メーカーが多い割にあまりバイクを見かけないのは不思議なことかもしれません

Microsoftが運営するポータルサイトMSN Japanを眺めていたら、中国のメディアが日本にはいくつもバイクメーカーがあるのに、なぜ街中でバイクを見かけないのかという記事を掲載したとありました。

記事を読んでみると、いろいろな理由が考察されていました。訪日した中国の方もそれを感じているそうです。

確かにアジアの街中でバイクがごった返している映像を思い出します。

私が思うに日本で見かけない理由はシンプルで、駐車場がないと停められないし、バイクがなくても生活に困らないからじゃないでしょうか。

街中に停めてもそんなに注意されなかった頃はもう少しバイクを見たように感じますし、バスや電車があまり走っていなかった時代は、バイクは今よりもずっと多かったんじゃないかと思います。

ホンダのスーパーカブなんて、1958年に発売された当時はものすごく売れたらしいですから。

私も20年くらい前までは、邪魔にならない場所に停めればそれほど注意されなかったので、よくバイクで天神や西新に買い物に出かけていました。

当時はヤマハSR400というバイクを中古で買って乗っていました。

今思い出したのですが、ある日街中の交差点に赤信号で止まっていると、対向車線に私と同じSR400がいます。

ある時期から人を怖がらせることに別の目的を感じるようになりました

子供の頃は経験が乏しいので、暗いところにはお化けが潜んでいるようで怖いですよね。

心理学者のユングは、幼児期に恐ろしい「人食い」の夢を見て、これが生涯のトラウマとなり、心理学の考えを深めることにも繋がったとう話があります。

大人でも知識がないことに対して、その道の権威に何かいわれると、つい信じてしまいがちです。

お坊さんに地獄の話をされたり、霊能者といわれている人に幽霊の話をされたりすると、妙に説得力があるので信じてしまう気持ちも分かります。

太宰治が幼い頃、お寺で地獄絵図を見せられてあまりの恐ろしさに泣いたように、私も子供ながらに、なぜ仏教ってこんなに恐ろしい地獄を見せるんだろう、と疑問に思ったものでした。

もう20年近く前ですが、田上太秀氏の「仏陀のいいたかったこと」(講談社学術文庫)という本を読みました。

その本の「霊魂を否定し、無我を唱える」という章に、仏陀は人の老死の現実的苦しみの由来について問うたのであり、霊魂について説くことはなかった、というようなことが書いてありました。

ずいぶん合理的な考え方をした人のようで、「いまの生き方、考え方がいかにあるべきかだけが問われている。」とあります。

当時はそのことを知って、とても驚いた記憶があります。

子供の頃は大人のいうことを素直に信じていました

今日夕食時にテレビをつけると、TBS系列で「この差って何ですか?」という番組をやっていました。

「「昔の健康常識」と「今の健康常識」の差」と題して、昔いいといわれていたことが今はそうではない、という例がいくつか挙げられていました。

「遠くを見ると目が良くなる」、「暗い所で本を読むと目が悪くなる」、「風邪を引いたら安静にする」などが間違いであるとのこと。

どれも子供の頃、親によくいわれていたことですが、医学的にいって視力が改善したり悪化したりするわけではない、というようなことのようです。

これを見ていて、以前にも書きましたが、小学校の保険の授業で、歯磨きをするときは歯ブラシにタップリ歯磨き粉をつけて、歯ブラシをグーで握って、横にゴシゴシこすりましょうと習ったことを思い出しました。

今はペンを持つように歯ブラシを軽く持ち、歯茎をマッサージするように横に小刻みに震わせるように磨く、というようにいわれていますので、昔とずいぶん違います。

そのことを思い出すたびに、常識なんて時間が経てば簡単に変わることや、大人のいうことを素直に信じていたことを意識します。

お店のオーナーをされているシニアの方も競争が激しくて大変だと思います

ここ数日、地元で外国の方を多く見かけたり子供の数が減ったことから、これからますます外国の方やシニアの方が、身近なところで働いている姿を見るようになるかもしれないと書きました。

そんなことを想っていたら、知人の通っている近所の美容室のオーナーが、団塊の世代ということを思い出しました。

この知人は80代ですが、天神で働いていた現役の頃、そのオーナーは職場の近くのよく行く美容室のスタッフだったようで、たまたま近所に店を出したため、今でもお付き合いが続いているそうです。

確かに美容師さんは、自分の腕一つで年を取っても仕事ができますよね。

NHK連続テレビ小説「あぐり」で田中美里さんが演じた吉行あぐりさんは、90代でも美容師の仕事をされていました。

さらにいえば、その知人が以前通っていた近所の病院の院長さんは、知人と同年代でした。

お医者さんといえば、聖路加国際病院の日野原重明さんが100歳を超えてなお現役でした。

美容師さんやお医者さんは、ご本人が元気であれば、高齢でも現役を続けられる職業のようですね。

しかし現実は、美容師さんもお医者さんも競争が激しいのではないかと思います。

最近、近所のコンビニだったところがお洒落な歯医者さんになっていました。

自分が高齢者になっても自分のことは自分でやらねばと思ってしまいます

考えてみれば、かなり以前から近所のコンビニでも日本人ではないアジア系の店員さんを見かけていましたし、近所の病院の受付にもいらっしゃいます。

以前ブログで、団地の公園に子供の姿を見かけなくなったことを書きましたが、こんなに若い人が減って行くと、インフラの維持など生活に支障が出てくるんじゃないかと心配になっていたのですが、その分このような外国の方や、今まで定年でリタイヤしていたようなシニアの方が仕事を担うようになるのでしょう。

そんなことを思いながらテレビを見ていたら、今流行のキーワードとして「ラン活」なんていう言葉が紹介されていました。

小学校に上がる子供にランドセルを購入する活動のようです。

親やおじいちゃん、おばあちゃんが少しでもいいランドセルを買ってあげたいために、競争が激化しているのだとか。

私が小さい頃は、子供の数がとても多くて、大人はいちいち一人に構っていられなかったと思います。

親に聞いた話ですが、彼らの世代が新米の教師だった時代は、児童の数が多すぎて、午前と午後の二部授業をやっていた学校があったそうです。今では考えられない話ですよね。

中学校は中学校で、最近は学校の周りの柵に「○○君、地区大会準優勝おめでとう!」というような横断幕が張り巡らされています。

私の地元で時代の変化を感じるできごとがありました

以前、近所のスーパーに行ったら、中国語を話す若い女性二人組みが買い物をしているのを見かけて、このような田舎にも外国の人が住むようになったことに感慨深いものがあると書きました。

それを思い出したのは、今日同じスーパーの前で、二人の外国の若者が自転車に乗っているのを見かけたからです。言葉や容姿からインドの方のようでした。

さらに、そこからほんの少し離れたディスカウントストアのミスターマックスで、白人のお母さんと子供が買い物をする姿を見かけました。

私の住んでいる田舎にも、今や思った以上に外国の方が住んでいるのかもしれません。

このような地元の変化は新聞を読んでいても感じます。

いつの間にか「みんな輝く星の原」と題して、私の家からそう遠くない場所にある「星の原団地」についての連載が始まっていました。

連載の内容は、時代の変化に対応する団地の方々の活動のようで、私が見た回は、60~70代が中心の町内会役員に40代の若手が加わったことなどが書かれていました。

ここは少し歩けば東は国道、南は地下鉄とかなりいい立地で、交通手段がバスしかない時代は、「星の原団地行き」だけが私の家の近くのバス停を通らずに途中で曲がるので、人がたくさん住んでいるんだなと思ったものです。

機能は変わらないのにバージョンアップする、利用者には珍しいアプリかもしれません

今開発している「楽々談話室」は、「安心対話室」と「サポート相談室」のように管理者と利用者が1対1でチャットするカウンセリング用アプリとは異なり、サークルのような一般用途で利用するチャットアプリです。

しかし「安心対話室」や「サポート相談室」のように、管理者が利用者のユーザ登録をしたり、プッシュ通知を送ったりするのは同じです。

「楽々談話室」は管理者がカウンセリングをするわけではありませんので、パソコンのチャットアプリはありません。

その代わり、一つのサークル内にカラオケ愛好会や囲碁クラブがあったりするのに対応して、チャットラインのグループ分けをする機能などが追加されています。

そういう意味では、「安心対話室」や「サポート相談室」以上にパソコンの管理画面の機能を改良して行く可能性があるため、それに伴うスマホアプリのバージョンアップも、「楽々談話室」の方が多いかもしれません。

iOSアプリの「配信準備完了」後に「バージョン情報」は編集できないので注意が必要です

先月の末に「安心対話室」と「サポート相談室」の管理画面を少し改良している、という記事を書きました。

今までスマートフォンアプリはいくつか作ったのですが、今回のようにパソコンの管理画面込みのスマホアプリというのは初めての経験なので、自分たちさえ分かればいいという管理画面ではなく、商品としてのクオリティがないといけません。

管理画面はWEBアプリなので、名前やパスワードを変更したら、データベースと画面の整合性を保つため、自動的にログアウト、ログインするようにしたのを始め、いくつかの改良をしました。

記事を書いたのがゴールデンウィークの直前だったのですが、弊社や各アプリの発売元であるNPO法人 心の卵さんと株式会社cocotamaさんもお休みに入ったりしたため、Appleにバージョンアップの申請に出したのがつい先日になってしまいました。

「ここたまサポートひろば」を申請した四年前はリジェクトされたりして、「配信準備完了」になるまでずいぶん時間がかかったのですが、最近は早いです。

他の業界の方が「年を取ってもできる仕事」について考えていることに興味があります

先日より「年を取ってもできる仕事」について考えています。

今やっているITの仕事も、やりようによっては高齢者になっても続けられるかもしれないと感じる一方で、世の中の環境は大きく変化している最中で何があるか分かりませんから、IT以外のことも今から考えておきたい、というようなことを書いてきました。

そんな中、今日たまたま実家に大工さんが来て、テラスのリフォーム工事がありました。

以前にも書きましたが、実家はかなり昔に建った家なので、補修しなければ持たない箇所があちこちにあるんですね。

今回のテラスも木材が腐っていてどうしようもなかったのです。

先週解体される方が一人で作業されて、今日は大工さんが二人で作業されました。明日以降、塗装屋さんが作業をされたら終了です。

今日は半日ほどでテラスが出来上がりました。早くて丁寧でさすがにプロの仕事です。

これも先日書きましたが、水道工事や大工さんのような仕事は個人や家族がとても助かりますし、それなりの費用はかかりますが客に取ってはそれほど高いとは思えませんし、賃金も作業後ほどなくして入ってきます。

私のようなITの仕事とはかなり違うと思います。

高齢者になってもできる仕事を身に着けるには何年くらいかかるでしょうか

先日より「年を取ってもできる仕事」について考えてしまったことや、やりようによっては今のITの仕事を80代になっても続けられるかもしれないと思ったことを書いています。

しかしその予想は現時点でのものであって、AIが普及するなど世の中はどんどん変わって行きます。

ITの仕事は、肉体労働のように身体的にハードな内容ではないというだけで、高齢になって体が思うように動かなくなってもできるという補償はありません。

そういう意味では、今やっている仕事とは別のことで、収入を得られるものを持っているに越したことはありません。

私はそういうものを持っていませんので、今からでも作っておかなければならないなと思っています。

先日インターネットを見ていて、ダイヤモンド・オンラインのWEBサイトで「10年後も生き残る管理職の条件」という記事を見つけました。

そこには「機械に仕事を奪われないために今からやるべきこと」というテーマで、プリンシプル・コンサルティング・グループ代表取締役の秋山進さんという方が、「長年にわたって積み上げた経験値から生まれる第六感や洞察力が重要」ということをおっしゃっていました。

PR:カウンセリング・EAP専用チャット管理者となって利用者を見守るチャット