潜在意識

死ぬときに後悔することと若い頃に戻りたい人

自分が年を取ったせいなのだと思いますが、芸能人の方が亡くなるニュースが目に付くようになりました。

私の知っている方のご親族などに、最近亡くなられる方がいらっしゃったので、余計にそう感じるのですね。

このようなことが続くと、書店でつい「死ぬときに後悔する○○のこと」といった本を手に取ったりします。

書かれていることを見ると、「人間はこういうことで後悔しているのか。自分はそうならないように、ここに書かかれていることをやろう」、とそのときは思います。

しかし、このような、人が後悔する代表的なことは、やろうと思ってもできない代表的なことでもあります。

書いてあること自体は、中年の人であれば、テレビや雑誌や漫画などで一度は目にしたことがあるような気もします。

つまり、遥か昔から人間が共通して感じるもので、繰り返し伝えられてきたものなのでしょう。

それでもやっぱり、自分だけは後悔したくないので、何とか実行するためには・・・というテーマの本があるのですね。

その一方で、ちょっと考え方を変えてみて、死に際して後悔しているときに、タイムマシンが完成するなどして、もう一度若い頃に戻ることができるとしたら、人はどうするのでしょうか。

取り入れたとしても自分に合わなくなったら取り替えればいいと思います

よく、ある言葉を聞いて目からウロコが落ちたとか、人生観が変わったなどという話を聞きますね。座右の銘を見つけた瞬間だと思います。

そういうことは確かにあるのでしょう。

でも、座右の銘にも賞味期限があるのではないかと思うのです。

あるとき見つけた座右の銘が、一生その人の座右の銘であり続けることはないんじゃないか。

人間はそれほど単純ではないと思います。

ヤドカリのように、ある時期までは心の拠り所、居場所として持っているのでしょうが、どこかで自分が変化して、自分の体に合わなくなったら、殻を脱ぎ捨てて次の居場所を探すんじゃないかと思うのです。

歳を重ねるほど、次の居場所を見つけるまでの間隔は長くなって行くのだとは思いますが。

私はその過程の中で、この考えはいいのではないか、と自分なりに納得するものを、短く言葉にして口癖にすることをこの数年間やってきました。

そうやって忘れないように、潜在意識に訴えかけるのですね。

それらは今までお話したように、自分を見つめた結果、無理なく自分に取り入れられるもの、本来の自分に合ったものだと思っています。

人が聞いたら、その一つひとつは普通のこと、当たり前のことばかりです。

学生のとき友達と会話していたような内容のコメントでした

私が小学生の頃、ポルシェ911のミニカーを買ってもらったとき、いつも見慣れている日本車の形とあまりにも違っていて、衝撃を受けたものでした。

中学生になって自動車雑誌を読むようになると、評論家の方たちが、この日本車の何々は欧州車と比べて・・・というように、評価の基準は欧州車にあるようでした。

子供ながらに、セリカやギャランGTOなどをカッコイイなと思っていても、世界のクルマ好きから見ると、ポルシェやフェラーリは絶対的であり、日本のスポーツカーなど全く見向きもされないんだろうな、と思っていたものです。

そのような思い込みにとらわれたまま、この歳まで忘れていたんですね。

そんなときに、昨日書いたYouTubeなどを目にするようになったのです。

先日インターネットで見かけた、海外オークションの日産シーマやセドリックの写真に対するコメントも、大変興味深いものでした。

見た目は80年代、90年代に近所で見かけたクルマそのままで、車高を低くしてあって、どちらかといえばちょっと遊んでいる同級生が好みそうなものでした。

その写真に対する外国の方たちの反応も、当時の私と同年代の人が、カッコイイといっていた発言ととても似ているのです。

国籍が違っても人間の感性はあまり変わらないと実感したこと

日本には多くの外国の方が訪れていますが、東京オリンピックに向けて、ますます多くの方が来日されるのでしょう。

私も福岡でたまに道を聞かれたりしますが、相変わらずドギマギしてしまいます。

同じ人間だから、国籍が違っても考えていることや感じていることはそれほど変わらない、ということを、頭では理解しているつもりなのですが、外国人の友達がいたりしなければ、実感としては分からないのではないでしょうか。

しかしここ数年、意外なところから、人間の感性はあまり変わらないなと感じていることがあります。

北米では中古車を輸入するとき、「25年ルール」といって、国外で製造されたクルマは25年経過しないと輸入できない、という規制があるようですね。

YouTubeなどで、手に入れた中古の日本車を公開している欧米の人を、よく見かけるようになりました。

現行のGT-Rは世界的に人気がありますから、その3世代前のR32と呼ばれているGT-Rが特に注目されているようです。

映画のワイルド・スピードや、ゲームのグランツーリスモの影響もあるのでしょうが、私が驚いているのはそれ以外のクルマです。

潜在意識もコンピューターも理解できるのはほんの一部分なのだと思います

ゲーム会社にいた最初の頃は、プログラマーはマシン語を使っていて、私もBGMやSE(サウンドエフェクト)のデータを、マシン語を使ってコンパイルさせられていました。

優秀なプログラマーの方を何人も見てきました。

パソコンで何かの処理をする必要があるとき、自分のできる範囲はだいたい分かりますので、どこからプログラマーに任せるべきかは分かっているつもりです。

例えば、VPSサーバーを借りて、LDAPやメールなどの環境を一通り構築するときに、スクリプトを書くような程度です。

ネットワークやセキュリティなど、専門家の方からすれば素人同然だと思いますが、これまで本当に広く浅く、いろいろ経験してきたと思います。

短い期間でしたが、IBMのオフコンルームがある会社のIT部門で働いていたこともあります。

価格を聞いたんですが、目の玉が飛び出るほど高価なんですよね。

全国の支社の伝票処理などを一手に担っている重要なマシンなのですが、ほとんどの社員は知らない(というか知りたいとも思わないというか)。不思議な世界だな、と思ったものです。

パソコンの不可思議なところが好きなんだと思います

昨日お話したのは、YAMAHAから発売されていたMSXというパソコンで、作曲ができたりシンセサイザーになったりするということだったので、欲しくてたまらず、アルバイトに精を出して手に入れました。

オプションの外付けキーボードは必須。当然買いました。

使い始めるとやっぱり面白くて、大学の授業にも出ずに、毎日触ってばかりいました。

大学の卒論を書く頃になると、それなりにパソコンに慣れていたこともあり、手書きだと何度も清書を繰り返して嫌になることは分かっていたので、ローンを組んでNEC PC-9801を購入しました。

当時、ハードディスクなんてものは高価すぎて購入対象ではありません。5インチ1MByteのフロッピーディスクを2枚同時に挿入できる、M2という機種でした。

高い買い物でしたが、これらを買ったおかげで、ゲーム会社のSEや音楽を作るアルバイトを紹介してもらえましたし、その会社に就職して独立して今に至ります。

パソコンを触るのが嫌だと思ったことも、特にありませんので、向いていたのだと思います。

先日記事に書きましたように、パソコンを何台か自作しましたし、Linuxを構築したり、昔はMacも買いましたので、好きなんだとは思います。

知ることで怖さを感じなくなりたいのはパソコンも同じです

初めてパソコンに触ったときは、驚きの連続だったように記憶しています。

あるプログラムをロードすれば、音符を書いて作曲することができ、パソコンから音が出る・・・YMOのようにコンピューターで音楽ができるなんて、夢のようでした。

別のプログラムをロードすれば、文章を書くことができて、それを消したりコピーしたり、簡単に編集ができる・・・卒論を手書きで書きたくなかったのです。清書するのが面倒くさそうで。

また別のプログラムではゲームができる。

すごい。これさえあれば何でもできるんじゃないか。

しかし、何か変な操作をしてしまうと、動かなくなって、うんともすんともいわなくなる。

そうなったらお手上げです。動かなくなったときのことを考えたら恐ろしい。

人間のことが分からないのと同じです。人間の潜在意識を知りたくなるように、パソコンのことも知りたくなるんですね。

私の世代は、パソコンは就職して仕方なく使うようになった人がほとんどではないかと思います。

ですので、パソコンが使える人に使い方を教えてもらって、何とか教えられた通りに使う。

変な操作をして、動かなくなったりおかしくなったりしたら、パソコンが使える人を呼んで元に戻してもらう。

パソコンに興味があるのは潜在意識に興味があるのと似ています

学生のときのアルバイトからずっと、パソコンに関連した仕事を続けています。

先日、ブログで潜在意識について書いているときに、ふと気付きました。

潜在意識に興味があるのと、パソコンの仕事を続けているのは、どこかに共通のものがあるからではないか。

私は子供の頃から不安神経症の傾向があります。

想像力が豊かな方なので、それも不安神経症に影響しているのだと思います。あることないことに思いをめぐらす。妄想癖ですよね。

アーティストのように、優れた芸術作品を作る才能に結び付いていないのが悲しいところです。

パソコンを続けているのは、この潜在意識と想像力の、二つの影響かなと思っています。

そもそも、なぜ潜在意識に興味があるのかというと、以前お話したように、物心付いたときから、自分のことや他人のことが分からない、という感覚を持っていたんですね。

よく分からないというのは怖いことで、子供が暗いところが怖いのは、生きてきた経験が乏しいので、お化けがいるかもしれないとか、必要以上に恐ろしい。

だた、電気がついていないので見えないだけなんですが。

怖い対象が人間なので、人間自身のことを知りたくなるわけです。