定年退職という言葉は時代に合っていないように思います

先日、今年定年を迎えた知人に会ったのですが、就職活動をしているという話をしていました。

その方は見た目も若くてとても60歳には見えません。

洋楽や映画などのカルチャーが好きで、考え方も若いんですね。

私には定年はないのですが、会社員であれば定年を考える歳になりました。

私の知っている経営者の方々は、60代の方も何人かいらっしゃいます。

アクティブシニア交流会の会員さんを見ていても、70代はまだまだ元気です。

今の方は若いので、60歳で定年というのは少し早いのではないかと思います。

以前も書きましたが「LIFE SHIFT」という本で指摘されているように、そのうち人生100年の時代が来るのでしょう。

定年後の人生は長いです。

私は読んでいませんが、「定年後」という本がベストセラーになっているようですね。

同じように考えている方が多いということなのだと思います。

2025年には団塊の世代も後期高齢者になります。

私の親の兄弟で一番年下の叔父さんは団塊の世代ですが、今でも元気に仕事をしています。

当時の日本は「産めよ増やせよ」という言葉があるくらい、兄弟が多いのが普通だったようですね。

小さな頃からパソコンに触れる機会があるのはいいことだと思います

中古であれば、中学生でもお年玉などのお小遣いを溜めて、Androidタブレットを買うことができそうです。

microSDカードは数ギガのものなら千円も出さずに買えるでしょう。

福岡市内であれば、街のいたるところに無料Wi-Fiスポットがありますので、中学生でも望みさえすればモバイルコンピューティング環境を持つことができるんですね。

私の時代からすればうらやましい限りです。

私が小、中学生の頃は、メカといえばラジオ短波が流行ったり、ステレオとカセットテープレコーダーが全盛期を迎えようとしていた時期でした。

しかしそれらは決まった用途に使うためのもので、自分で何かを作り出すものではありません。

一方で、Android上でAndroidアプリを作ることができる開発環境であれば、プログラミングの技術さえあれば、自由にアプリを作ることができます。

しかも、当時の短波ラジオやステレオと比べても、ずっと安く手に入れることができます。

私が大学生の頃にNEC PC-9801を買ったときは、ローンを組んでアルバイトをして払って行くくらい高価なものでした。

スポーツでもアートでも、能力さえあれば世界に向かってアクションを起こせます。

パソコンが文具店で売られるような時代になりつつあるようです

株式会社cocotamaのスタッフの方が、アプリのデモンストレーション用にAndroidタブレットが必要ということで、近くのビックカメラに買いに行きました。

手軽に持ち運べる7inchくらいのサイズで、その用途だけに使うので安いものでいいと思っていたら、1万円台でいろいろなメーカーの製品が並んでいました。

どれも十分なスペックです。

その中から、1万円を少し出るくらいの価格で、Huawei MediaPadというのを買いました。

安いものだなと感心して、事務所に戻ってGmailなどを設定するために1枚だけの説明書を見ると、最初に細長い蓋のようなものを開けてカードを入れるように、との指示があります。

そのときは必要ないと思ってスルーしたのですが、あとで考えたらmicroSDカードのスロットなんですね。

最近はこんなものまで使えるのか、と驚いてしまいました。

今はAnmdroid上でAndroidアプリを作ることができる開発環境があるようですね。

こうなると、もうりっぱなコンピュータです。

やっている仕事から考えてロールモデルが見つからないのはいいことかもしれません

昨日からなぜこんなことを書いているのかといえば、昨日も少し触れた深層心理とパソコンの話と関係があります。

深層心理の方は、大乗仏教の深層心理学といわれる唯識にはまりましたし、先日河合隼雄さんの対談のお話を書いて以来、易経の解説書をとても面白く読んでいます。

パソコンの方は、これも先日も書きましたが、AIの技術であるディープラーニングがとても面白いと思っています。

両者は深いところで繋がっているのかもしれませんが、世間的なジャンル分けからすれば180度ほども違うものです。

それを考えていたら、以前より気にかけていたロールモデルというのは見つからないのも当然かな、と思ったんですね。

私は小さなソフト開発会社を経営していますので、本来ならば経営者のロールモデルを探すのだと思いますが、メディアに載るような経営者の方で、私と同じ嗜好の方はちょっといそうにありません。

さらに考えてみれば、小さな会社は他社さんとの違いを意識しながら仕事をしているわけで、そう意識するればするほど、自分と似たお手本となる人(ロールモデル)を探すことから離れて行きそうです。

昔からロールモデルというものを探すのが苦手でした

ロールモデルとは、「あんな人になりたい」という生き方や考え方のお手本となるような人物のようです。

もちろんその有用性は分かります。

仕事にしろプライベートにしろ、毎日は選択の連続です。

生きにくくストレスが多い生活をしているとしたら、やはり今まで何気なく行っていた日々の選択を、見なおしてみるのがいいのだと思います。

しかし見なおすといっても、何を基準にどこから手を付けていいか分からないという状態ならば、ロールモデルとなる人物を設定することができれば効率はいいでしょう。

必然的にその人物は、自分と考え方や行動が似ている人(同じ匂いのする人?)ということになるんじゃないでしょうか。自分でそう感じればそれでいいと思います。

もちろん違う人間ですから、その人と自分はいろいろな点で違うと気付くでしょうが、その差異を認識できるということが自分を見つめるきっかけになるわけで、それがロールモデルを設定するメリットなんじゃないかと思います。

その人を真似ながらも、その人との差異によって、どのような結果の違いが生じるかを体験することで、自分が理想とする生き方に近づけるのではないかと思います。

未来の数学の授業は楽しくなるかもしれません

昨日は「ゼロから作るDeep Learning」という本を買ったことをお話しました。

少し読んでみると、Pythonに関しては簡単なコンバーターやCGIなどを作ったことがあるので、基本的なことは分かります。

一方で数式に関しては、私はバリバリの文系でしたのでまったく分かりません。

「恒等関数とソフトマックス関数」という章にΣのある数式が出てくるのですが、そんなものは習ったこともありませんので(習っていたならばその時間は寝ていたのでしょう)、もう目が点になります。

とはいうものの、Amazonなどの書評にも書いてあったように、Pythonのインタプリンタで各部分を実行して行くと数式の内容が分かってきます。

こういう理解のしかたもあるんですね。ちょっと感動しました。

学生の頃、数学の授業は特に苦手で、サイン、コサイン、タンジェントなど、大人になったら何に使うんだろうと思っていました。

先生からは、実生活ではこういうときに使うんだと教えてもらったのかもしれませんが、使った記憶はありません。

しかし現代は、普通の生活にAIが入り込んでくるわけで、それに興味を持った子供たちは、いつかはこのような数式を学ぶことになるんですよね。

AIに関する本を買ってしまいました

斎藤康毅著「ゼロから作るDeep Learning」(オライリー・ジャパン)を買ってしまいました。

以前ここで、アルファ碁が世界最強の棋士に勝ったとことを書きましたが、ここ数年AIの話を聞かない日はほとんどありません。

それに関連して、AIの技術者が不足しているというニュースも耳にします。

一方で、IBMのWatson(ワトソン)というのがすごいだとか、Microsoftのりんなは本物の女子高生と会話しているようだとか、そんな話題に触れるたびに、あまりにも凄すぎて、AIの研究なんてIT巨大企業の社員がやればいいだけで、自分のような小さな会社とは縁のない話のように思っていました。

ですので、今までAIに関する本はあえて買わずにきました。

とはいうものの、去年から、一般に公開されている人工知能チャットボットに登録して、使い心地などを試すことはやっていました。

それに、Pythonは機械学習のライブラリが豊富に揃っているらしい、ということも聞いていたので、へぇ~そうなんだと少しは気にはしていたのです。

そんな中、先日Amazonで面白そうな本はないかと物色していたら、AI関係らしい妙に評価の高い「ゼロから作るDeep Learning」という本を見つけたんですね。

思考の癖をどのように受け止めるかによって行動は変わってきます

もちろん人間にはいろいろなタイプがあり、子供を見ていても、社交的であったり、人見知りであったり、外で走り回るのが好きだったり、室内で静かに遊ぶのを好んだり、妙に大人びていたり、無邪気で子供っぽかったりと、いろいろです。

ただそんな中でも本人にとっては、学校生活に特に違和感を感じていない子もいれば、どうも居心地が悪い、居場所がないと感じる子もいると思います。

社会人になって同級生と昔話をしていたとき、学校が楽しくてたまらなかった、と聞いてビックリしたことがあります。

確かに彼はクラスの中心グループにいました。

少なくとも私は学校が楽しいと感じたことはありませんし、どちらかといえば嫌でした。

しかしそうはいっても、昨日お話したように、どのように行動すればいいか分からないので人を観察していた、という行為は、学校が嫌だということに罪悪感を感じたからやっていたのだと思います。

学校が嫌だと思うのはまともではない、つまりマイノリティだからであって、まともになるためには、他の生徒たちと同じような行動をしなければ、という理屈ですね。

子供の頃の思考の癖は一生変わらないんじゃないかと思います

私は存じ上げなかったのですが、お笑い芸人のロバート秋山さんが、架空のクリエイターを演じる「憑依芸」というのが話題になっているようですね。

インターネットで調べてみると、「こういう人いる!」と思ってしまうようなキャラクターを、何人も演じていらっしゃいます。

ほんとうにみんな面白いです。

この芸のことを知ったのは、たまたま西日本新聞を読んでいたら、ロバート秋山さんのインタビューが掲載されていて、憑依芸についてお話されていたからです。

秋山さんは学生の頃から、「はたから引いた目を持って」同級生や先生を観察されていたようで、「彼は今決め台詞をいったな」、みたいなことをことを想像しては、心の中でクスクス笑っていたそうです。

その経験が、今の憑依芸につながっているんですね。

子供の頃からの思考の癖というのは、その人の一生変わらない資質なんじゃないかと思います。

私も同じように人を観察してはいたのですが、動機は違っていて、なぜか自分の人間としての行動に自信がなかったので、人はこういう場合にどう行動するんだろう?とか、どのように発言するんだろう?みたいな疑問を持って見ていた記憶があります。

秋山さんと違って暗いですね・・・。

チャットアプリのような形態が連絡網には簡単で確実な方法かなと思っています

メーラーの設定の大変さはスマートフォンにもいえるような気がします。

私はAndroidはGoogle製のNexus 7タブレットを使っていますので、気がついたらGmailアプリを使っていました。

周りのAndroidスマホを使われている方は、最初から設定されていたGmailではないメーラーを使っている方もいらっしゃいます。

せっかくGoogleアカウントがあるのでGmailをと思うのですが、こういう場合もやっぱり慣れの問題で、使うのは躊躇されるのだろうと思います。

携帯大手キャリアのメールアドレスは別の問題もあります。

ネットショップを運営されたことのある方は、ガラケーやスマホのPCメール受信拒否によって、ショップからのメールが届かないという経験をされた方もいらっしゃると思います。

ASKさんは、毎月開催されるビジネス研究会と交流会の案内に、会員さんへメールマガジンを発行されます。

ですので、ほとんどの会員さんはPCメールの受信設定をされていると思うのですが、やはり数人の方は送信エラーになります。

メールというのは、シニアの方にとっても重要な伝達手段ですが、昨日からお話しているようにいくつかの問題もあります。