このブログで何回か書いていますが、私は瞑想をすると心が落ち着きます。
瞑想といってもそんなにストイックなものではなく、ティク・ナット・ハンさんの「ブッダの〈気づき〉の瞑想」と「ブッダの〈呼吸〉の瞑想」(共に野草社)という本を参考に、「息を吸いながら○○、息を吐きながら○○」などと唱えながら呼吸をするだけです。
コロナの緊急事態宣言によって外出自粛が長引いているせいで、心が疲弊している人が増えているようなので、瞑想はいいものですというようなことを書いた記憶があります。
そんな中、今日「瞑想難民」なる言葉を知りました。
プラユキ・ナラテボーさんと魚川祐司さんの対談「悟らなくたって、いいじゃないか」(幻冬舎新書)に出てくるようで、何でも昨今の瞑想ブームのせいか、本格的な瞑想をやったが思い通りの効果が得られずに失望したり、精神状態を悪化させたりする人のことをいうらしい。
あれま、そうなんですか。無責任に瞑想を勧めてはいけないかもですね。
ちょっと心配になったので、その「悟らなくたって、いいじゃないか」という本を注文しました。
自分の場合瞑想を始めたのは、ずいぶん昔に坐禅の入門書を買ってやってみたのが最初です。
そのときは結構落ち着くかもしれないと思いつつも、続けることなく終わりました。
数年前に瞑想の入門書を買って、ほんの数分間ずつであれば・・・と効果については半信半疑で続けていたのですが、最近自分に合ったティク・ナット・ハンさんの方法を見つけたという次第です。
そういう意味では、合う合わないは本当に人それぞれみたいですし、中には危険なくらいはまりすぎてしまう人もいるかもしれないですね。
なので「悟らなくたって、いいじゃないか」をちゃんと読んで考えてみたいと思います。