パソコン勉強会は受講生の方に合わせながら内容を決めて行こうと思います

ASK アクティブシニア交流会さんで開催するパソコン勉強会は、計五回の予定のうち、今月末の二回分のみ日にちが決まっていたのですが、会場の都合で次の二回分が来月早々になりそう。

そうのんびりと構えていられなくなりました。

大まかなカリキュラムとして、一日目はWindowsの基本操作や文字入力の基礎、二日目はWebブラウザの基本操作やGoogle検索の仕方、三日目はGoogleドライブおよびドキュメントとスプレッドシートの基礎、四日目はパソコンとスマホとの連携、五日目はGoogleフォトや画像編集の基礎、というところまでは決まっています。

しかし具体的に何をどういう順番でやるかはまだ考えていません。他にもやらなければならない作業があります。やばい。

というわけで、今日一日具体的に何をやるかを考えていました。

パソコン勉強会という名前なのにGoogleの比重が大きいのは、ASKの役員の方たちがGoogleドライブのアプリを使っているので、会員の方たちもGoogleに慣れて欲しいという役員の方たちの希望でもあります。

それにASKさんは、「シニアこそアクティブに活動するためにスマホを活用しよう」と何度も勉強会を開かれてきたほどスマホの活用に積極的です。

物心付いた頃の身の回りの世界を再現するには物語を作るしかありません

今日久しぶりに同世代の知人と天神で飲みました。

博多どんたくの真っ最中で、天神はとんでもない人出です。

お互いの近況などを語り合っていると、最後には年を取ったという話に落ち着きます。

元号が変わったこともあって、いつもより昔の話が多かったです。

特に印象に残ったのは、物心付いたときに白黒テレビはあったか?ということ。

私のうちにはなかったように思うのですが、彼はあったといいます。帰ってきて親に確認したらあったらしい。

インターネットで調べてみると、さすがに1960年代には普及していたようなので、うちにもあったのでしょう。

物心付く年齢って三歳くらいですかね。

その頃は記憶があるといっても断片的なもので、はっきりしたものではありません。

なので記憶が曖昧になるのはしょうがないと思うのですが、今の若いお父さん、お母さんはしょっちゅう我が子をカメラや動画に収めていますよね。

そういう意味では、今の若い人は、物心付く前の自分の行動や周りの環境を写真や動画によって知ることができるわけです。

易経と唯識の共時性の方向性の違いが少し分かりました

久しぶりに服部正明/上山春平共著「仏教の思想 4 認識と超越<唯識>」(角川文庫ソフィア文庫)を手に取って、湯浅泰雄さんの書かれた解説を読んでいたとき、次のような箇所に目が留まりました。

「アーラヤ識は個体の生死をこえて存続する超個体的な深層心理領域であるから、心理学にひきつけてみれば、ユングのいう集合的無意識や近年のトランスパーソナル(超個的)心理学のような考え方に通じるところがある。 (中略) ただし、アーラヤ識の考え方は、もっと複雑で広い内容をもっている。それは、個体の生死をこえて活動をつづけていると共に、人間ばかりでなく、すべての生命を輪廻転生させている宇宙的な生命活動の根底とも言うべきものである。表層的人間存在の中心にある「心王」は、個体の生から死に至る時間的持続に依存しているのに対して、アーラヤ識に支えられた生は、永遠にくり返す悠久な時間と活ける大自然のリズムの中にある生としてとらえられている。」

そうなんです。易経を唯識と似た興味を持って読んでいるように感じていたのですが、それが何なのか今ひとつはっきりしなかったんですね。

ユングが易経から集合的無意識のヒントを得たということと、その集合的無意識とアーラヤ識との関連性が指摘されていることは知っていたので、このあたりがポイントかなと思っていたのですが。

令和の時代は戦争も大きな災害もない平和な世の中であって欲しいです

昨日、作業も終わって寝る準備を始めながらテレビを点けたら、ほとんどのチャンネルが令和へのカウントダウンを始めていました。

何だか年末みたいだなと思って見ていたら、日付が変わる頃に渋谷のスクランブル交差点の映像が。

ものすごい人出で警察官の方がクルマの上の高い所から平静を呼びかけています。

どうなるんだろうと思っていたら、日付が変わっても特に変化なし。お祭り騒ぎというわけではなかったようです。

考えてみれば、年末にしろハロウィンにしろ、毎年行われるイベントは経験の蓄積がありますので、その経験をもとに時間をかけて準備できますが、こんなに平和に元号が変わるのは現代の人にとっては初めてのことですので、準備のしようがありません。

それでも歴史的瞬間に立ち会えてよかったなと思います。

新しい天皇陛下は私より少しお年が上ですが、いよいよ近い世代の方が即位されたんだなぁとちょっと感慨深くなりました。

新しい元号に変わるときは、毎回みんな平和な世の中であって欲しいと願うんじゃないでしょうか。平成が始まるときもそうでした。

幸い戦争は起きませんでしたが、大きな災害に見舞われました。私も平成が始まって十年くらいは、人生の中で最も激動の時代だったと思います。

新しい仕事を始めるときは一風変わったバックボーンを持っているといいと思います

あるテーマの本について複数の著者がいる場合、その人の職業や所属している団体などの違いによってテーマの切り口が違ってきます。

私も一つのテーマについて著者が違う本を数冊持っているのですが、ある方は大学院の博士課程から大学教授とずっとアカデミック畑ひとすじ、ある方はキリスト教関連の仕事と心理学者を兼任され、ある方は大学教授であり武術の師範でもあり、ある方はお坊さんだったりします。

みなさん著書のテーマが専門なのですが、説明をする際の例え話や日常のエピソードなどはその方の肩書ならではのものです。

やっぱりあることの専門家であっても、バックボーンが違うとそれぞれの書籍が違うテーマのようにさえ感じられます。

こういうのは結構重要なことだと思っています。

昨今人生100年といわれるようになって、私もできる限り働きたいと思っていて、高齢になっても一人でできる仕事を模索しています。

しかし職業として確立されたものであれば、どんなものでもそれなりに競争率は高いですよね。○○の専門家と名乗っても需要があるものであれば特に。

そんなとき、同じ専門家であってもバックボーンが他の方たちより異色であれば、そのバックボーンに興味を持つお客さんが付くんじゃないかと思うのです。

自分の内なるネガティブな声に子供の頃の愛称で呼びかけています

数日前、ウェブメディアのライフハッカー[日本版]で「自分の内なるネガティブな声には、名前を付けてしまおう」という記事を見つけました。

ネガティブな声に名前をつけ、何かマイナスなことを考えるたびにその名前を呼ぶ。人は自分の声から自分自身を守るメカニズムは持っていないが、他者からは自分を守ることができる、ということのようです。

へぇー、面白いですね。

私はストレスが溜まってくると、必要以上に罪悪感を感じるようになったり精神的に不安定な状態になりやすいです。

そのようなときに使えるかもしれないな、と思って何度か試してみました。

しかし結果は・・・自分の場合はあまり効果はなさそうです。

自分じゃない人の名前を呼んでも、私の心が反応しないようです。う〜ん、冷めたやつだ。

それならばと、私の学生の頃のあだ名や子供の頃の愛称を使ってみました。

すると何だかいい感じで、心が冷静さを取り戻すような気がします。

何種類か試してみましたが、一番小さな頃の呼ばれ方「○○ちゃん」が一番効果がありそうな感じでした。

これはどういうことでしょうね。心理学的にすでに説明されていることじゃないかと思うんですが。

少子高齢化でますます電動自転車が増えて行くんでしょうね

世間的には昨日からゴールデンウィークです。

休み前に終わらせなきゃいけない仕事も片付いて時間ができたので、自転車屋さんにタイヤ交換に行ってきました。

近所の駅やスーパーくらいしか行かないのですが、さすがに毎日乗っていれば1、2年でツルツルになります。

お店の方がおっしゃるには、後輪のネジのネジ山が潰れかけているので、そろそろ買い替えた方がいいですよとのこと。

そうですよね。確かもう十年くらい乗っていて、何度もパンク修理しています。

このお店は二階建ての大きな自転車屋さんで商品がズラッと並んでいますので、修理してもらっている間、いくらぐらいするのか見ていました。

入り口からまっすぐ伸びた通路の向かって右側は一万円前後の普及車の列、左側は十万円くらいする電動自転車の列です。電動アシスト自転車ともいうみたいですね。

よく見かけるなと思ったら、こんなに種類が豊富だったんですね。普及車の列と同じくらいズラーっと並んでいます。

自転車に乗っていたら、たまに後ろからお年寄りや主婦の方がビュ〜ンと追い抜いて行きます。

楽にスピードが出るんだろうなぁ・・・。

書いていて気が付いたのですが、これって坂道でも平気なんですよね。

家族のように何年も一緒にいる人間関係は貴重なデータベースのように感じています

どんな家族にも、夫婦や兄弟や親子の間で口論になったり意見がかみ合わなかったりすることはあると思います。あるいは妙に意気投合することが多かったり取り入るのがうまかったり。

例えば夫婦間でよくそのようなことが起きるならば、子供はそれを見る機会は多いですよね。

私の親の世代は兄弟が多いので、何番目の兄弟は親にとても可愛がられていた、というような話も聞きます。

このような第三者の視点って、家族であれば一緒にいる時間が長いので、とても貴重な社会勉強になっているんじゃないかと思います。

何度も口論になるところを観察していれば、口論の原因をパターン化できて行くでしょうから、もし自分が当事者になったときに回避できる方法も思い付きそうです。

そういうのって多分、仕事の役に立っていますよね。

今になって思えば、私も会社でゲームのディレクションをやっていたとき、家庭で長年蓄積してきた問題をパターン化する方法を活用していたと思います。

ハイレゾにしろLPにしろ各音楽媒体が一つの音楽ジャンルのような気がしています

インターネットを見ていたら、ウォークマンがさらにゴツくなったような音楽プレーヤーが目に止まりました。

何でも高性能なDACを搭載したDAPなのだとか。20万円くらいします。

DAC?DAP?・・・というわけで調べてみると、DACはD/AコンバーターでDAPはデジタルオーディオプレーヤーとのこと。なるほど。

ハイレゾ対応DAPというジャンルのオーディオ家電のようで、今流行っているようですね。

でもこういう機器の性能を活かすには、ハイレゾの音楽を購入する必要があるんですよね。

映画好きの人が、好きな映画をVHSテープで持っていたら、レーザーディスクが発売されたのでその映画をレーザーディスクで買いなおして、今度はDVDが出たので・・・今度はブルーレイが出たので・・・って切りがないのと同じみたいです。

私もLPで持っていたアルバムを結構CDでも買いなおしたんですが、SACD以降は買っていません。

さらにいえば、昨今は若い人にLPのようなアナログレコードが人気なのだとか。

最近よく思うのですが、ハイレゾ対応DAPにしろアナログレコードにしろ、それぞれが一つの音楽ジャンルなのではないかということ。

無料公衆無線LANサービスのFukuoka City Wi-Fiに無線LAN中継機を接続してみました

今日、来月開催するASKさんのパソコン勉強会の会場で会合があったので、無線LAN中継機をテストしてきました。「バッファロー WEX-733D」という機種です。

その会場は、福岡市無料公衆無線LANサービス「Fukuoka City Wi-Fi」が来ているのですが、前回同じ会場でやったGoogle勉強会のとき、受講者さんたちのWi-Fiが繋がったと思ったらすぐ切れて、授業にならなかったんですね。

福岡市の技術担当の方に確認すると、会場のドアを閉めることによって電波が弱くなっているんじゃないかとのこと。

なので冒頭の無線LAN中継機を買ったのでした。

しかしどうやってFukuoka City Wi-Fiと接続するんだろう。やり方のイメージが湧きません。技術担当の方はパスワードはないのでそのまま接続できるでしょう、とおっしゃるのですが・・・。

昨日は自宅でWiMAXと中継機をWPS接続しておいたので、今日は会場でパソコンをFukuoka City Wi-Fiに接続してから、会場のスタッフの方に接続の仕方をご存知ないか聞いてみました。

すると「中継機にWi-Fiが来ているLANケーブルを挿せばいいですよ」とのこと。

あら、それでいいんですか・・・。

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