読書について

小さな頃からの悪い癖で必要な本以外に目移りばかりしてしまいます

今日も作業の合間にすきま読書をしていました。

そして読み始めると面白い。

先日ブログに書いたように、自分のやりたいライフワークに関連する本なので当然なのですが。

つい著者が出している他の本で面白そうなのはないか、Amazonで調べ始める始末。

これは私の小さな頃からの悪い癖で、受験のときも同じことをして失敗してしまいました。

成績がよくないのにいろいろな参考書に手を出して、結局はほとんど身に付かない。

他の参考書の評価が気になったり、今の参考書だけじゃ足りないんじゃないかと不安になったりするんですね。

受験の雑誌だったか、厳しそうな予備校講師の方の写真とともに、「成績の悪いやつに限って参考書を渡り歩く。一つの参考書に集中しろ。」みたいな叱咤激励の言葉が書かれていました。

まさに図星でそのときは反省したのですが、しばらくするとまたもとに戻ってしまいました。

成長していませんね。何とかしなければ。

というわけで、もう少し具体的にスケジュールを出してみようと思います。

ここ数日話題にしているライフワークのためのWebサイトについてです。来年いっぱいかけて内容を一通り完成させましょう。

夢中になって面白がっていたことをもっと喜んでみようと思います

先日ブログに、A4用紙にして三百数十枚の重要な資料をもらったので、スキャンしてデータ化し、PDFに変換作業をしていることを書きました。

変換し終わったので今日はそれを読んでいたのですが、とても面白い。時間が経つのも忘れていました。

このような経験をしたときたまに思うのですが、よく「人生を謳歌する」っていいますよね、そのような感覚が分からない。

人生を謳歌している人のイメージって、例えばイタリアやブラジルのサッカー大好きおじさんって感じですかね。

子供の頃から地元のサッカーチームのファンで、仲間と応援するのが人生の一部になっているような人。

今日は資料を夢中で読んでいたのですが、「人生は楽しい!」という気持ちではない。

昔パニック障害になったことを何度か書いていますが、今日のような経験をしたあとでも楽しい気分になれないことと、何か関係があるのかなと思います。

それこそ人生を謳歌する人と、大きな認知の違いがあるのでしょう。

認知療法のことはよく知らないのですが、自分の中のいろいろな資質が影響しあって性格を形作っているので、認知の歪みということでもないのでしょうから、そう変に思うことはないのかもしれません。

本ではなくてA4用紙で読み物を手にしたのは初めてなので試行錯誤が続きそうです

A4用紙にして三百数十枚の重要な資料をもらったので、スキャンして画像化し、Googleスライドでデータ化したA4用紙資料の画像を並べていました。

数日前ブログに、「iPadやAndroidにもGoogleスライドアプリはあるので読める」と書いたのですが、このA4用紙資料は小さな文字で、横書きで書かれているところが多いので、実際にAndroidタブレットとiPadで確認したところ、ほとんど読めないということが分かりました。

そこで昔買った11.6型のWindowsタブレットを引っ張り出してきて、GoogleスライドからPDFに落としたものを少し拡大して表示させたところ、何とか読めます。よかった。

A4用紙に小さな文字でびっしりと書かれた文章を、iPadの9.7インチで読むのは少し小さすぎるんですね。

このWindowsタブレットはメモリが2MBしかないので、複数のソフトを動かすのはちょっときついですが、このA4資料の閲覧専用にすればまだまだ使えます。

だたもう一つ問題があって、バッテリーがあまり持ちません。なので外出するとき心配です。

それならば最初からA4用紙資料を持ち歩けばよさそうですが、三百数十枚あるので重いしかさばるんですよね。

社会生活における利益の大きさは本が一番なのではないかと思います

昨日から、夕食の買い出しのついでに近くのBOOKOFFに本を売りに行っています。

ほとんどがビジネス書ということもあり、それなりの買い取り値ですが、昔は廃棄していたことを考えるとありがたいと思います。読みたい人のところにも行くわけですし。

私はブランド品は持っていないのですが、テレビでよく売っている人を見ますよね。

人気で希少品の腕時計やバッグなどに、ビックリするほど高い値が付いています。

一番ビックリするのはバイオリンのストラディバリウスでしょうか。平気で億の値が付いています。

それらのものに比べると、本というのはかわいいものだと思います。

中古のものを買うにしても、BOOKOFFに行けば驚くほど安いものがたくさん並んでいます。

しかし一方で、本で有益な情報を見つけて、それをもとにビジネスで成功したとすれば、成功した分の価値があったということです。

億の利益を上げたとすると、その本は億の価値があったと。

その同じ本が、別の人にとっては価値がなくて、BOOKOFFで何十円で買い取ってもらったりします。

このように本の特徴といえば情報や知識を得ること。そしてその得たものが、その人の社会生活における利益になります。

正法眼蔵を学び始めたら一生を費やしてしまいそうなのでやるべき仕事に戻ります

注文していた山田史生著「絶望しそうになったら道元を読め!『正法眼蔵』の「現成公案」だけを熟読する」(光文社)が届いたので、少し目を通してみました。

先日ブログに書いたように、マインドフルネスストレス低減法のジョン・カバット・ジンさんが曹洞宗の開祖、道元さんに影響を受けたと聞いて、岡野守也さんの「道元のコスモロジー―『正法眼蔵』の核心」(大法輪閣)を読んでいます。

道元さんに興味を持っていたところ、正法眼蔵の中でも現成公案という巻が特に重要だと聞いたので、新書なら気軽に読めると思って注文したのです。

がしかし、何だか難しいぞ・・・。

存在論の思索が続き、ハイデガーが引き合いに出されたりしています。

どうしよう・・・。現成公案は人気があるらしく、何冊か解説書も出ています。

この新書の理解を助けるために、別の解説書を読んでみようかと思ったのですが、あまり正法眼蔵にばかり時間を使うのはマズイかなと思い直しました。

今優先すべきは、自分に効果があると思ったものに時間を使うこと。

自分の場合はティク・ナット・ハンさんのマインドフルネスであって、正法眼蔵の解説を読んでいるのは、ジョン・カバット・ジンさんのマインドフルネスは道元さんの影響を受けていると聞いたからです。

将来やりたいことがそのままお布施になるかもしれないので嬉しくなりました

先日ブログに、マインドフルネスの普及活動を行っている禅僧のティク・ナット・ハンさんのことを書きました。

この方の思想の土台が唯識にあるということを知って、俄然この方に興味を持ったんですね。この方の本を読んでみようと思っています。

それに先立ち、竹村牧男さんの「知の体系 迷いを超える唯識のメカニズム」(佼成出版社)を再度読み直しています。

この本は、唯識の全体像を分かりやすく解説されているのですが、他の入門書と違うのは、専門用語を省略することなく丁寧に説明してくれているんですね。

そのことがあとがきに書かれています。

「唯識には、確かにむずかしい面がある。その一つの大きな要因として、唯識は全体を通じて述語によって構成されているということがあろう。要は、言葉がむずかしいのである。本来、そのむずかしい術語を一つ一つ修得していくことによってこそ、唯識は了解しうる。このことに留意し、私は本書において、それぞれの術語についてなるべく詳しく解説し、また唯識のものの見方・考え方の基本についてていねいに説明するよう心がけてみた。」

この歳でまだ面白いと思えるジャンルが見つかるのはありがたいことだと思います

民俗学者の吉野裕子さんの本や、河合隼雄さんとユングが心理療法について書いた本を読んでいます。

吉野裕子さんは、日本の民俗で明らかにされていなかったことを、陰陽五行や易を使って紐解いて行くという独自の研究スタイルをお持ちです。

今日読んでいたのは全集(人文書院)の第8巻、「山の神」。原始信仰で人間の祖霊は蛇神であるとの説を展開されています。

その中で、例えば福井県大飯(おおい)郡大島村にある「ニソの杜(もり)」という聖域について書かれている箇所。

謎とされている「ニソ」について次のように推測されています。

那智田楽に北斗七星が「四三(しそ)の星」と唱われていることに対応して、「ニソ」は「二三(にそ)」、つまり「五」の「五黄土気」を意味するのではないか。

陰陽五行では人間は「土気」に分類されるので、ニソの杜は土気の杜として「人祖の杜」となる。五行と原始信仰の習合であろうと結論付けられています。

面白いですね。

「陰陽五行と日本の民俗」(人文書院)という代表作を読んでみたらあまりに面白くて、全集を何冊か買い求めることになりました。

もともと民俗学は好きで、易や陰陽五行も好きで学んでいますので、面白くないわけがないですよね。

すごく面白いと思えるジャンルが見つかれば仕事に結び付けるといいと思います

以前、河合隼雄さんの「カウンセリングの実際」(岩波現代文庫)を読んで、あまりに面白かったのですぐ読み終えてしまったという話をしました。

そのときは、他に河合さんのカウンセリングについての本が数冊あるので買ってみようと思ったけれど、人の心のような答えの出ないものは唯識仏教や易経からヒントを貰っているので、あれこれ手を出さずにそれらを学ぶことを続けて行こうと思ったことも書きました。

しかしその日以降、将来やりたいことを整理しているうちに、カウンセリングそのものよりも、カウンセリングの目的というものがやりたいことに関係していることが分かりました。

なのでそれを理解するために、そのとき保留していた河合さんの「〈心理療法〉コレクション」(岩波現代文庫)のなかの「心理療法序説」と「心理療法入門」を注文したんですね。

今日ほんの数ページずつ読んでみたのですが、やっぱりすごく面白い。

この「すごく面白い」と思える本のジャンルがあることは重要で、そのジャンルとやりたいことが一致すれば、やりたいことが上手く行く可能性はそれなりにあるのではないかと思います。

本は面白そうだと思って読み始めても、すごく面白いと思えるものはそれほどありません。

自分の中にこれ以上小さな石を流し込まないようにしようと考えていました

先日、自分のライフワークのようなものが見えてきたので、そのジャンルの本を読み返したり買ったりしたいが、部屋が読まない本や使わないモノで溢れているので、処分して行きたいというお話をしました。

先日新しい本を数冊買ったので、本棚を空けるため読まない本を探そうとしたのですが、もう読みそうにない本ばかりあります。

十年、二十年前に買ったビジネス書や小説などは、そのときはぜひ読みたいと思ったのでしょうが、今となってはもう興味のないものが多いです。

三十代に入って体を壊して以来、それまでの生活を反省して、今後のヒントになりそうな本を片っ端から探していたことがよく分かります。

そんなことを考えているうちにふと思い出したのが、大学の教授が学生たちの前で石の入った壺を見せるという有名な話。インターネットでよく見かけます。

もう入らないと思っている学生たちの前で、その隙間に小さな石を入れ、さらにその隙間に砂を入れ、最後に水を入れる。

学生たちが「努力をすれば、予定を詰め込むことができるという教訓では」と考えていると、教授は「大きな石を先に入れなければ、二度とそれが入る余地はなくなる」といったという話。

「大きな石とは、君たちにとっていちばん大事なものだ」と。

吉野裕子さんの本の影響で田んぼの案山子を見たら蛇の神様を意識しそうです

今日、「吉野裕子全集 第6巻」(人文書院)の「陰陽五行と童児祭祀」を読んでいました。

「第四章 制水呪術と童児」の「三 古座河内祭の上臈」に、「蛇神としての河内神は祖霊神であると同時に、年穀保証の穀物神である。」とあります。

その説明の中に、「一本足の案山子は、手足のない蛇の造型。」という記述が。

本当ですか。

以前どこかで、案山子は世の中のことを何でも知っている神様だという話を読んだことがあるのですが、蛇の神様だとは知りませんでした。

ここ数年、お米の収穫の時期に田んぼに立っている案山子を見ると、神様を意識するようになっていたのですが、今後は蛇の神様に見えてくるかもしれません。

吉野さんは蛇についての本も書かれていたことを思い出したので調べてみると、講談社学術文庫に「蛇」と「山の神」というタイトルの本がありました。

「読書メーター」というWebサイトを見てみると、どちらの本も読んだ人の感想がズラッと並んでいます。

中には論理が飛躍しすぎとか、陰陽五行や易のことをよく知らないので理解できないところがある、などの感想がちらほら。