薬剤師さんがこの職業に就きたいと思ったのはいつだろうと想像してしまいました

今日親の薬を買いに薬局に行ってきました。

これまである症状の薬を何種類か試したのですが、あまり改善しなかったので、薬剤師さんに相談しに行ったのです。

インターネットで調べた情報と共にこれまでの経緯を説明したところ、結果的に症状にピッタリ合致する効能が書かれた漢方薬を紹介してもらいました。

その際、いくら漢方薬だから副作用が少ないといっても、○○が含まれている薬と併用すると持病の△△の薬が効きにくくなるので控えた方がいいです・・・とうような細かな説明も受けました。

当たり前ですが、薬剤師さんだけあって薬のことはとても詳しいですね。いつも助かります。

ただちょっと心配なのは、薬局が併設されているディスカウントストアに「薬剤師不在時間」が貼ってあったりすること。この業界は人手不足が深刻なのかもしれません。

以前、需要があって人から感謝されて一人でできる仕事に憧れる、ということを書きましたが、薬剤師さんもそんな職業だと思います。

このようなことを考えるときいつも不思議なのですが、例えば薬剤師さんが薬剤師になろうと決意したのはいつ頃なのでしょうか。

思春期に入る頃に洋楽をたくさん聴くことができてありがたく思っています

昨日は洋楽を聴き始めた頃の音楽を、深夜にインターネットで聴き返してみると、当時聴きながら感じていた気分が蘇ってくることを書きました。

ハードロックのような激しい曲やアメリカン・ポップスのような明るい曲よりは、シットリとした雰囲気のある曲の方がその傾向が強いです。

中学生になり思春期も始まって、精神的に不安定なことも増え始めた時期だということも関係していると思います。

深夜放送を聞き始めて、洋楽に触れる機会も飛躍的に増えました。

ビートルズのイエスタデイやサイモンとガーファンクルのスカボロー・フェア、デヴィッド・ボウイのスターマンなど、最初にラジオで聴いたときは耳が釘付けになりました。

こんなに美しくて雰囲気のある音楽があるということが衝撃だったのです。

私のような体験をした方は分かっていただけると思いますが、他にも素晴らしい音楽があるに違いないと思って洋楽を貪るように聴きました。

今、映画ボヘミアン・ラプソディがヒットしていますが、クイーンの曲はキラー・クイーンが何とかリアルタイムに近かったと思います。EPを買って繰り返し聴いていました。

レッド・ツェッペリンの天国への階段やピンク・フロイドの狂気などは、私にとっては過去の名曲、名盤なんですよね。

洋楽を聴き始めた頃のことを思い出して今でも行動が変わらないことに驚いてしまいました

ここ半年ほど用事があって夜ふかしをすることが多いです。

用事が終わってすぐ寝ればいいのですが、疲れていて心が癒やしを求めているのか、ついインターネットで面白そうなサイトを探してしまいます。

最近やってしまうのが、中学生になって洋楽に目覚めた時期によく聴いていた曲を聴くこと。

当時はレッド・ツェッペリンやジェフ・ベックのようなハードな曲を大音量でかけて、持て余し気味のエネルギーを発散させることが多かったのですが、それ以外にもフォークやアメリカン・ポップスなど幅広いジャンルを聴いていました。

深夜に当時の曲を聴いていると、そのときの思い出が蘇ってきます。

とくにシットリとした雰囲気のある曲を聴くと、そのとき感じていた気分を思い出すんですね。

琴線に響く部分が四十数年経っても全く変わらないことにちょっと衝撃を受けました。感性なんて人間は生まれつき変わらないものなのか、私だけがそうなのかは分かりません。

当時の記憶をたどっていたら、感性どころか考え方も変わっていないように思えてきました。

ですので、考え方に基づく行動も当時とあまり変わっていません。行動する範囲が学校中心かそうでないかの違いだけで。

難しい思想に対して画家や美術史家がどのような印象を持っているのかが分かりました

若桑みどりさんの「絵画を読む イコノロジー入門」(NHKブックス)にボッティチェッリ「春」の章があります。

この作品が新プラトン主義や人文主義の影響を色濃く受けていることを解説しているのですが、このような思想に対して画家や美術史家がどのような印象を抱いているか、若桑さんが説明されている箇所があります。

これが私には目からウロコで、長年美術に向かい合った人にしか語れない内容なんですね。ちょっと長いですが抜粋してみます。

自分が興味を持っていることをアートの中に見つけるといいのではないでしょうか

イコノロジーとは、作品の奥底にある歴史意識や精神文化などの総合的な意味を探るための手法、というような説明がされています。

若桑みどりさんの著「マニエリスム芸術論」の「火と水と土と空気の織りなす世界」という、錬金術に関わりの深い内容の項目を読んでいたときに、自分はイコノロジーというものに興味があるんじゃないかと気づいたのです。

もともとこの本には妙に惹かれるものがありました。

これまで美術に関する本は気が向いたときに購入して読んでいたのですが、この本ほど印象に残ったものはありません。その理由をこの機会に考えてみたんですね。

さっそくAmazonで若桑みどりさんの他の著作物を調べて、「絵画を読む イコノロジー入門」(NHKブックス)と「薔薇のイコノロジー」(青土社)という本を買いました。

特に「薔薇のイコノロジー」は日本で初めて「イコノロジー」という名前を冠した本なのだとか。

まだ少ししか読んでいませんが、私の興味にドンピシャとはまる内容です。

昨日も書きましたが、イコノロジーという言葉は、Wikipediaの「象徴」という項目に私の好きなユングの無意識と並んで解説されていたので、自分の興味の対象であることを確信したわけです。

私の場合はイコノロジーというものに興味があるんじゃないかと思いました

昨日は、アートの鑑賞などで自分なりの判断基準を養って行くことは大事だというような本が増えているけれども、やみくもに美術館に行ったり画集を買ったりしても続かないんじゃないかというお話をしました。

もし自分が美術などに興味があるとして、じゃあどの部分に興味があるんだろうと考えてみることは、美術鑑賞をより深く、楽しく続けて行くための動機づけになるように思うのです。

そのようなわけで、お正月をまたいで、美術関連で自分が持っている本や新しく購入した本を読みながらそのことを考えていました。

ダダやシュルレアリスムを含む20世紀美術に関する本は数冊持っていて、ルネサンスについては情報も多いので「何となく」分かるつもりです。

主な様式の一つであるゴシックとバロックについては、改めて聞かれると答えられないので、酒井健著「ゴシックとは何か」(ちくま学芸文庫)と高階秀爾著「バロックの光と闇」(講談社学術文庫)を購入しました。

興味がある部分というのは、もともと自分が持っているもので、美術に限らず共通の何かがあるはずですよね。

本をダラダラ読みながらそれを探していました。

アートに興味はあるのだけれど、どの部分が面白いと感じるのか考えていました

年末に、最近山口周著「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」(光文社)のようなアートに関する本をよく見かけるようになったということを書きました。

これまでのように、精神的に余裕がないせいか仕事に役立ちそうな実利的な本の知識ばかり吸収しようとせずに、自分なりの判断基準を養って行くことは大事だなと反省しました。

その方法の一つとしてアートなどを鑑賞するのはいいことだと思ったのですが、自分の興味のないことをやろうとしても長くは続かないので、どうしたものかと年が明けても考えていたのです。

先日同年代の友達に会ったので、「最近このような本が流行っているけど知ってる?」と聞くと「知らない」という答え。当たり前ですが、アートに興味がない彼のような人は書店で見かけても気に留めないのでしょう。

自分はたまに月刊誌のような安価な画集を買ったりしていたので、西洋美術について興味がないことはありません。

しかし西洋美術といってもゴシック、ルネサンス、バロック、ロココ、・・・印象派と範囲は広いですよね。

自分がどこに興味があるのか、あまり考えたことがありませんでした。

日本の自治体にはいろいろなランキングがあって地元をアピールしているなと思います

久しぶりに会った知人に、先日打ち合わせした福岡県春日市のクライアントさんの話として「地元には美味しいレストランなどの飲食店がたくさんあったりして住みよい」といっていたことを伝えたら、自分の地元の福岡県大野城市は住みよい街で日本一に選ばれたと返されました。

春日市と大野城市は隣り合っているんですね。

さきほどインターネットで調べてみたら、日経BP総研という会社が働く世代2万人を対象に行った「シティブランド・ランキング ―住みよい街2017―」という調査で、茨城県守谷市、東京都武蔵野市とともに同率一位に選ばれていました。

確かに「街の活力」、「生活インフラ」、「医療・介護」などのスコアの合計が関東の都市とともに同率一位というのはすごいなと思います。

ただ調べ始めたとき、いろいろなランキングが出てきてちょっと迷いました。

例えば、民間調査会社のブランド総合研究所という会社は「地域ブランド調査2018」という調査を行っていて、そこでは市区町村魅力度ランキングの一位は北海道函館市、二位は京都府京都市、三位は北海道札幌市・・・となっています。

これはまたぜんぜん違う分野を対象に集計したんでしょうね。

このようなランキングで選ばれれば地元のいいアピールになります。

親の世代にとってカレンダーや時計はあるだけで安心しているのかもしれません

ふと気が付いたのですが、私の部屋を除く家のすべての部屋にカレンダーが掛けられていました。

買ってきたものやよく利用する業者さんからもらったものなどを、親がすべて使っているようです。

トイレや洗面所のカレンダーもあれば見るとはいえ、なくても全然困らないですよね。

そういえば時計もほとんどの部屋にあります。

私は腕時計をしていませんが親は今でもしています。

もしかすると、親の世代はカレンダーや時計が目に見えるところになければ落ち着かない人が多いのかもしれません。

思い出してみると、私も中学生と高校生のときは腕時計をしていました。

なければ不安になっていた記憶があります。

なんとなく覚えているのですが、あるとき気が付いたら家の中にいても街を歩いていても至る所に時計があるので、腕時計はなくてもいいかと思って次第にしなくなりました。

そして携帯電話を持つようになったのが決定的でした。三十代から腕時計はしていません。

逆にいえば中学生、高校生の頃は至る所に時計はなかったのかもしれませんし、当時の時計は止まっていたり時刻が合っていなかったりするものが多かったように思います。

インターネットのある現代、若い人の流行は多様性に富んでいるのでしょうか

今日帰省している同級生と天神で飲んだのですが、天神のあまりの人混みの多さに驚いてしまいました。

こんなに混んでいるのを見たのは初めてじゃないかと思います。

デパートなどの初売り目当てなのでしょうか。なぜこんなに混んでいたのか分かりません。若い人が多かったので何か理由があるのだと思います。

子供の頃、親やおじいちゃんおばあちゃんに対して「なぜこんなに流行っていることを知らないんだろう?」と不思議に思っていたのですが、自分がそういわれる立場になってしまったのでしょう。

考えてみれば、私は今ヒットしている音楽も漫画もゲームも知りません。

テレビやインターネットを見ているときも、興味の対象が違うために、頭の中に情報が入ってこないのかもしれません。

しかし私が学生の頃までは、どの世代も情報を得るにはテレビ、ラジオ、新聞、雑誌ぐらいしかありませんでした。今はインターネットがありますよね。

例えば「はやぶさ2」が小惑星リュウグウの映像を送ってきたとき、その情報サイトに外国の人たちからのコメントが付いていたりしますよね。

ハローキティ新幹線がお披露目されたときも、その情報サイトにたくさんコメントが付いていました。

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