかというと自分がカウンセリングを受けているような気分になるから、みたいなことをブログに書いた記憶があります。

今日シリーズの一冊、「心理療法序説」を読んていたら、その理由について書かれている箇所を見つけました。

「第11章 心理療法家の訓練」の「3 事例研究の意義」に、例えば「不登校という現象を研究しようとする場合」、調査によって一般的傾向が分かっても、「ある特定の生徒に向き合ったとき」あまり役に立たないとあります。

長いですが、以下抜粋です。

潜在意識は分からないと思っていたのですが夢を見るのならば話は違ってきます

昨日と今日、立て続けに夢を見ました。

一つは今まで想像すらしたことのない職種の会社に入社して、代表者にあいさつをしている夢、もう一つは昔あまり気の合わなかった職場の同僚と、ある場所に行くために行動を共にしている夢。どちらも焦っているところで目を覚ましました。

普段は夢を見ないので、ちょっと驚いてしまいました。

なので、以前河合隼雄さんの「明恵 夢を生きる」(講談社+α文庫)を読んでいたときも、こんなに夢を見る人がいるんだ、と違う世界のことのように感じた記憶があります。

最近河合さんの「<心理療法>コレクション」を読んでいることをブログに書いたり、たまたま昨日河合さんの「イメージの心理学」(青土社)の「夢分析」の章を読んだりしたせいなのかもしれません。

実際は毎晩夢を見ているのでしょうが、記憶しようという意識が働いたのでしょう。

私がいくら心理療法の本が面白いと思っても、正式に教育を受けたわけではないので、カウンセリングをすることはできません。

目の前のクライアントさんの発言や行動に対して、何を考えてどう対処すればいいか皆目見当もつかないでしょう。

祭りなどで普遍的無意識が反応するならば同じように反応するものを探してみます

今日は天神に打ち合わせに行ったので、ジュンク堂書店に寄って、最近ハマっているユングと河合隼雄さんの心理療法に関連する本を物色していました。

昨日「心理療法論」(みすず書房)を読んでいて、ユングが夢の解釈に必要な知識として、未開人の心理学・神話学・考古学・比較宗教史を知ることが必要と書いているのを見て、自分が象徴マニアだったことが分かったと書きました。

どうりで私は、若桑みどりさんのイコノロジー論や、小松和彦さんの憑き物や妖怪の研究などに惹かれるわけです。

さらに、象徴やイメージといったもので遊べるものは何でも好きなのかなと考えていたら、学生の頃から触っているパソコンなんていくらでも遊べるし、象徴やイメージを受け止める懐は底なしかもしれない、と思い至りました。

そんなことを考えながら、冒頭で書いたように本を物色していたら、河合隼雄さんの「イメージの心理学」(青土社)という本を発見。おぉ、考えていたことそのままのタイトルじゃないですか。

しかし、心理療法に関する読みかけの本が何冊かあるので、今日は帰りました。

本屋さんを出て、先程の本が気になったのでインターネットで書評を調べてみると、次のような内容に目が留まりました。

ユングの心理療法に惹かれる理由として象徴マニアというのがありそうです

ユングの「心理療法論」(みすず書房)を少しずつ読み進めています。

以前、河合隼雄さんの「カウンセリングの実際」(岩波現代文庫)があまりにも面白くて、このシリーズである「〈心理療法〉コレクション」を揃えてしまったことを書きました。

こちらも今読み進めているのですが、私はユングの著作を読んだことがないので、ちゃんと本人が心理療法について書いた本を読んでみたいと思ったんですね。

河合さんの本を読んでいたので、ユングの心理療法について、ごく基本的なところは分かっていました。

フロイトやアドラーの理論の有効性を認めているところや、普遍的な治療法はなく患者個別に対応するスタンスなどが、ユングの口から語られます。

ユングが何故夢を重視するかも泥臭く説明しています。

「私のところに来る患者は、初めて治療を受ける人はほとんどいないというほどに片寄っている。ほとんどの事例がすでに何らかの心理療法的治療を受けており、しかも部分的成功ないし失敗を経験している。」

・・・と述べた上で・・・

得意かもと思っていることを「やらないことリスト」に入れても上手く行きません

よく目標を達成したいときや仕事が上手く行かないときなどに、「やらないことリスト」を作るといいという話を聞きます。

多くの人は、ToDoリストというか、やることばかりリストアップして、どれも中途半端になっているということのようです。

私もその通りだなと思って、ずいぶん前に、時間を取られるいくつかの娯楽をやめました。

しかしふと気が付くと、あれもやらなきゃこれもやらなきゃと、やることリストがいっぱいになってしまいます。

自営の仕事をしていると将来が不安になるので、保険をかけるような感じでいろいろなことに手を出す、ということなのかもしれません。

以前上手く行ったことや喜ばれたことなどは、それなりに得意なことだと感じているので、つい関連情報を調査したり訓練したりしてしまいます。

そういうのが積もり積もって、大事なことをやる時間を圧迫しているのは、頭では分かっているのです。

二十代、三十代ならばいろいろなことにトライしてもいいと思いますが、もう同級生に定年退職者が出ているような年齢の人間がこれじゃ情けなくなります。

人生の残り時間を計算して焦るという方法でもだめでした。

福岡は台風が近くをよく通るので慣れっこになってしまっていました

今、台風17号が壱岐・対馬付近を通過しているようです。

福岡市に最も接近しているということですね。すごい風です。

私の家は古い木造なので、雨戸がギシギシ音を立てています。

今朝、中心気圧は975hPaと出ていて、昨日から少し弱くなっていたので、接近する頃にはまた弱くなるだろうと予想していたら、今も変わらず。自然はこちらの希望通りになってはくれません。

・・・と書きながら、今Yahoo!の台風情報を更新したら980hPaに変わっていました。

やっぱり自然は分からないものですね。

福岡市は台風の直撃はあまりありませんが、それでも近くを通過することは多いので、台風のニュースが流れてもそんなに不安になりません。

今日も昼に夕食の買い出しに行ったのですが、スーパーはそれほど混雑してなくて穏やかなものでした。

なので甘く見ていたんですね。これだけ強い風が吹くと怖いです。

東京に住んでいたときは、よく地震で揺れるので最初は怖かったです。

仕事を始めたとき、震度3くらいの地震が起きても、同僚は何食わぬ顔で仕事を続けていたので驚いた記憶があります。

それでも東日本大震災のあと、元同僚と話したとき、一番ビックリしたといっていました。

大人になると抑圧とか禁止令のような鎧をずいぶん身にまとっているなと感じます

日頃から無意識に行き過ぎた行為をして、精神的に疲れてしまうことがあります。

私が子供の頃は巨人の星やアタックNo.1のようなスポ根アニメ全盛で、勉強をやるにしてもスポーツをやるにしても、「根性」という言葉をかなり意識していたように思います。

何度かブログに書いたのですが、三十代で精神的に参っていたとき、自分なりに何故こうなったのか考えていて、「頑張らなきゃ」というフレーズをしょっちゅう使っていたことに気付きました。

そのフレーズが刷り込まれていたんですね。

なので、ある時期から「頑張らない」という口癖を意識するようになって、ずいぶん精神的に楽になったように思います。

その口癖以外にも、自分なりにアンガーマネジメントに有効だなと思ったのは、タモリさんの「他人に期待しない」とか、ポーランドのことわざらしい「Not my monkey, not my circus」なんてのもあります。

それに最近、これもちょっと効くんじゃないかと思った口癖があります。

それは何かに焦ったり不安になったり、とにかく負の感情が湧いたときに、自分の幼いときの呼び名「◯◯ちゃん」と呼びかけてやると、フッと冷静さを取り戻すような気がするのです。

イレギュラーなことが起きないと人間日頃と違うことをしないものだと思いました

今日はニトリで買いたいものがあったので、ちょっと遠いのですが、夕食の買い出しも兼ねて自転車で出かけました。

帰路についた途端、「プシュー」っと分かりやすい音が。まるで漫画でパンクしたときの擬音のようです。

こんなときに限って・・・と思いながら、帰り道にある自転車屋さんに押しながら向かいました。

一キロほど歩いて自転車屋さんが見えてきたと思ったら、シャッターが閉まっています。

今六時ちょっと過ぎ。確かこのお店の営業時間は夕方六時までだったような。

遠出をしたときに限って、しかも自転車屋さんが閉まる直前にパンクするなんて、マーフィーの法則ですよね。

やっと家に着いたときには疲れ果てていたので、夕食は近所のコンビニに買いに行きました。

コンビニで夕食を買ったのは、東京のゲーム開発会社でマスター直前に会社に泊まり込んでいたときか、台風の最中に他のお店に行けなかったときくらいです。

惣菜の棚を物色していたら、買い物かごを持った大学生くらいの男性や若い女性がやってきました。

結構コンビニで夕食を済ませている人は多いのかもしれません。チャーハンや餃子など、美味しそうなものばかり並んでいます。

いつか心の拠り所を探している人に参考になるものを提供できればと考えています

普通に生活していても、精神的にどんよりしてしまうできごとに遭遇してしまいます。

今日もプライベートでそのようなことがあって、仕事に集中できなくて困ってしまいました。

こういうときに、これをやれば心が晴れるというものがあればいいのですが、そんな都合のいいものはありません。

私だけかもしれませんが、これが私が五十数年生きてきて分かったことです。

しかし、必要以上に心が落ち込むのを防ぐことができそうなものは、いくつか見つかりました。

それは今までブログに書いてきたように、唯識仏教であったり、易経であったり、陰陽五行であったりします。

いずれも千年以上の歴史を持つためか、数年学んだだけではまだ全貌さえつかめない感じです。

先日ブログで、根本幸夫・根井養智共著「陰陽五行説―その発生と展開」(薬業時報社)のことを書いたとき、「陰陽五行説は、陰陽説と五行説が結合したものであるが、中医学も含めて、すべての漢方医学の基礎である。」という文章をご紹介しました。

陰陽五行といえばスピリチュアルと捉えられている方も多いと思いますが、多くの人が利用する漢方薬を含む東洋医学の理論的支柱でもあるわけで、今まで通り精神的な拠り所として学んで行く想いを強くしました。