「愛読書」というものは50代にもなれば見つかるのかもしれません

ずいぶん前ですが、このブログで自分の好きなテーマの古典を少しずつ読んで行きたいと思ったことを書きました。

そのとき書いたのは、雑誌やインターネットでオススメの本を見るとつい買ってしまって、読んではみるのですが、そんなに面白いと思える本には出会ったことはないということ。

本を読む速度は速くないので、このような読み方をしていたら人がすすめる本だけで一生が終わってしまいます。

というわけで「好きなテーマの古典を・・・」というお話だったのです。

「愛読書」とか「座右の書」などといえる本があれば、そんなことを思う必要はないのですが、自分はそんな本には巡り会えないだろうとどこかであきらめていたんですね。

ところが一年ほど前から、寝る前にほとんど毎日「易経」の解説書や、仏教の深層心理学といわれている唯識の解説書を読んでいます。

易経は本田濟著「易」(朝日選書)の他、計三冊、唯識は太田久紀著「凡夫が凡夫に呼びかける唯識」(大法輪閣)という本です。

特に唯識の本はこれまでに何冊か読んではみたものの、どれも難しくてあまり理解できなかったのですが、この本は唯識の考え方を普段の生活の中から例を挙げて説明しているのでよく理解できます。

これが「愛読書」とか「座右の書」といえるかどうかは分かりませんが、自分の基準では少なくとも愛読しているレベルだと思います。ここ数ヶ月、これ以外の本はほとんど読んでいませんから。

易経や唯識というテーマは何年も前から興味はあったのですが、やっぱり面白いと思える本に出会わなければ読み続けることはできないのではないでしょうか。

もし若い方で「愛読書」なんて見つかるのか?と疑問に思う方がいらっしゃるかもしれませんが、50代半ばで見つかったおじさんもいるのですから、気長にいろいろな本を楽しめばいいのではないかと思います。