ライプニッツというキーワードに興味のあるテーマがすべて含まれていました

先日、二進法を確立したライプニッツが、易経の先天図の中に二進法の計算術があるのを見出したという話に興味を持って、「知の教科書 ライプニッツ」という本を買ったことを書きました。

その本に、微小表象という、のちの時代に無意識と呼ばれることになる概念も考察していたことが書いてあり驚いた、とも書きました。

がぜんライプニッツに興味がわいてきたので、清水富雄、他訳「モナドロジー・形而上学叙説」(中公クラシックス)という本を注文してしまいました。

到着するまで数日かかるので、インターネットで論文などがないか少し調べてみたところ、私の興味のあるテーマで五つほど見つかりました。

(1)『華厳経』と『モナドロジー』 ― 村上俊江におけるライプニッツ受容 ― 酒井潔

(2)ライプニッツと仏教と西田 ― 窓のあるモナドロジー ― 大西光弘

(3)書評 「共時性:非因果的連関の原理」 C.G.ユング 大垣俊一

 ユングの共時性に通ずる概念としてライプニッツの予定調和を挙げています。

(4)ライプニッツからの感性論=美学 ― 微小表象論の射程 ― 小田部胤久(東京大学)

(5)コウルリッジの芸術論の形成 ― 極理論と無意識概念の系譜 ― 高山信雄

お金を使わずに豊かに暮らすのは、若いときこそ満喫できるのかもしれません

東京でも生活に必要なものは、地方とそう変わらず安く手に入ると思います。

ただ家賃がとても高いことと、そのぶん仕事がたくさんあることが、お金を使わない生活を考えることから遠ざけているような気がします。

そうであればお金を使わない生活というのは、家賃も安く、近くにディスカウントストアもあり、仕事もそれなりにあるような地方であれば実現しやすいのでしょう。

よく、田舎暮らしを勧める雑誌やテレビ番組がありますよね。

自給できるものは自給して、お金をあまり使わないで生活するような。

スローライフというのでしょうか。

それを見ている間は憧れるのですが、実際に生活するとなると、夜は真っ暗だし虫はたくさんいるしで大変だと思います。

さらに高齢になると病院のお世話になることになります。

若くても事故に遭えば同じです。

私が自転車ですっころんで救急車で運ばれたのが、クルマで2、3分の距離の福西会病院でした。

かなり重症だと分かって、大事を取って福大病院に転送されたのですが、それでもクルマでの数分の距離です。

そのときは、近くに大きな病院があってよかったと心から思いました。

デフレでものが安く買えたとき、お金を使わずに豊かに暮らす人生を考えてしまいます

服はあまり買わないのですが、久しぶりにジーパンを買いに木の葉モール橋本のユニクロに行ってきました。

期間限定で2,990円になっていたので2本買ってしまいました。

私が学生の頃は6,000円だか8,000円だか、とても高かった記憶があります。

次の日ベルトも買おうと思って近くのミスターマックスに行くと、698円の均一価格でたくさんぶら下がっています。

当然本革ではありませんが、消費者がこれでいいと判断しているということなのでしょう。

昔はだいいちベルトも本革の高価な製品しか売っていなかったように思います。あったとしても布製ですね。

スーパーの特売日に行くと、卵にしろチーズにしろビックリするほど安くなっていたりします。

私は右肩上がりの経済成長の中で成人した世代なので、物価についてこのように比較してしまいますが、バブル崩壊後に生まれてデフレが普通だった世代は、物心ついたときからお金を使わない生活が普通だった人も多いのかもしれません。

十数年前に東京で生活していたときもデフレは進行していたのですが、なにぶん東京は家賃が高いです。

お金を使わない生活というのは、その部分がネックになっていると思います。今の家賃の相場はどうなのでしょう。

スポーツに関しては生まれた地域も影響が大きいかもしれません

昨日は自分が冷え性だという話などをしました。

数年前からホカロンを腰に貼り始めて、今では手放せなくなったのですが、最近では足の指がしもやけになりにくいのを発見して、股引の上から両足のふくらはぎにも貼っています。

以前ブログにも書きましたが、子供の頃はアレルギー性鼻炎がひどくて、冬は一日中鼻水を垂らしていました。

今考えてみると、冬はいろいろなことにパフォーマンスが落ちていたかもしれません。

だから冬にある試験はダメだったんですね。夏の試験もダメでしたが。

自分が冬に弱いので、いつもこの時期に感じることなんですが、豪雪地帯に住む方は本当に大変だと思います。

雪下ろしなどとんでもなく重労働だと思いますし、野球やサッカーなどのグランドを使う競技の方も、練習ができなくて困ることが多いと思います。

その一方でウィンタースポーツ、例えばテレビでスキージャンプの選手の活躍を見ていると、雪の降る地方に生まれてよかっただろうなと感じます。

それを考えると、水泳のようなマリンスポーツの選手は、泳げる期間が長い南の地方で生まれた方が有利なような気がします。

私は冷え性なので生まれた日の気候に影響を受けているようです

先日より、寒い日が続いたことを皮切りに四季のお話をしてきました。

寒い日のことを話題にしたのは、私は寒い日が苦手なところもあるからです。

そんな日が続くと末端冷え性なので足の指がしもやけになります。

ここ数年、食器を洗うときなどはゴム手袋をしているのですが、それでも手にあかぎれができてしまいます。

それどころか、最近は足にもあかぎれができるようになりました。手と違って一日中靴下を履いているのに。

昔はそんなことはなかったので、こういうところにも老化の影響が出ているのかもしれません。

生まれたときの気候は、その人の肌の特徴に影響するというような話を聞いたことがあります。

中国の五行でも、生まれた月はその人の性格に影響を与えることになっているようですから、昔から人は実感していることなのかもしれません。

私が生まれた日は真夏で、とても暑かったようです。

昔なので、部屋に冷房のない病院だったらしく、母は暑いのですぐに退院して家に戻ったそうです。

生まれたとき、この世界は暑いところだと体が覚えてしまったために、真冬の寒さに対応しきれないのかもしれません。

ポトマック川の桜のように紅葉狩りの名所も海外にできるかもしれません

昨日は温暖化の影響で、桜の咲く時期が早くなって入学式には散ってしまっていること、秋は鮮やかな紅葉があまり見られなくなったことなどを書きました。

今は10月でも暖かいですし、紅葉が色付く頃にはもうそこまで冬がやってきているような気がしますので、赤く染まる期間が短いのかもしれません。

私が子供の頃それぞれの季節に感じていた感覚と、今の子供たちが感じる感覚はずいぶん違っていると思います。

それで思い出したのですが、最近は小中学校の教室にもエアコンの設置が進んでいるようですね。

これだけ夏が暑いと、しかたのないことだと思います。

観光で来る外国の方などは、日本の夏の暑さに驚かれるようです。

猛暑日や熱帯夜のような日が続くと観光どころではないでしょう。日本を楽しんでもらいたいのに残念です。

秋の紅葉も同様に残念です。

外国の方は赤く染まる紅葉が珍しいようですから。

昔は童謡の「秋の夕日に照る山もみじ」という歌詞のように、山が紅葉で赤や黄色に染まっているイメージがあります。

外国には日本の紅葉の愛好家もいらっしゃるようで、自分の家の庭に植えられているとか。

四季のイメージも昔とずいぶん変わったようです

この三日間寒かったですね。

昨日は風も強くて自転車に乗るのが苦痛でした。

とはいっても福岡は雪が少しちらついた程度なので、このようなことをいっては雪の被害に遭われた地域の方に申し訳ないです。

ただ気温に限っていえば、昔に比べて平均的に高いと思います。

去年の夏は例年に比べて異常に暑かったですし、やはり平均気温が少しずつ上がっているのでしょう。

子供の頃の記憶では、真夏でも30度を少し越える程度だったと思います。

一方で、冬は福岡でもたびたび雪が積もっていましたし、水溜りには氷が張っていました。

保育園のときあたり一面雪景色になったことがあって、あまりに雪がきれいなので、カルピスをかけて食べたことを今でも憶えています。

近頃の福岡の子供たちは、冬といえばあたり一面の雪のイメージはないのではないでしょうか。

今では積もったとしても2、3日したら溶けてグチャグチャになるような気がします。

夏は夏で、ゲリラ豪雨なんてここ十年ちょっとですよね。

子供の頃は入道雲をよく見ていた記憶がありますし、夕立も穏やかだったように思います。

そんなことを考えていたら、四季のイメージもずいぶん変わったことに気付きました。

コンピューターには技術さえ身に付けば参加資格が手に入るイメージがあります

昨日、私は自分がパソコンを好きな理由をなかなか上手く説明できない、ということを書きました。

毎晩、寝る前にiPadでWEBブラウジングをしたり、Evernoteに気付いたことをメモしたりしているのですが、Windowsタブレットで同じことをするのに比べて快適だと思います。

しかし、パソコンがない環境に持って行くとしたらWindowsタブレットの方を選びます。

それはファイルを開いたり、ちょっとしたスクリプトを書いたりしなければならなくなったとき、パソコンのように使えるという安心感があるからです。

もちろんiPadでも大抵のことはできると思いますし、私に知識が不足しているだけなのでしょうが、やっぱり作業するためのツールがいろいろ揃っていることは、保険が利いている安心感があります。

私が始めてパソコンを買ったときのことを思い出してみると、最初は音楽で使うためにMSXパソコンを買い、次に大学の卒論で使うためにNEC PC-9801を買いました。

パソコンの知識はあまりなかったにもかかわらず、自分にとってPC-9801の何でもできる感は圧倒的でした。

ライプニッツが計算方法を確立しただけにコンピューターの適応力に納得してしまいます

昨日は「知の教科書 ライプニッツ」という本の中に、ライプニッツがのちの時代に無意識と呼ばれることになる「微小表象」という概念を考察していた、という記述を見つけて驚いたことを書きました。

ライプニッツというキーワードに、私の興味のあることが複数含まれていることを発見して、さらに興味が増しました。

彼の思想について自分なりに整理するのはまだ時間が必要ですが、「万能の天才」と評価されるほど多くの分野に業績を残したことは分かりました。

そういう意味では、コンピューターの基礎となる二進法を確立した人だけに、多様な分野で活躍している現代のコンピューターのような人物だなと感じました。

以前よりこのブログで、自分がパソコンが好きな理由を、アイデア次第でいろいろなことが試せるところとか、好きな理由をくどくどと考えてしまうくらいよく分からないところなど、思い付くままに書いてきました。

コンピューターの計算方法の基礎を創った人からして、このような多彩な業績を残していることを知って、自分がパソコンが好きな理由をなかなか説明できないことも、妙に納得できてしまいます。

若い人を中心に、スマートフォンがあればパソコンは要らないという主張をよく聞きます。

易経、潜在意識、コンピューターとライプニッツが結び付きました

先日、ライプニッツが中国に興味を持っていて、易経の先天図の中に自ら編み出した二進法の計算術があるのを見出した、という話に驚いたことを書きました。

実はあのあとで、フランクリン・パーキンズ著「知の教科書 ライプニッツ」(講談社選書メチエ)という本を注文してしまいました。

私は易経にもコンピューターにも興味を持っているのですが、二つの間には特に共通性を感じていませんでした。

ですので、なぜ興味を持つのかについては別個に理由を考えていました。

しかし、ライプニッツはコンピューターの計算方法である二進法を作った人なので、その人の考えていることを知れば、何らかの共通性を見出せるのではないかと期待したんですね。

まだ読み始めて数十ページ。今読んでいる章は、神の存在証明の議論が続きます。

哲学書「弁神論」を中心とした解説で、かなり難しいので理解するには時間がかかりそうです。

今日書きたかったのはそれとは別のことで、「第四章 理性的精神」にある節「1 微小表象と意識のレベル」の「微小表象」。

のちの時代に無意識と呼ばれることになる概念らしいです。

これにも驚きました。

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