パソコンと想像力

ビデオ編集の世界も大きな変化を迎えていたのだと思います

私はある時期、ビデオ映像の編集の仕事をしていたことがあります。

福岡の文化遺産的な催しを映像に残すというプロジェクトがあって、カメラマンの方が撮影してきたデジタルビデオテープをハードディスクに取り込んで、AppleのFinal Cut Proを使って編集するという作業をやっていました。

私はそのプロジェクトの違うチームで仕事をしていたのですが、Macを使ったことがあるということで、途中から映像編集チームに加わりました。

ビデオ編集などやったことはありませんでしたが、コンピューターを使った映像編集は、スタッフの皆さんアマチュアのようでしたし、それほど複雑な編集はありませんでしたので、ほどなく慣れました。

フレームの考え方はAdobeのFlashと同じでしたし、オーディオデータはMark of the UnicornのPerformerやNotator Logicで切ったり貼ったりしていましたので、このような経験も活かすことができたのだと思います。

催しの中には、楽器の演奏などで鋭く音量の上がる部分があり、皆さん波形を直接マウスで下げるなどして苦労されているようでしたので、デジタルエフェクトのコンプレッサーの使い方をお教えしたりしました。

オフィスの仕事や印刷屋さんの仕事が最初に激変したように思います

先日も書きましたが、私は大学の卒論を手書きで清書するのが面倒なので、ローンを組んでNEC-9801を買いました。

その結果、内容は手書きでもワープロでも酷いことには変わりありませんが、時間は大幅に短縮できたと思っています。

同じ目的でパソコンを買っていた同級生はあまりいなかったと思いますが、会社に入ったときからパソコンのワープロで資料を書いていたように記憶していますから、オフィスでは普通に使われていたのだと思います。

ゲームを開発していた部署なので、IT機器の導入は早い方だとは思いますが。

しかし当時、会社に出入りしていたデザイナーさんや印刷屋さんは、ゲームのパッケージやマニュアルを版下や青焼きで持ってきていました。

まだMacの時代ではなかったんですね。

カラーは色見本を見ながら確認するのですが、思っていた色と違っていたり、版ズレを起こしていてやりなおしになると、費用がかさむので、課長がよく怒っていたものです。

私が独立して、知り合いのデザイナーさんの事務所に席を借りたのが1996年くらいですが、その頃になると、彼らは普通にMacを使っていました。

パソコンを続けているもう一つの動機は想像力を発揮できるからです

以前、パソコンを続けているのは、潜在意識と想像力という、二つの興味を満足させてくれるからではないかと書きました。

想像力が豊かなのは、アイデアを出すときなどは便利なのですが、不安神経症の原因の一つではあると思っています。

あることないことを妄想するんですね。

パニック障害で治療している人が、また発作が起きたらどうしようというように、起きてもいないことを恐れて、症状を悪化させるような強い不安感を予期不安といいます。

パニック障害とはまだ無縁の子供の頃から、このような感覚は持っていましたので、ストレスには気をつける生活をする必要があったのですね。

想像力豊かという才能は、優れたアイデアを思いついたとして、それをじっくりと温めたり磨いたりして、大きな成果に繋げることができるならば、持っている価値はあると思います。

私の場合は、あるアイデアを思いついたら、すぐにやり始める。そのうちに別のアイデアを思い付いたら、さっきまでやっていたことは放っておいて、また次のことをやり始める。

子供であれば、通知表に「落ち着きがないのでじっくりと取り組みましょう」と書かれてしまいそうな想像力の使い方で、とても褒められたものではありません。