必要な分を買って注ぎ足すというアナログな行為はほとんど見かけなくなりました

以前石油ストーブが好きだということを書きましたが、先程自室の石油ストーブの灯油が残り少ないのを発見。灯油缶は外にあって、寒いし暗いし面倒なのでそのままにしています。

最近は夜更かししているので灯油が持つかな。

家族は自室にエアコンを入れて、私の心配をよそに平然としています。

こういうとき昭和の製品という感じがしますね。

毎週灯油の販売に回ってくる業者さんから買わなきゃならないし、なくなりかけたら灯油を外に入れに行かなければならないし。

それでも好きなんですよね。

今インターネットで調べてみたら、石油ストーブ好きの方は結構いらっしゃるようです。

やっぱり人が焚き火に引き寄せられるように、炎には人間の本能を安心させるものがあるのでしょう。・・・私だけですか。

そういえばクルマもガソリンを入れるじゃないですか。

燃料がなくなりかけたらガソリンスタンドに入れに行く。

昔クルマを持っていたときガス欠で動かなくなったことがあって、近くのガソリンスタンドに歩いて行って店員さんに事情を説明していたら、私と同じようにおばさんがガス欠で歩いてきたことがありました。

ガス欠になる人、結構いるのかなと驚いたものです。

近所に停まっている日産リーフはコンセントをつないでよく自宅充電していますが、将来はクルマもこうなるのでしょうか。

私が子供の頃は、商店街などに味噌樽が並んでいて量り売りで買っていました。

近所のおじさんは自分の子供に空瓶を持たせ、酒屋さんで日本酒を量り売りで買っていました。

なくなりかけたら必要な分を注ぎ足すというアナログな行為は、日常生活でほとんど見かけなくなりました。

ここでも人間的な行為の一つがなくなるようで、ちょっとさみしいような気がしています。