深層心理学

仏教も深層心理学と共通する部分があるようです

岡野守也さんの「唯識のすすめ」(NHKライブラリー )は、仏教の深層心理学とも言うべき唯識(ゆいしき)を解説した本です。

唯識は大乗仏教の学派のひとつ、瑜伽行(ゆがぎょう)唯識学派によって体系化されました。

唯識では感覚を「識」と言います。「視」、「聴」、「嗅」、「味」、「触」の五感に「意識」を合わせて六識。

その先に、潜在意識としての「末那識」(まなしき)と「阿頼耶識」(あらやしき)があります。

その阿頼耶識が、六識と末那識を生み出しているのであって、識自体に実体は無い。すなわち外界(自分から見て世界)に「もの」は存在せず、唯(ただ)識(しき)だけが存在する。

何のことかよく分かりませんよね、初めて見る方には。

瑜伽とはヨーガのことで、阿頼耶識はヨーガをしていた人たちによって発見されたそうですので、この説明も、ヨーガの実践によって得られることなのでしょう。

岡野さんは、先にあげた本の「深層心理学と唯識」という章で、フロイト、ユング、アドラーの各心理学と唯識との関連性を考察しています。

特に、ユングの集合的無意識は、阿頼耶識と同じ領域を違った角度から見たものではないか、と仰られています。

アーサー王の物語になぜか興味を持っていたのですが深層心理に関係していました

心理学の本に興味を持つ前から、アーサー王の物語をなぜかとても面白いと感じていました。

アーサー王は、ローマとケルトの血を受け継ぐ実在した人物で、6世紀にブリトンに侵攻したサクソン人を撃退した英雄らしい。

アーサー王の物語は、円卓の騎士たちと伝説の聖杯を探す冒険など、いくつかの物語で構成されています。

ケルト人は、紀元前よりヨーロッパに定住していた人々で、自然崇拝の多神教を信仰していました。

その後、キリスト教が入ってきたり、ゲルマン人が移動してきたりして、ケルトの文化は衰退して行くのですが、アーサー王の物語には、その文化の影響が色濃く残っているんです。

田中仁彦著「ケルト神話と中世騎士物語」(中公新書)には、そのことが詳しく書かれています。

その本の中で、アーサー王の騎士たちはさまざまな冒険を繰り広げるのですが、冒険の途中からいつの間にかケルトの他界に入り込んでいる。

その世界の中で、貴婦人の愛を失ったり、騎士と決闘したり、貴婦人の愛を再び取り戻したりする。

それは、苦難を経て自分の価値を高めて行く過程であり、男性の中にある抑圧された女性像(アニマ)を解放し、より高い次元での男性像(アニムス)との結合の物語(←意訳)であったりするようなのです。

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