易経について

人から易占を頼まれたときの心構えを整理しておきたいと思います

人から易占を頼まれたとき、まだ見習いの身なので、あまり独自の解釈はできないなと思っています。

最近気軽に頼まれたりするので、そんなときの心構えの備忘録として書いておきたいと思います。

もちろん、私は今勉強中の身だということを、ちゃんと納得してもらうのが前提なのですが。

例えば「○○をしてもいいでしょうか?」という内容で頼まれて、「しない方がいい」と解釈できる結果が出たときですね。

本人はやる気マンマンな場合もあるでしょうし、やらない方がいいのではないかと不安な場合もあるでしょう。

ただ、自信がないので占って欲しいというのは一緒だと思いますが。

それに気心の知れた間柄の場合もあるでしょうし、知人の知人で直接本人を知らない場合もあると思います。

気心の知れた間柄ならば、素直な意訳を伝えた上で、「しない方がいいと思う」とはっきり伝えられるんじゃないでしょうか。どうせ相手が納得できるまで話し合えるでしょうし。

しかしそのような間柄でなければ、素直な意訳を伝えた上で、「このように解釈できます」と伝えないといけないですね。

そして一緒に、その解釈が具体的に意味するところを二人で考えてみるといいと思います。

大念処経の解説を読みながらこのブログで考えてきたことを整理しています

片山一良著「パーリ仏典にブッダの禅定を学ぶ―『大念処経』を読む」(大法輪閣)を読んでいます。

大学教授で曹洞宗のお坊さんでもある片山さんの大念処経(マハーサティパッターナ・スッタ)の解説です。

大念処経は、このブログでもご紹介したティク・ナット・ハン著「ブッダの〈気づき〉の瞑想」(野草社)やマハーシ・サヤドー著「ヴィパッサナー瞑想」(サンガ文庫)の元になったお経です。

上座仏教のお経ですが、片山さんが曹洞宗のお坊さんなので、大乗仏教や禅の膨大な知識と共に解説されています。

こりゃ何回も読まないと、私の頭には入ってきません。

以前ブログで、易経や陰陽五行占術は生き方や人の資質などを、実に的確に教えてくれるというようなことを書きました。

ただ、例えば「あなたは○○なので心に葛藤があります」といわれたときに、じゃあその葛藤をどうすればいいの?と途方に暮れるときがあったのですが、そのようなときには、この大念処経や安般念経(アーナパーナサティ・スッタ)が解決の糸口になるんじゃないかと思います。

このことは、ティク・ナット・ハンさんの本を読んだときに感じました。

今日は易の底知れない一面を垣間見た日でした

今日は再び定方昭夫著「「易」心理学入門―易・ユング・共時性―」(柏樹社)の方に戻って読んでいました。

やることがいろいろあって読書三昧というわけにもいかず、すき間読書になってしまいます。悩ましいものです。

「第三章 ユング心理学と易」に印象的な易占の例が載っていました。

「「繋辞伝」が「象」の重要性を指摘しているにもかかわらず、卦を「象徴」として読む見方が余り一般的でなく、卦・爻辞に流れやすいことについては前にも述べたが、ここでは卦を「象徴」と見立てた名占ともいうべきものを紹介しておく。」

以下、加藤大岳さんという方の占例が記載されているのですが、この方は定方さんが師事したい思っていた著名な易者さんとのこと。

占例のあとに次のような感想を述べられています。

「卦・爻辞等を一言も引用することなく算木における陰陽の爻の動きのみで全て判断し、それが正鵠を射るということに驚きを禁じえないものがある。 (中略) さて右のような名占をはじめに紹介してしまうと、余りの易の奥深さに圧倒されてしまって、とてもの事に六本の棒の変わり様のうちに、あれだけのことを読み込むのはとてもとても、という読者も多いことと思う。」

・・・確かに私にはとても無理です。

実社会での行動は易経が参考になり、怒りや不安の心は仏教が癒してくれます

今日は竹村牧男著「「成唯識論」を読む」(春秋社)を読んでいました。

一昨日と昨日はユングと易経を主題とした本を読んでいたのですが、世の中新型コロナウイルスの話題ばかり。

外出自粛が続き心がめげている状態なので、ちょっと癒し系のものを読みたくなったのでした。

易経と唯識。どちらも潜在意識と対話するものであっても、易経の場合は実社会に反映することになりますが、唯識の場合はどこまでも心と対話します。

そして、私は両方とも重要だと思っているのです。

以前ブログに書いたように思うのですが、実社会での行動は易経がとても参考になります。

私は学生の頃はいうに及ばず、社会人になってからも仕事上でいろいろな失敗をおかしてきたのですが、もし易経を知っていれば未然に防げたと思うことはたくさんあります。

とはいうものの、じゃあその頃の自分に易経というものがあると教えたら学んでいたかといえば、絶対興味を持てなかったと思います。

やっぱり興味を持てる歳まで待つ必要があったということですね。

そして易経でどう行動すればいいか分かった、しかし心の方は・・・怒りや不安の心をどう解消すればいいか分からない。

怒りや不安の心は仏教の瞑想や唯識が癒してくれます。

著者の易に対する情熱に驚嘆しました

今日は定方昭夫著「「易」心理学入門―易・ユング・共時性―」(柏樹社)を読んでいました。

読み始めたばかりなので、やっと「第三章 ユング心理学と易」に行き着いたところ。ここまでは「占いとは何か、易とは何か」を具体的な例とともに解説されています。

プロフィールに「ユング心理学・東洋医学研究家。ユング派の教育分析を受けたことから「易」にとりつかれ、「易」遍歴が始まる。はや25年、その凝り様は並ではない。」とあるように、凄まじい知識です。

「第二章 占いとしての易」の「5 易のシステムの応用―中医学と大宇宙の原理」は、私にはあまりにマニアック過ぎて頭に入りませんでした。

そんな中で「へぇー」っと思ったのが他の占いへの興味。

占いは「相・命・卜(ぼく)」の三つに分類できます。「相」は手相や風水など、「命」は四柱推命や星占いなど、「卜」はタロットや易など。

定方さんは「この「相」については余りよくしない」とおっしゃいますし、「命」については「筆者はこの種の占いが苦手で、いろいろ資料は揃えてみたものの、とうとう投げ出して星占い関係の図書は全て神田の占い専門の古書店に売りとばしてしまったことがある。」とのこと。

ユングと易経を主題に書かれた私にはとても興味深い本です

今日は秋山さと子著「占いとユング心理学―偶然の一致はなぜ起こるのか」(KKベストセラーズ)を読んでいました。

易経の解説本に、「ユングが易に興味を持っていた」という記述をよく見かけます。

そのような本と一線を画すのは、秋山さんはチューリヒのユング研究所に学んだユング派心理療法家だということ。

この本は何故ユングが易経に興味を持っていたのかという、正にその理由が主題の一つになっています。

例えばユングの元型について次のような記述があります。

「ユングは『易経』の考え方は、自分の元型の考え方と共通するということで、非常に興味を抱いたのです。易の中には人間の心理的な基本がすべて含まれているというわけです。

 さらに易では、パターンがそれぞれ自然現象にもたとえられているし、人間の身体の各部や動物にも対比されています。そのため、そのイメージをありありと思い浮かべることができます。これらのことにもユングはひかれました。そうしたイメージが夢を解釈するうえでも、参考になると考えたのです。」

シンクロニシティ(同時協調性)にも次のような記述が。

易本来の考え方を身に付けて自由に解釈できるようになりたいです

易経を覚えるために、毎日「今日はどのような日になるでしょうか」と占っては解説書を読んでいます。

今日出た卦は雷沢帰妹(らいたくきまい)の上爻。

卦辞は「帰妹は、征(ゆ)けば凶。利するところなし。」

爻の意訳は、本田済著「易」(朝日選書)によると次のようになります。

「娘が嫁入りのときに捧げ持つ手箱にはなかみがない。花婿たるべき男が婚礼の儀式のために羊を割けば、不吉にも血が出ない。」

私の持っている解説書はどれもそのままの意訳。救いがない。

そんな中、河村真光著「易経読本」(光村推古書院)はあるエピソードのもと、易本来の考え方とともに独自の解釈をしています。

何でも少し易の知識のある女性が、この帰妹は最凶の卦であることを耳にしていた。あるとき易者に占ってもらったらこの卦が出た。それ以来、彼女は帰妹という字を見ただけで拒否反応を起こすらしい。

以下、抜粋です。

「そこで私は、帰妹は、ただ天地の条理を強調するだけのもの、要するに初めのボタンの掛け違いは、しまいまでそれが尾を引く、当たり前のただそれだけのことを言っているにすぎない、と話した。」

神経症には易の水沢節を意識すると効果があるかもしれません

ブログに何度も書いていますが、易経を覚えるために毎日「今日はどのような日になるでしょうか」と占って、出た卦(か)と爻(こう)の解説を確認しています。

今日出たのは水沢節(すいたくせつ)の四爻。

卦辞は「節は、亨(とお)る。苦節貞(てい)にすべからず」、意味は「願いは通る。度を外れた苦しい節に固執してはならない」。

苦節十年の「苦節」はここから来ていますが、本来の意味は現在の使われ方と逆のようですね。

爻辞は「六四は安節す。亨る」、意味は「心安らかに節する。願いは通る」。

最近仕事でもプライベートでもかなりテンパっていて、心に余裕がありませんでした。

そういう状態が続くと、もともと神経症気味なので強迫神経症が出たりします。

そんなときにこの卦と爻です。ちょっと感動しました。

こちらもブログに書きましたが、最近ティク・ナット・ハンさんの本をたよりに瞑想をしています。

「息を吸いながら○○、息を吐きながら○○」などと唱えながら、呼吸の瞑想をするだけなのですが。そしてこれが私にはよく効きます。

しかし最近忙しくてこの瞑想だけじゃ心が落ち着かず、強迫行為が出そうになったとき、次のようにささやきます。

易とユングに関する本とマインドフルネスと唯識に関する本を見つけてしまいました

Wikipediaの「仏教心理学」という項目を見ていたら、河合隼雄さんや秋山さと子さんがユングと禅の関係について日本に紹介した、との一文がありました。

この秋山さと子さんという方はユング派の心理学者。ご実家が曹洞宗のお寺のようで、数多くの本を出版されています。

その中に「占いとユング心理学―偶然の一致はなぜ起こるのか」(KKベストセラーズ)という本を発見。

タイトルの「占い」というのは易のことのようです。

何でもユングがシンクロニシティーを理解するために、易に傾倒して行った経緯なども書かれているらしい。

ユングと易がテーマの本は持っていませんし、何より著者が仏教をバックボーンにされている方なのでとても興味があります。

それに易の卦(か)や爻(こう)について、今はいろいろな人の解釈を知りたいところなのです。

そしてさらにWikipediaで「マインドフルネス」を見ていたら、ジョン・カバット・ジンさんが始めたマインドフルネスストレス低減法の基本理念が、道元禅師の曹洞宗とのこと。

本当ですか・・・。

いつになるか分かりませんが易の64卦をおおよそ覚えようと決心しました

今日は冬至。易者さんがこれからの一年を占う「年筮(ねんぜい)」を立てる日です。

私は易経を覚えるために、去年の11月から毎日「今日はどのような日になるでしょうか」という易占いをして来ましたので、年筮を立てるのは今回で二回目。

とはいえ素人がやっているので、易者さんの見立てのようにできるはずもなく、解説書で出た卦(か)と爻(こう)の説明を読んで終わりです。

それに毎日の易占いも、一年以上経ったので、覚えるという目的を果たすことができたかといえばNOです。ほとんど覚えていません。

どうしたものかなと考えていたら、以前購入していた岡本吏郎著「ビジネスパーソンのための易経入門」(朝日新書)に、各卦を関連付けながら64卦の全体像を把握する章があったのを思い出して、本を引っ張り出してきました。

第4章「易の64卦」。この章を参考に覚えて行きましょう。

ざっと読み返していると、岡本さんが易を学びはじめた頃、覚えた卦を目の前で起きていることに当てはめたりするなど、岡本さんが覚えた方法が紹介されていました。

そして次のように結ばれています。