通勤時間帯に空いているバスを見て軽い衝撃を受けるのはトラウマのせいだと気づきました

夕方近所のスーパーに夕食の買い出しに行くのですが、国道に面しているのでよくバスを見かけます。

私が学生の頃は地下鉄も通っていなくて、中心街に出るための交通機関はこのバスしかありませんでした。

この通りのバスは利用者が多いことでも有名で、ブログでも何度か書きましたが、学生街や福岡ドーム、福岡タワーが周辺にある西新という街を経由して天神に至る路線なんですね。

通勤、通学の時間帯になると、渋滞でバスは動かないは乗客は満員でギュウギュウ詰めだはで、いつも大変な思いをしていました。

西新駅よりも前のバス停で降りて歩いたことが何度もあります。

そんな路線のバスが、今は乗客が少なくてスカスカなんですね。

その光景を見るたびに軽い衝撃を受けます。

交通量は相変わらず多いので、より一層乗客の少ないのが目立ちます。

しかし、なぜバスを見るたびに軽い衝撃を受けるんだろうとふと考えたんですが、多分トラウマのようになっているんじゃないかと思い当たりました。

思い返してみると、人の入る隙間のないくらい混んでいる車内で、渋滞でバスが全く動かずにしばらく停止していることはしょっちゅうでした。

東京で、立っていて体が浮くくらい混んだ電車も経験したのですが、それでも電車は動いているので、何駅か通過すれば人が降りてくれるという希望がありました。

それに対して、渋滞で進まないので、バスの運転手さんが諦めてエンジンを切ったときの車内の静寂もまた嫌なものでした。

以前にも書きましたが、昔会社で同僚とシムシティで遊んでいたとき、二人とも渋滞は嫌いだということで道路を作らずに線路ばかり敷いていたのも、そのトラウマが影響していたんじゃないかと思います。

こんなことを書いてしまうほど、通勤時間帯に空いているバスを見て、いつも軽い衝撃を受けているのです。