例え期間限定の環境であっても夢のある状態でいられて幸せです

昨日はRaspberry Piにパソコンの黎明期のようなワクワク感を感じるというお話をしました。

人によって黎明期の捉え方は違うでしょうが、私の場合はNEC PC-8801や富士通FM-7といった製品の時代でしょうか。

大学生のときゲーム開発会社でアルバイトをし始めた頃です。

マンションの一室で、社員の方やプログラマーさん、アルバイトの人たちが、自分のできることをやりながら製品を作っていたんですね。

ゲームのグラフィックを描くのもパッケージに入れる解説書を書くのも、プロのデザイナーさんやライターさんではなかったと思います。

私はFM音源を扱えるということで入ったのですが、最初からSE制作を任されていました。

ごく少人数で一つの製品を作っている時代で、今思えばとても楽しかったです。

現在のパソコンはものすごく高機能で、それを必要とする人はそんなに多くはないように思います。なので、以前よりスマホやタブレットで十分という議論があるのでしょう。

私は作る方の立場で考えてしまうので、パソコンは残って欲しいとは思いますが、残るとしても今のような高機能のものは一部の人だけのものになるのではないでしょうか。

もしRaspberry Piにワクワク感を感じる人がいるとしても、どこに感じるかは人それぞれで、私とは違うところだろうと思います。

今回Raspberry Piを使いながら考えたのは、私がワクワクを感じるのは期間限定の環境だということ。

あるハードが普及して行く際、まだソフトを供給する人が少なくて、アイデアや作業の多くが個人の手に委ねられている状態。

例えソフトを供給することができなくても、こういう環境に参加しているということだけで、夢のある状態でいられるような気がします。