17世紀は神と科学が共存していた時代だと思います

ライプニッツを読むようになって17世紀にとても興味を持ち始めています。

この時代は、16世紀の終わりのガリレオから、17世紀に入ってデカルト、ニュートンなどが出て、機械論的自然観という近代の自然科学に繋がる思想を展開しました。

ライプニッツにも多くの実績があり、ニュートンと同時期に微分積分を確立したり、パスカルの発明した機械式計算機をさらに発展させた計算機を作成したりしています。

私がライプニッツに興味を持つきっかけとなった、コンピューターの基礎である二進法を確立したのも彼です。

その一方で、現実の世界は神が造ることのできた世界の中で最善のものであるという「最善説」を始め、さまざまな場面で神が語られます。

さらに、錬金術協会に参加するほど錬金術に興味を持っていたことなど、非常に論理的な思考と今でいうスピリチュアルな分野への関心が共存していることに、とても面白いなと思っていました。

しかしそれをいえば、ニュートンになるとオカルトを研究していたようで、特に錬金術の研究は有名のようです。

多分この時代の人は、神と科学が共存していたんだと思います。

何度聴いてもよく分からないから聴いているような気がします

今年の1月にニューイヤーコンサートに行ったことをブログに書きました。

そのときのプログラムにはビゼーの「アルルの女」組曲 第2番があり、それは中学1年のとき初めて買ったクラシックのレコードであること、40年以上聴いていないのにメヌエットやファランドールをよく覚えていたことも書きました。

メヌエットでフルートの人が息継ぎをするところや、ファランドールで輪唱のようにビオラが旋律を追いかけるところなどです。

じゃあ、なぜ40年以上も聴かなかったのかというと、レコードを買った当時、何度も繰り返し聴いてある程度曲を覚えてしまったからだと思います。

印象に残るメロディの曲とか、ドラマチックで心を動かされる曲などは、しっかりと記憶に残るので、聴き始めると記憶が曲を先読みしてしまう。なので聴く前から気分が冷めてしまう、というのが聴かなかった理由のような気がするのです。

もちろんビゼーの「アルルの女」組曲は名曲揃いで、メヌエットの美しいメロディなんて今聴いても心が震えます。

だからこそ記憶に刻み込まれるのだと思うんですね。

私が古楽を好んで聴くのは、そのようなことが少なく、同じCDを何度聴いても飽きないからです。

何がよくて古楽を聴いているのかちょっと考えてみました

以前、「中世&ルネサンス・レコーディングズ」という古楽の50枚組みCDボックスのことを書きました。

この時代の音楽は、楽器も和声も発声法も今の私たちが聴き慣れたものではありません。

ほとんどの人が日ごろ耳にするのは、バッハやヴィヴァルディのようなバロック期くらいまでの音楽で、それより前の音楽はテレビやラジオでもあまり流れません。

一般的には中世、ルネサンス、バロック期の西洋音楽を古楽と呼んでいるようですが、私はこの時代の音楽をよく聴きます。

今も外出したときはこのCDボックスの一枚を聴いているのですが、中にはいい曲だなと思うものがあって、そういうときはこのブログに書きたくなります。

今回そう思ったのは、14枚目のCD「デュファイ:世俗音楽集」の4曲目「心に痛みを抱くこの私」と12曲目「コンスタンチノポリスの聖母教会の歎き」という曲なんですが、ここで紹介しても「ああ、あの曲ね」と同意する人も、「聴いてみよう」と思う人もいないと思います。

もし聴いたとしても「どこがいいの?」と感じると思いますし、私もそう思われて仕方がないと思います。

「システムメンテナンスのお知らせ」にもひと工夫必要そうです

昨日は、「安心対話室」、「サポート相談室」、「楽々談話室」は管理者を管理するシステムが必要なので、ちょっと複雑な構造になっているというお話をしました。

この三つのアプリは、企業や団体の代表者の方がチャットシステムの管理者となるのですが、その管理者のアカウントなどを管理するんですね。

「安心対話室」はNPO法人 心の卵さんが、「サポート相談室」は株式会社cocotamaさんが、「楽々談話室」は弊社が、それぞれ発売元として「管理者を管理する管理者」となります。

スマートフォンアプリの利用者は、自分の所属する企業や団体の代表者が管理者だということをご存知でしょうが、「管理者を管理する管理者」が誰かは意識されていないと思います。

その意味では、EAP「ここたまサポートひろば」のスマホアプリ利用者は、チャットシステムの管理者がcocotamaさんだとご存知ですので、構造としてはシンプルです。

「安心対話室」、「サポート相談室」、「楽々談話室」は管理者を管理するシステムが必要です

三つのアプリ「安心対話室」、「サポート相談室」、「楽々談話室」は、企業内や団体内の限定された範囲でチャットをするアプリです。

アプリの特徴の一つとして、利用を申請していただいた企業や団体の代表者の方が管理者となって、パソコンの管理画面でスマホアプリの利用者を管理することが挙げられます。

「安心対話室」と「楽々談話室」は管理者が利用者のユーザー登録を行いますし、「安心対話室」と「サポート相談室」はカウンセリング用途のアプリのため、利用者どうしでチャットをすることはなく、管理者と利用者が1対1でチャットをします。

EAP「ここたまサポートひろば」に含まれるチャットアプリにも管理者がいますが、それは株式会社cocotamaさんが担当しますので、契約した企業や団体は代表者を立てる必要はありません。

高齢であまり外出できなくなっても外の世界と繋がりを持ち続けられると思います

私の親は携帯電話を持っていません。

高齢ですし、外出して人と付き合うことも減ったので、その必要性もないのですね。

ただ近所に買い物に出かけるとき天気を気にしたり、昔住んでいた場所や職場があった場所が今どうなっているか気にしたりします。

しかし情報を得る手段が新聞とテレビに限られているので、そのような情報を手軽に手に入れる手段がありません。

昨日のシニア層の携帯電話調査のように、70代の方がスマートフォンを持つようになれば、情報を得る手段も増え、新しいことへの興味も芽生えやすくなると思います。

これはシニアに限らず、どの世代でも同じではないでしょうか。

私が小学生や中学生の頃、夏休みのような学校のない日が続くと、遊びに行くお金もないですし昼間は面白いテレビもやっていない。漫画なんてすぐに読み終わるし勉強もしたくない。

暇なわけです。

「何か面白いことないかなー」が口ぐせだったような気がします。

それに比べて今の子供たちはどうなんでしょう。

街中でも電車の中でも、スマホの画面を食い入るように見つめていますよね。ゲームやSNSをしているのでしょうか。

私たちの時代と比べて、暇を感じることは少ないような気がします。

団塊の世代が所有する携帯電話のうちスマホの割合が高いのに驚きました

2月13日に株式会社ビデオリサーチが、シニア層の所有する携帯電話の調査結果を公開しています。

東京50km圏、直近3年間の推移を見ると、2017年調査時点で、60代後半のスマートフォンユーザーとガラケーユーザーの比率が逆転したそうです。

この結果にちょっと驚いたのですが、もう一つ驚いたのは70代前半のスマホ所有率が、2015年時点の15.6%から2017年では32.7%と倍増していること。

今この年代には、団塊の世代と呼ばれている人たちが含まれ始めています。

私の親戚の叔父さんがその世代なので、あの叔父さんがどのような仕事をして結婚して・・・という人生を、子供の目線ですが知っています。

彼らが現役の会社員だった頃は、一部の方はパソコンを使った事務作業を経験されたでしょうが、多くの方はそれをせずに済んだ世代じゃないでしょうか。

間違っていたらごめんなさい。

その世代の方が所有している携帯電話の3割以上がスマホということですよね。

あと数年すれば、ガラケーユーザーを逆転しそうです。

子供の頃に夢見た未来が今やってきているように感じます

私が小学生のときに大阪万博が開催されました。

当時のテレビには、万博のパビリオンが多かったと思いますが、21世紀の都市や生活と称した映像がよく流れていたように記憶しています。

宇宙基地のような家に住んで、ボタンを押したら食事が出てきたり、ロボットが身の回りの世話をしてくれたり。

今見たらチープな作りだろうと思いますが、当時はあと30年もするとこんな生活になるんだと、夢を膨らませていたものです。

実際に21世紀になってみると家は木造のまま、食事も自分で作りますし、食べているものも当時とほぼ同じ。家にはロボットもいません。

とはいうものの、当時予想されたものが実現していたり、それより進んだものもかなりあると思います。

世界中の人と繋がるスマートフォンや自動翻訳機、リニア新幹線などはそれにあたるんじゃないでしょうか。

一方で、当時夢見ていた世界のようにならなくてよかった、という想いもあります。

あんな世界が実現するためには、私が成人するまでに多くの技術が実用化されている必要があります。

つまり、どのような仕組みになっているのか分からないまま、未来の機器に囲まれてしまって、ただそれらを使わされているだけという状態。

量子コンピュータの基本的な仕組みが少し分かりました

先日、急に量子コンピュータのことが気になって、竹内繁樹著「量子コンピュータ 超並列計算のからくり」(ブルーバックス)を注文したことを書きました。

少しずつですが読んでいて、第4章「「量子」を使った計算機」という、量子計算の基本的な仕組みの説明まで読み終えたところです。

本自体は数式が苦手な人にも分かりやすく書いてあるので、今のところ何とか(半分くらい)ついて行っています。

光や電気は基本的な単位である「光子」や「電子」から成り立っていて、そのような基本単位を「量子」と呼ぶそうです。

面白いのは、光子を半透鏡という道具で2つの経路に分けた場合、各経路では「半分の光子」が検出されることはないらしい。

ではどうなるかというと、「ある振幅を持った2つの確率波として表される状態にある」としか言いようがない、と。

これを「重ね合わせ状態」と呼び、この状態を利用して莫大な並列計算を一挙に行う、というものらしいです。

これこそが現在のコンピューターの1ビット、つまり0と1という2つの状態だけではない、量子ビットの特徴です。

安全基地を口ぐせにすることで辛い状態から早く抜け出せるかもしれません

昨日はよくないと思っている習慣が、口ぐせによって直りかけていることを書きました。

もちろん、子供の頃から染み付いた意識はそうそう変わるものではありませんし、持って生まれた性格もあると思います。

今でもつい必要以上に頑張ってしまったり、根性で何とかなると思ってしまったりすることは、相変わらずです。

ただ「頑張らない頑張らない・・・」という口ぐせがあるおかげて、ふとわれに返って客観的に見つめようとする姿勢だけは身に付いたように思います。

このようなお話をすると、直したいことは何でも口ぐせにすればいいのでは、となりそうですが、そういうことでもないように思います。

私の場合はパニック障害を発症して本当に苦しんだので、自分を追い込むような働き方をしたくない想いは切実で、この口ぐせはすぐに定着したように記憶しています。

この他にもいろいろな口ぐせを試しましたが、今ではほとんど覚えていません。

以前「過敏で傷つきやすい人たち」(幻冬舎新書)という本の中で、著者の岡田尊司さんが安全基地を持つことを薦めていらっしゃったことを受けて、自分なりに考えてみたことを書きました。

そのときに考えた安全基地が、今でも自分の中でいい感じで機能していると感じています。

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