仏教や易経の本に自分の心が見透かされてしまったような日でした

相変わらず暑い日が続いています。

私もうんざりしていますが、高齢の親もエアコンのある部屋にいるとはいえ、かなり参っています。

ここ数日、開発の仕事を受注するために仕様や見積もりを作成していて、ある程度ストレスも溜まっていたせいか、クーラーの温度調節のことなど、ちょっとしたことでイラッとしたりします。

まあ、どこの家庭でもよくあることだと思います。

最近イライラしていてよくないなぁと思い立って、少しずつ読み進めている本があるのですが、たまたま今日読んだ箇所に、ちょっと反省させられることが書いてありました。

一冊目は太田久紀著「凡夫が凡夫に呼びかける唯識」(大法輪閣)という、唯識仏教を解説している本です。

以前にも書きましたが、唯識は仏教の深層心理学ともいわれていて、圧巻は「善」や「煩悩」というジャンルごとに、心の働きを五十一種類に分けて詳細に説明しているところです。

その「善」の中の「行捨(ぎょうしゃ)」と「不害」を説明する箇所。

前者は自分の好き嫌いで善悪を決めてはならない、後者は相手を傷つけてはならない、善を押しつけてはならない、とあります。

ああ、これはさっきの親とのやり取りのことじゃないかとドキッとしました。

二冊目は易経。これもたびたびこのブログでご紹介しています。

今日読んでいて目に止まったのは「山風蠱(さんぷうこ)」の二爻(こう)。

母の誤りを見つけても正してはならない。親子の恩愛を傷つけぬようおだやかにふるまうように、とあります。

何だか易占いをしたら当てられてしまったようで、ちょっと驚いてしまいました。