人の興味というのは基本的には変わらないのかもしれません

意思の力でストイックに仕事だけを続けていても、いつかは心がそれについて行けなくなるようです。

私の場合は、ある日電車に乗っていて、パニック障害という発作が起きてそのことを理解しました。

仕事をセーブして療養しているときに、心もケアしなければということに気が付いて、自分が昔好きだったことを思い出そうとしたことを昨日書きました。

「ロシア・アヴァンギャルド」は、ストイックな生活を始める前に買ったのか、療養中に買ったのか忘れましたが、「音楽のヨーロッパ史」を買ったのは療養中でした。

音楽は子供の頃から好きでしたが、大学生から社会人にかけて、ワールドミュージックや古楽など、ポピュラーミュージック以外にも興味を持っていたことを思い出したんですね。

以前、「古代ギリシャの音楽」というCDが少し話題になったことがあるのですが、そのような音楽に興味がある人には、「音楽のヨーロッパ史」は好奇心を満たしてくれると思います。

美術館に行ったり、美術の本をたまに買ったりしだしたのは、大学生の頃からなのですが、知識は増やしたいと思っていましたので、「ロシア・アヴァンギャルド」を買ったのだと思います。

しかしウツ状態だったこの時期、内容が難しすぎて撃沈したのを思い出しました。読んでも頭に入らなかった。

なぜ積読本になってしまったのか、これが理由でした。

ですので、もう回復したかなと思ったとき、やさしく読めそうな「日本の絵画50」を買ったんですね。

しかし、それも積読本になってしまった・・・。

これから仕事を何とかしなければと考えていた時期で、美術の本を読む気が起きなかったのだと思います。

当然ですが、積読本は買った当時は「読みたい」と思って買ったということ、そしてそのことを忘れて何年経っても、読んでみたら「面白い」ということを確認しました。

今回、なぜ積読本になってしまうのか考えてみて、人の興味というのいうのは、何年たっても変わらないなと感じました。