中央に対抗するような意識はあまりないようです

昨日は、来るもの拒まずのお話をしましたが、去るもの追わずということもいえると思います。

何となく、という感じで上京する高校の同級生は多かったです。私はもう少し目的がありましたが。

福岡出身の芸能人が多いのもそのせいかなと思います。

私の周りだけかもしれませんが、プロ野球のライオンズが所沢に移ったときも、ほとんど話題になっていませんでした。

出て行くのもあまりこだわりがない。

その当時から、熱しやすく冷めやすい県民性、といわれていたように記憶しています。

中年になってから、綱野善彦さんや井沢元彦さんの日本史に関する本を読むようになりました。

読んでいて感じたのですが、鎌倉幕府から武士が台頭してきて、足利尊氏が室町幕府を設立したり、朝廷が南北に分かれて争ったり、戦国時代よりも前は、歴史は近畿と関東、東北を中心に回りますよね。

当然、一方の地域に住む人たちは、他方の地域を意識していたんじゃないでしょうか。

九州に住む人たちは、近畿を意識していたのかといえば、それはなかったんじゃないかと思うんです。

南北朝時代に後醍醐天皇の皇子である懐良親王が、大宰府を占拠して、一時期、九州で南朝の勢力を拡大させました。

九州の人は懐良親王の話をしているかといえば、少なくとも私の周りではあまり話題には上りません。

どちらかといえば、位置的に近い大陸の方に目が向いていたんじゃないかと思っています。