誰も共感する人はいないと思いますが私の居場所ができました

昨日、イスの座面に胸とお腹を当てて、四つん這いの格好をすると、腰の負担が軽減されるので、よくこの姿勢をしているとお話しました。

私だけかもしれませんが、とても気持ちよくなって、意識が遠のくというか、少しウトウトすることが多いです。

今では、仕事で疲れたときにこの体勢をしなければ、休憩した気分にならなくなりつつあります。

よく何かの作業がひと段落すると、タバコを吸いに行く人がいますよね。

私はタバコを吸いませんが、大学生の頃からこのような友達はいましたので、「ちょっと一服」というのは人間共通の休憩方法なんだろうと思います。

この間テレビを見ていたら、サッカーの岡崎慎司選手のドキュメンタリー番組をやっていました。

彼は赤いソファがお気に入りで、家に帰ってくるとそこから動かないといっていました。

同じリクライニングチェアを二脚買って、いつも座っている夫婦を知っていますので、このような好みも人間共通なのかなと思います。

以前、図書館の階段の下の小さな隙間に、スポッと収まってじっとしている子供を見つけてびっくりしたことがあります。

人間も、猫みたいに狭い空間が好きな人もいるんだな、と妙に感心しました。

自分だけの腰痛の緩和方法を発見しました

半年も前の話ですが、正月明けに腰を痛めて、丸一日寝込んでしまいました。

40代になってから、年に数回、腰というか股関節付近から腰にかけて痛くなって、しゃがむのさえ苦しいときがあります。

座ってばかりの仕事なので、その影響だと思います。

以前、番組名は忘れたのですが、椅子に浅く腰掛けた状態で、背もたれにもたれかかる姿勢を続けていると、腰を悪くするとテレビでいっていました。

まさに、私はこのような座り方で何十年と作業をしていたので、腰が悪くなるのは当たり前ですね。

座る姿勢をよくしたり、定期的に立ち上がってウロウロしたり、横になったりするようにしました。

しかし、長時間立っているのも疲れますし、どこにでも横になるわけにも行きません。

横になったら起き上がりたくなくなるのも困ったものです。

腰痛で悩んでいる方は結構いらっしゃるようですが、みなさんどうされているのでしょう。

何かいい方法はないかなといろいろ試していたら、イスの座る部分に胸とお腹を当てて、四つん這いの格好をすると楽になることを発見しました。

もちろん、人がいる所でやるとびっくりされてしまいますので、一人のときにやるのですが。

これからどのように性格や人生が変わるのか興味を持っています

大病や怪我をされた方に比べたら、私の鼻炎なんて可愛いものです。

そして自分でも、ハンデを抱えているとは意識していなかったと思います。

とはいうものの、授業中鼻水が垂れないように集中していたら授業が終わっていたとか、鼻水と口呼吸が恥ずかしくて人目を避ける、というような生活が続いていましたので、今にして思えば、性格にもかなり影響を与えたでしょうし、人生もちょっと変わってしまったかもしれません。

これまで、私の鼻炎の経験だけを語ってきましたが、他にも人からは正常に見えて、本人は困っていたり、症状に気を取られていたりして、日常生活に支障を来たしている人は、たくさんいると思います。

朝礼でよく青い顔をして倒れていた同級生も、貧血なのかもしれないしそうでないかもしれませんが、本人しか知らない辛い病気を抱えていたのかもしれません。

一方で、日常生活で支障はないものの、手術の痕があった同級生は、先輩から柔軟体操を免除されていました。

このように外から確認できるものや、確認できなくてもよく知られたもの、例えば昨日お話した喘息や、今は心の病気として認知されているウツなどは、周りの人も本人も、それを意識しますよね。

持病は重い軽いに関わらず人の性格や人生に影響を及ぼします

昨日、子供の頃は鼻炎に悩まされていたというお話をしました。

漢方薬を始めいろいろな飲み薬を試しましたし、鼻づまりを解消するために、点鼻薬というのでしょうか、鼻の穴に突っ込んでいつも「シュッシュッ」とやっていました。

授業中にノートを取ろうとしても鼻水が垂れてくるので、上の方を向いていなければなりませんでしたし、先生に当てられたときなど、ズルズル鼻をすすりながら発言しなければならなかったので最悪でした。

いつも口呼吸をしていましたので、ドラマなどで主人公が悪役に後ろから口をふさがれるシーンを見ると、ああ、あんなことをされたら自分は窒息死するな、とゾッとしたものです。

今でも季節の変わり目になると、鼻水が止まらなくなるときがありますが、それ以外は鼻水が出ることはほとんどなくなりました。

子供の頃から神経症だったので、鼻炎も腹痛もその影響じゃないかと思います。

自分としては大変だったなと思っていたのですが、大人になるに従って、世の中にはもっと重い症状を持っている人がいることを知りました。

例えば、喘息の方なんてとても辛いと思います。

酷くなると、咳が止まらなくなったり、息ができないほどの発作に見舞われたりするそうですね。

年を取ると昔は感じなかった気候の変化を感じるようになりました

暑い日が続いています。

私の親もそうですが、高齢者の方はかなり参っているようですね。

急に暑くなるので体が対応できないようです。

血圧が高い方などは、ちょっとした気圧の変化で体調も悪くなるようですね。

私は昔から、気候によって体のどこかが悪くなるという人の話を聞いて、そういうものかなと疑問に思っていたのですが、ここ数年、何となくそれが分かるようになりました。

とても暑い日はイライラしたり、逆に寒い日は落ち込んだりするのはもう当たり前で、ちょっとした雨風で衣服が濡れたくらいで、気分がどんよりする。

子供の頃にも同じ感情が湧いていたのかもしれませんが、当時はそれを無視できるほど生命力があり余っていて、すぐに他のことに興味が移るなどしていたんじゃないかと思います。

今ではその感情をじっくり味わってしまうんですね。

その一方で、子供の頃は季節に関係なく、いつも鼻炎と腹痛に悩まされていた記憶があります。

特に鼻炎は酷くて、保育園から小学生の頃は蓄膿症と診断されて、一年中鼻を垂らしていました。

どんなきっかけか忘れましたが、他校の子供たちとの野球の試合でピッチャーをしたときも、鼻水を垂らしていた記憶があります。

「好きなことが継続できること」だと分かるのがおじさんなんだと思います

自分からやりたいと思ったプラモデル作りでさえ、最後までやり遂げることができない。

子供心にも結構落ち込みました。

そんなある日、同級生の家に遊びに行くと、作りかけた状態で放置されたプラモデルを発見する。

バイクのプラモデル、確かホンダのナナハンだったように記憶しています。

それを見たとき、ああ、もしかしたら、プラモデルを最後まで作ることのできる子供は、あまりいないんじゃないかと思ったものです。

しかし、あれだけワクワクしていたのに、一度も完成させることができなかった体験は、継続ということに自信をなくした、大きな原因の一つだと思います。

いつの間にか、自分に飽きっぽい性格だというレッテルを貼ってしまいました。

一つのことに情熱を燃やして、大きなことを成し遂げるアスリートやアーティストを横目に見ながら、歳を取って行くわけですね。

それから30代で独立したり、ハードワークを続けたり、体を壊して療養したりを経て、40歳くらいのときに自分を見つめなおすわけです。

以前にも書きましたが、学生のとき退屈で途中で投げ出した夏目漱石の「吾輩は猫である」が、妙に面白くて最後まで読めてしまう。

プラモデル作りを投げ出したことが自信を失ったきっかけの一つでしょうか

そんな中で思い出すのは、プラモデルを作りたいと思って、何度か買ってもらったことです。

これは珍しく、自分からやりたいと思ったことでした。

確か、F1カーを含むレーシングカーだったように記憶しています。

雑誌などですばらしい完成度の作品を見ていたので、自分も同じように作ることができると思い込んだのですね。

それにタイトルも内容も覚えていませんが、子供の頃テレビで見た洋画で、今でも覚えているシーンがあります。

お爺さんが海で流木を拾ってくる。

葉巻をくゆらせながら、蚤などの道具を使って、流木を立派なミニチュアの帆船に仕上げる。

何てすばらしい。自分も同じことをやってみたい。

それと同じような衝動が、プラモデルを欲しがる気持ちにもあったのだと思います。

山のような数のパーツを前にして、これから組み立てる興奮を抑え切れませんでした。

しかし、そんな情熱を持って始めたプラモデル作りも、ついぞ一度も完成させることはできませんでした。

同じような形のパーツを、設計図を見ながら一つ一つ接着剤でくっ付けて行く。ただただ地味な作業の連続です。

たまに接着剤がドバッと出すぎる。どんどん見栄えが悪くなる。

おじさんになったら継続ということができるようになるのかもしれません

ブログが一年続いたので、おじさんになったら少しは継続ということができるようになるのかな、と不思議な気持ちになりました。

思い返してみると、子供の頃から継続なんて全くできない人生だったように思います。

物心付いたときから親がいろいろと習い事をさせてくれました。

うちだけが特別なのではなく、高度成長期の新興住宅地に住んでいるような家庭は、○○ちゃんもやっているから、という軽いノリで子供にやらせていたんじゃないでしょうか。

最初の習い事の記憶は絵画教室です。

多分保育園に行っていた頃だと思うのですが、周りはお兄さんお姉さんばかり。

先生から「何描いてるの?」と聞かれて「怪獣」と答えた記憶があります。

それ以降もたくさん経験しました。

ヤマハ音楽教室のオルガンだったり、英会話だったり、習字だったり。

小学生までは、自分でやりたいと言った記憶はなく、同級生や近所の子供たちと一緒に行かされていたのです。

今考えてみると、家族に好きな人いないでしょう?というような家にまで、アップライトピアノが置かれていました。

私もそのような例に漏れず、どれもものにならずに辞めました。

考古学が解明していない時代は人々の想像がそれを埋めるようです

二回にわたって、松木武彦著「縄文とケルト」(ちくま新書)に関連したお話をしてきました。

近所にある吉武高木遺跡が、世界史的な関連性の中で語られていたのは、読んでみてとてもよかったと思います。

それに、ケルトについての近年の考古学界の見解。

一口にケルトといっても、人工物、墓、住居など時代や地域によって相当の違いがあり、一個の民族集団の痕跡などとは考えられない。

それがローマの支配から、その後のアングロ・サクソン人やノルマン人などの支配に移って行く。

そのような歴史的背景が、後世に国としてまとまるときの精神的手段として歴史的なアイデンティティが必要とされたとき、基層に広がるケルトのそれに求められた、というようなことでした。

そのことが、漢以降の隣国の支配を受けなかった日本との比較で、より明確に理解できました。

歴史の授業では、日本史と世界史という全く別の時間帯で、関連性なく習ってきました。

当時、この本のような視点から両者の歴史を辿っていたら、かなり興味深い授業になっていたように思います。

とはいうものの、私が中学、高校生だった1970年代は、日本でケルトという言葉はほとんど知られていなかったのではないでしょうか。

原ケルトを通して吉武高木の当時の社会が垣間見えたような気がしました

「縄文とケルト」は副題に「辺境の比較考古学」とあるように、アナロジーというキーワードを元に、イギリスに分布するストーンサークルなどの建造物を、日本列島のものと比較して行きます。

アナロジーについて筆者は、別個の事象の間に類似のパターンやイメージを見つけ出し両者を関連づける働き、というような説明をされています。

これは、ユングのいう世界の神話に見られる類似性、つまり「元型」や「集合的無意識」ですよね。

私はこの手の話には弱い。つい買ってしまいます。

この本で知りたかったのは、今の考古学でケルトはどう捉えられているのか、それに筆者の吉武高木遺跡についての見解です。

前者でいえば、青銅器時代の墓から発掘された副葬品から、ヨーロッパ大陸にルーツを持ち、金属加工を生業とする「鋳物師(いもじ)」のような集団がいたらしい。

彼らは、ケルトの活動期に比べるとずっと古いが、副葬品の分布域とケルトの文化域が重なっているため、「原ケルト」と呼んでもいいのでは、というようなことを仰っています。

後者については、副葬品に朝鮮半島をルーツとする外来的な性格が感じられる、などいくつかの理由から、ブリテン島青銅器時代の「鋳物師」の墓と重なって見えた、とあります。