地元の食べ物は大人になってから意識するように思います

私の実家は、福岡の中心部から外れていたせいか、子供の頃にモツ鍋なんて見たこともなかったように思います。

しかし子供の頃の食卓には、モツは出てきていました。

味噌味でニラと和えた煮物だったような・・・。記憶が定かではありません。

明太子も今のように高級品ではなく、近所で売っていて気が向いたら焼いて食べるような、もっと庶民的な食べ物だったような気がします。あれは明太子じゃなかったのかな・・・。

ラーメンも、昔はすごく臭かったのですが、今はそんな臭いのするラーメンはほとんどありませんよね。

今も営業している「赤のれん」というラーメン屋さんが、大丸の地下にあったとき、豚骨というかホルモンのような、ドロッとしたスープだったんです。たまに同級生と「あれ何だったんだろうね」と話すことがあります。

昔から身近にあって誰も注目しなかったのに、海外で有名になったとたん注目を集めるものってありますよね。

地元の食べ物はそんな感じなんじゃないかと思います。

モツ鍋も明太子もラーメンも、そういえば昔からあったけれど、子供の頃は何も考えずに食べていたというような。

最近博多うどんが注目されつつあるような気がします

今日、福岡ローカルのテレビ番組で、中川家の礼二さんと友近さんが博多うどんを食べていました。ラーメンだとメジャーすぎるのでしょう。

タモリさんが宣伝してくれるおかげなのか、少しずつ知られてきているように思います。

以前、「博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか」という本があることを知り、そういえばそうだな、と妙に納得したものです。

明太子もラーメンもモツ鍋も東京で流行りましたが、私が東京にいたときは、博多うどんは見かけなかったです。

そしてタモリさんがいうように、うどんの麺は柔らかいです。不思議ですよね。ラーメンを注文するときは平気で「バリカタ」っていうのに。

私には腰のある讃岐うどんの方がインパクトありました。

何年か前に、地下鉄賀茂駅の入り口近くに丸亀製麺ができたときは、「こんな田舎に?」と驚きましたし、やっぱり讃岐うどんは全国区だと感心しました。

しかし私が子供の頃は、博多ラーメンの麺もそんなに硬さにこだわらなかった記憶があります。

中学校の通学路にラーメン屋さんがあって、いつもお腹をすかせていたので、帰宅途中に食べていました。

一杯200円だったかな?替え玉は50円だったと思います。

本が翻訳されるときは読む人の国の文化などに影響されます

欧米などキリスト教圏の国の人が書いた本で、もしキリスト教にまつわる箇所があったなら、キリスト教徒ではない日本人に、その国の人と同じ感覚は持てないと思います。

その反対に、日頃まったく宗教に関心のない日本人が、お正月に神社でおみくじを引いたときや、親戚の法事で仏壇に手を合わせているときに、私たちがどのような感覚でいるか、キリスト教圏の人たちにはちょっと想像もつかないんじゃないでしょうか。

なぜこんなことを思ったかというと、以前、玄侑宗久さんの「NHK 100分de名著ブックス 荘子」を読んでいて、仏教が中国に入ったときのお話が印象深かったからなんです。

中国語に最初に翻訳される際に、例えば「般若心教」の「空」は、老荘の「無」になぞらえて解釈されたそうです。

後年、インド人を父に持つ鳩摩羅什が、多くの経典の漢訳をやりなおすことになるのですが、その国に存在しない概念を説明するときに、既に存在するものに置き換えて翻訳するというのは、布教という使命を帯びていた翻訳者にとっては、しかたのないことかなと思います。

中国で老荘思想への関心が高まるにつれて、仏教も広まって行ったとありますから、最初の漢訳も、普及という意味では、その役目を果たしたといえるのではないでしょうか。

日本語の思考と外国語の思考

以前、「ここたまサポートひろば」をApple Developerに提出して審査待ちをしているとき、リジェクト(審査に落ちること)がかかりました。

原因は、アプリのプログラム部分ではなく、アプリ内容の説明に不備があったことが判明したのですが、ある企業様への導入も決まっていたものですから、リジェクトがかかったときは焦りました。

最初にAppleの日本語サポートに尋ねてみると、審査しているのは違う部署なので、そちらに直接聞いて欲しいということでした。当然英語で・・・。

ヒーヒーいいながら英文のメールでやり取りして、やっと原因がわかったのですが、こちらの伝えたいことが正確に伝わらなかったり、先方の英文フレーズの意味が分からなかったりで、何度もやり取りする羽目になりました。

同じことを説明するにしても、英語と日本語では言い回しが異なってくるんですよね。

このようなやり取りもあると予想して、数年前から英文に触れるようになってから、そのことを実感しています。

触れるといっても一日5分、10分程度ですので、私のつたない英語力では、数語ごとに辞書を引き引き、ほんの数行進む程度。

10年後に、今よりまともに読めさえすればいいくらいに考えています。

自分なりの読み方があれば膨大な本を前にしても気が楽です

ここ2、3日、本の読み方について書いていますが、なぜこんなことを思ったかというと、作家の橘玲さんが、自著「「読まなくてもいい本」の読書案内」をホームページで紹介されていたのがきっかけです。

以前から、雑誌やインターネットで著名人のオススメ本があると、ついチェックしていましたが、きりがないなと思っていました。

橘玲さんのホームページには、1年間に出版される本の数や、現在確認されている本の数などの衝撃的な数字と共に、独自の読書術を提案されていました。

これほど膨大な量の本を前にしたら、自分の一生で読めるものは、ほんのわずかしかありません。

自分なりに読み方を考えてみよう、と思うようになりました。

私は多読家でもありませんし、読むのも遅いので、死ぬまでに多くの本は読めないです。

年を取ると、自分の好みに合う古典ならば読めるようになりましたので、経済、科学、哲学(難しいのは除外)など、メジャーなジャンルにつき数冊でいいので、有名な古典を読んでみる。

ある程度のジャンルを網羅できたら、今度は自分が好きなテーマに関する古典を読んで行く。

これで一生を終える。

そんな感じかなぁ、と考えました。

自分の好みに合う古典をしばらく読んでみよう思いました

古典を読むことの効用を語る著名人は多いです。

出口治明さんなどは、思考のプロセスを追体験をすることが重要だと仰います。

確かに、出口さんが推薦されている「国富論」や「種の起源」を読んでみると(どちらもまだ一巻しか読んでいませんが・・・)、よくあの時代に、誰も発表していないことをこれほど体系的に書き表せるな、と心底驚きます。

とはいうものの、古典といっても膨大な数がありますよね。

「聖書」や「論語」など、人類の遺産のような本だけでも、かなりの数があります。

一つの考え方として、「座右の書」と形容されるように、一冊を繰り返し、自分の血肉となるくらい読み込むことが大事だという方がいますね。

一方で、複眼的なものの見方を養うために、幅広いジャンルの本を読むことを勧める方もいます。

そして、これが一番大事なんじゃないかと思うのですが、面白くないと続きません。

私の場合は、中学生だったか高校生だったか、文学の名作くらいは読まなければと薦められて、夏目漱石の「吾輩は猫である」を買って読んでみたのですが、当然ながらすぐに挫折しました。

淡々と主人公の日常が語られるだけで、面白くもなんともない。

自分に合った読書法を考えたことがあります

数年前ですが、経営に関するビジネス書ばかりを読んでいた時期があります。

あるとき、岩松正記さんという方の「経営のやってはいけない!」という本を読んでいたら、あとがきに「経営者は、いろいろな本を読み、資料を集め、様々な会合に出ているはずだから、本書に書いてある内容がすべて初耳だなんていったら勉強不足です。」というようなことが書いてありました。

そうなんですか・・・。説得力のあることが書かれていた本なので、言葉も出ませんでした。

またあるとき、井上達也さんという方の「小さな会社の社長の戦い方」という本を読んでいたら、「私は会社を設立してから現在までに、三千冊以上の本を読んできました。」と書いてありました。

そうなんですか・・・。同じく、言葉も出ませんでした。

このようなことが続いたので、前述したようにビジネス書を集中して読んでみたんですね。

しかし読み進めるにしたがって、自分の場合は、経営に対する知識というよりも、一般常識全般が不足していると感じるようになりました。気付くのが遅すぎますが。

私は読む速度も遅いですし、多読家とはとてもいえませんが、本には触れている方だと思います。

確かに読書の効用というのは分かりますが、毎年膨大な数の本が出版されています。

往年のスターが表紙になる洋楽雑誌というジャンルは珍しいと思います

私はクルマも好きだったので、子供の頃からたまに自動車雑誌を買っていました。

洋楽雑誌との大きな違いは、購読者数の多そうなメジャーな自動車雑誌は、昔のクルマを載せる割合が少ないということです。

自動車会社がスポンサーについていて、読者に新車を買ってもらわなければならないからでしょう。

しかしクルマの場合は、好きな人の絶対数が多いので、旧いクルマが好きな人向けに、レストア雑誌や旧車雑誌などのジャンルが存在しています。

クルマの歴史は、ガソリンが燃料のものでさえ100年以上ありますから、旧車マニアが多いとはいっても、編集者は的を絞りにくいでしょうね。

私の母の弟、叔父はちょうど団塊の世代なのですが、私が小学生の頃、「サーキットの狼」を一緒に読んでいたときのことです。

登場人物の一人、隼人ピーターソンが「ユーたちは日本の名車を知らないのかい?」みたいな台詞をいったとき、私が叔父に「何だか分かる?」と聞いたら、即座に「2000GTだろ」と答えていました。

マニアじゃない人にも憧れのクルマがあったようですから、当時のモータリゼーションの浸透はすごかったんだなと思います。

そう考えてみると、GT-RやS30型のZなんて、驚くほど旧車好きの定番でいる期間が長いです。

中学生の頃にハマっていたことを思い出しました

子供たち相手の商売の話で、私が小学生だった頃は駄菓子屋に通っていたお話をしました。

中学生になったとたん、私は洋楽にハマりました。

お小遣いも少し増えますし、親からもらった、土曜日のお昼にパンを買うお金を節約して、貯まったお金でレコードを買っていました。

何でこんなことを思い出したかというと、最近、当時聴いていたミュージシャンが亡くなるんですよね。

年末にELPのグレッグ・レイクが、先月にキング・クリムゾンのジョン・ウェットンが・・・。

デヴィッド・ボウイの回顧展もやっているので、特にそう感じるのかもしれません。

私の歳からして当たり前のことなのですが、私が学生の頃読んでいた洋楽雑誌と、今の洋楽雑誌に書いてあることの大きな違いは、昔は亡くなる人がほとんどいなかったことです。

私が聴き始めた1970年代の中頃は、ロックスターはみんな若かったのです。

ですので、レコード・コレクターズの2月号でキング・クリムゾンが特集されていたり、新しいPlayerの表紙がジェフ・ベックだったりするのを見ると、何だか不思議な気持ちになります。

ローリング・ストーンズが新譜を出したことなんて、本当に驚きですよね。

子供たちが集まるお店のようすは今も昔も変わらないようです

昔から子供たち相手の商売はありました。

私の親より上の世代でしょうが、紙芝居もそうですし、飴細工もそうですよね。

中には、子供をだまして小金を稼ぐ人もいたらしいです。

私は小学生のとき、駄菓子屋に入り浸っていた記憶があるのですが、今でも駄菓子屋はあります。

何十円か持っていれば、お菓子が買えたりゲームができたりするのですから、子供にとっては夢のような場所でした。

そこにあったゲームは、指で弾く小さなパチンコ台や、スマートボールのようなものだったと思います。

話は現代に飛ぶのですが、福岡にはアプライドというパソコンショップのチェーン店があります。

私の家の近くのショップは、自作パソコンのパーツ売り場が充実していたので、よく利用させてもらいました。

ところがあるとき、そのフロアが同人ゲームなどのゲーム売り場に改装されていたのです。

ちょっとショックを受けました。

近くのTSUTAYAも、いつの間にか、売り場の一部がゲームコーナーに改装され、子供たちがたむろしてワイワイ騒いでいます。

改装前と比べて来客数が大幅に増えました。そしてそのコーナーに大人の姿はありません。

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