読書について

AIが身近になってSF小説を読んでいないことに気付きました

先日、AIのアルファ碁が、世界最強とされる中国人棋士の方に三連勝して話題になりました。

私も昔、入門書を買ったりして囲碁をかじったことがあるのですが、才能がないと思ってすぐにあきらめました。

囲碁を覚えたら老人になっても楽しめる趣味になる、と妙な動機で始めたのですが、将棋と違って囲碁は升目もたくさんあって、碁石をどこに置いていいものやら、私には楽しめるようになっている自分を想像できませんでした。

もちろん、上手い人たちのレベルになると、囲碁も将棋も奥深さや難しさは同じだと思います。

コンピューターで囲碁の対戦プログラムを作るというのは、すごいアルゴリズムだろうなと感心してしまいます。

私の子供の頃を思い出すと、大阪万博には未来の生活をイメージしたパビリオンがあったり、テレビにはSFのドラマやアニメが溢れていましたので、子供ながらに21世紀は宇宙旅行ができるとか、家にはロボットの家政婦さんがいるなど、当然のように信じていました。

現実は全くそんなことはありませんでしたが。

とはいうものの、前述のアルファ碁を初め、ここ数年AIが急に身近になってきたように感じます。

自分なりの読み方があれば膨大な本を前にしても気が楽です

ここ2、3日、本の読み方について書いていますが、なぜこんなことを思ったかというと、作家の橘玲さんが、自著「「読まなくてもいい本」の読書案内」をホームページで紹介されていたのがきっかけです。

以前から、雑誌やインターネットで著名人のオススメ本があると、ついチェックしていましたが、きりがないなと思っていました。

橘玲さんのホームページには、1年間に出版される本の数や、現在確認されている本の数などの衝撃的な数字と共に、独自の読書術を提案されていました。

これほど膨大な量の本を前にしたら、自分の一生で読めるものは、ほんのわずかしかありません。

自分なりに読み方を考えてみよう、と思うようになりました。

私は多読家でもありませんし、読むのも遅いので、死ぬまでに多くの本は読めないです。

年を取ると、自分の好みに合う古典ならば読めるようになりましたので、経済、科学、哲学(難しいのは除外)など、メジャーなジャンルにつき数冊でいいので、有名な古典を読んでみる。

ある程度のジャンルを網羅できたら、今度は自分が好きなテーマに関する古典を読んで行く。

これで一生を終える。

そんな感じかなぁ、と考えました。

自分の好みに合う古典をしばらく読んでみよう思いました

古典を読むことの効用を語る著名人は多いです。

出口治明さんなどは、思考のプロセスを追体験をすることが重要だと仰います。

確かに、出口さんが推薦されている「国富論」や「種の起源」を読んでみると(どちらもまだ一巻しか読んでいませんが・・・)、よくあの時代に、誰も発表していないことをこれほど体系的に書き表せるな、と心底驚きます。

とはいうものの、古典といっても膨大な数がありますよね。

「聖書」や「論語」など、人類の遺産のような本だけでも、かなりの数があります。

一つの考え方として、「座右の書」と形容されるように、一冊を繰り返し、自分の血肉となるくらい読み込むことが大事だという方がいますね。

一方で、複眼的なものの見方を養うために、幅広いジャンルの本を読むことを勧める方もいます。

そして、これが一番大事なんじゃないかと思うのですが、面白くないと続きません。

私の場合は、中学生だったか高校生だったか、文学の名作くらいは読まなければと薦められて、夏目漱石の「吾輩は猫である」を買って読んでみたのですが、当然ながらすぐに挫折しました。

淡々と主人公の日常が語られるだけで、面白くもなんともない。

自分に合った読書法を考えたことがあります

数年前ですが、経営に関するビジネス書ばかりを読んでいた時期があります。

あるとき、岩松正記さんという方の「経営のやってはいけない!」という本を読んでいたら、あとがきに「経営者は、いろいろな本を読み、資料を集め、様々な会合に出ているはずだから、本書に書いてある内容がすべて初耳だなんていったら勉強不足です。」というようなことが書いてありました。

そうなんですか・・・。説得力のあることが書かれていた本なので、言葉も出ませんでした。

またあるとき、井上達也さんという方の「小さな会社の社長の戦い方」という本を読んでいたら、「私は会社を設立してから現在までに、三千冊以上の本を読んできました。」と書いてありました。

そうなんですか・・・。同じく、言葉も出ませんでした。

このようなことが続いたので、前述したようにビジネス書を集中して読んでみたんですね。

しかし読み進めるにしたがって、自分の場合は、経営に対する知識というよりも、一般常識全般が不足していると感じるようになりました。気付くのが遅すぎますが。

私は読む速度も遅いですし、多読家とはとてもいえませんが、本には触れている方だと思います。

確かに読書の効用というのは分かりますが、毎年膨大な数の本が出版されています。