45歳から新たな分野に進むのは難しい気がしてきました

以前、竹内繁樹著「量子コンピュータ 超並列計算のからくり」(ブルーバックス)を読んで、書いてある内容の半分くらい分かった気がすると書きました。

そんなこともあって、量子コンピュータ入門のお薦め本というサイトを見つけて調子に乗って、宮野健次郎、古澤明著「量子コンピュータ入門(第2版)」(日本評論社)という本を買ったのですが、読んでみて見事に撃沈してしまいました。

同じ入門書といっても、必要最低限の数式はあるけれども素人に分かるように書かれているものと、理系の学生さん向けに書かれているものの間には、明確な違いがあるんですね。

それもそのはず。この本の最終章の最後にこのように書かれています(以下、抜粋です)。

「本書を読んだ読者がその方向の研究を推し進め、IT社会の持続的発展と地球温暖化防止に貢献してくれたら、筆者冥利に尽きると思っている。」

私は数式がまったく分からないのですが、第2版が出るほど定評のある本だけあって、説明文だけ読んでも漠然と内容が分かるような気がしてくるのは、やはり良書なんだと思います。

何ヶ月もかかるでしょうが、最後まで読んでみようと思っています。

原因が分からず不具合がいつの間にかなおっているのが逆に心配です

昨日はモバイルデータ通信のWiMAXで、インターネットが一時的に繋がらなくなったお話をしました。

結局auショップに行って、店員さんに症状を見せようとしたら正常に繋がっていた、というマーフィーの法則のような終わり方をしたのでした。

プロバイダーの電話窓口の方に回線の障害について聞いても、報告されていないとのことでしたので、あの状況ではSIMカードか本体のどちらかに問題があるとしかいえなかったのでしょう。

もしかすると私のような症状はレアケースで、情報が少ないのかもしれませんね。

ルーターを落としたなど、何か思い当たることがあればその2パターンも考えられますが、いつもどおり使っていて急に2、3時間の間だけ接続できなかったわけです。

大事なデモンストレーションのとき同じことが起きたらと思うと、ちょっと怖いですね。

言い方は悪いですが、これからのことを考えると、どこかが壊れていて原因が特定されていた方が安心だったようにも思います。

10年ほど前だと思うのですが、福岡県内の自治体を回りながら、ネットショップの講師をしていたことがあります。

接続できなかったWi-Fiがショップに行くと接続できるというよくあるパターンの日でした

インターネットはWiMAXというモバイルデータ通信を使っています。

今日いつものように使っていたら、急に接続できなくなりました。

契約して一年以上。こんなことは初めてです。

とりあえず、Windowsの「問題のトラブルシューティング」を実行したり、USBの無線LAN子機を抜き差ししてみたり、いろいろ試しましたが上手く行きません。

AndroidタブレットやiPodを起動してみると、やっぱり接続できません。

AndroidのWi-Fi設定を見てみると、「接続済み インターネットは利用できません」と表示されています。

おっ、これは昔懐かしいプロバイダの回線障害かな?と思って近所のファミリーマートに行き、Wi-Fiを借りて調べてみたのですが、特に障害は起きていないようです。

しょうがないのでプロバイダーに電話して状況を話してみると、「一旦SIMカードを外して接続部分を柔らかい布などで拭いてみてください」とのこと。やってみたのですが症状は変わりません。

結局auショップに行って、SIMカードを交換してどうなるか試すことになりました。

電話窓口の方がおっしゃるには、SIMカードが悪いのか本体が悪いのかの2パターンらしいです。

安定したパソコン環境が浸透するのはWindows 95以降ということに納得しました

昨日は就職氷河期世代の人から見た、バブル入社組の人たちのIT職場環境の捉え方が面白い、ということを書きました。

インターネットを見ていると、オフィスにパソコンが本格的に普及して行ったのはWindows 95以降という意見が多いようです。

私の場合は独立する前も後もIT関連業界にいたということもあり、このような意見を持たれる業界の方とは環境が違うと思います。

ブログに何度か書いていますが、私は手書きで卒論を書くと清書するのが面倒くさそうという理由で、当時発売されて間もないNEC PC-9801VM2とドットインパクトプリンターをローンで買いました。

買ったら買ったでゲームをする時間の方が長くなってしまったのですが、パソコンに慣れていたおかげか、ゲーム開発会社でアルバイトをする機会に恵まれました。

アルバイトをするようになると、プログラマーさんやグラフィックの方がパソコンを使うのは当然ですが、社員の方も普通にパソコンを使って仕事をされていました。

当時のプログラマーさんは、シャープのMZ-80というマイコンでプログラミングを覚えた、とおっしゃっていた記憶があります。

就職氷河期世代の方の仕事環境の変化の捉え方が分かって面白いと思いました

インターネットを見ていたら、バブル入社組の評判について書かれている記事を見つけました。

ここ数年、この「バブル入社組」についての記事をよく見かけるので、このキーワードで検索してみるとたくさんヒットします。

検索結果を眺めていて思い出しました。このキーワードは、5年ほど前に放送されていたテレビドラマの「半沢直樹」からですよね。

そもそもこのバブル入社組というのは、今50歳前後の、バブル期に大量採用された社員のことを指すようです。

私はそれよりもう少し上の世代ですが、多くの記事で指摘されている少し否定的な意見は、まるで自分のことをいわれているようで耳が痛いです。

確かに、バブル期のあと就職に苦労した氷河期世代の人たちからすると、採用試験の難関を潜り抜けた方々なわけですから、そのような意見を持たれるのは分かります。

自分でも、ある時期から若い人たちはしっかりしているな、と感じることが多くなりました。

ただ今日記事を読んでいて「へぇ、そういうものか」と感じたのは、バブル入社組にITリテラシーが低い人が多い理由として、次のようなコメントが付いていたことです。

日本車の信頼性は高い評価を得ていますが今後それが維持できるかちょっと心配です

昨日は地上波でル・マンやF1が中継されなくなったと書きましたが、日曜日の夜にはテレビ東京系で、主にSUPER GTという国内レースの情報を伝える「スーパーGTプラス」という番組が放送されていますし、鈴鹿サーキットでは毎年F1日本グランプリが行われています。

欧米ほど歴史は古くありませんが、第1回日本グランプリ自動車レース大会が開催されたのが1963年ですから、日本はもともと自動車レースが盛んだと思います。

記憶に新しいのは、2007年に佐藤琢磨選手がスペインF1グランプリで8位入賞したこと。

これに価値があるのは、国産のホンダエンジン、ブリヂストンタイヤを使うプライベートチーム(鈴木亜久里率いる「スーパーアグリ」)が達成したことにあります。当時は大きな話題になりました。

こういうのは欧米のプライベートチームの話題ですよね。

国際自動車レースでの日本車や日本人の活躍と歩調を合わせるように、今や国産の乗用車の信頼性に対する評価はずいぶん上がったと思います。

海外の一流自動車メーカーと、トップを争うような位置にいるのではないでしょうか。

このようなことから考えてみると、日本人は信頼性のあるクルマ作りという点では、向いているんじゃないかと思います。

昔ル・マンやF1がテレビ中継されていたことを思い出しました

今年のル・マン24時間レースでトヨタが優勝しましたね。

今年はポルシェが撤退したために、最高峰のLMP1クラスで唯一のメーカーワークスだったということですが、それでもあのル・マンで優勝です。

2016年はゴール3分前に停止して優勝を逃したことが話題になりました。

それほど過酷で何が起こるか分からないレースです。

しかもドライバーの一人は中嶋一貴さん。日本人ドライバーがドライブしての優勝は初めてです。

本当にすごいことだと思います。

今まで優勝した日本のメーカーは1991年のマツダだけでした。

そのときのクルマ、マツダ787Bがデモンストレーションで走るたびに、「ルマンで優勝した唯一の日本車」と紹介されてきたのですが、それももうなくなりますね。

マツダが優勝した翌日の新聞に、メルセデス・ベンツ社が「マツダおめでとう」という広告を出していたことを記憶しています。

「ル・マンで勝つことの難しさを私たちは知っています」というような内容だったと思います。

マツダの優勝で思い出したのですが、1980年代から1990年代はル・マンやF1は地上波でテレビ中継されていました。

いくつになっても新しい音楽を楽しめる人は音楽が大好きな人なのでしょう

先日より「新しい音楽を楽しめるのは30歳まで?」というニューズウィーク日本版の記事について書いています。

懐メロばかり聴いていて若い人の音楽が理解できない、そういう中高年にならずに、いつまでも音楽にオープンでいるためにはどうすればいいか、という提案で記事は終わっています。

考えてみると、今まで生きてきて、中高年の人で日々新しい音楽を発掘しようとしている人を見たことはありません。

私の周りにいるほとんどの人は、ミュージシャンや評論家の方などではない、つまり音楽とは関係のない職業の人ばかりです。

記事には、新しい音楽を聴かなくなる理由について、主に仕事や子育てで時間がないということが挙げられています。

しかし聴かなくなる理由は、そのようなライフスタイルの変化だけではないような気もします。

音楽を貪るように聴いていた10代、20代の頃を思い出してみると、あのような情熱が50代、60代、いや極論すれば死ぬまで続くとはとても思えません。

しかも音楽が好きな人ならば、どこかで自分の好きなジャンルを突き詰めて行く時期があると思います。

ある人はそれがジャズであり、ある人はワールドミュージックであり、ある人はオペラであり、ある人はバロックや室内楽であり・・・。

新しい音楽を楽しむといってもいろいろな考え方があると思いました

昨日ご紹介した「人々が新しい音楽を発掘する努力をやめる」年齢のような調査は、調査対象の人たちの傾向によっても大きく変わると思います。

高校を卒業するかしないかくらいの時期だったと記憶しているのですが、一度だけ行った中学の同窓会で、やんちゃしていた同級生たちが、「音楽は演歌だな」としみじみいっていたのには驚きました。

当時はYMOのようなテクノミュージックも流行っていて、まだまだ聴いてみたい音楽はたくさんあると思っていましたので。

ただ一方で、私の周りの親の世代で音楽が好きな人はほとんどいませんでしたし、その人たちがテレビで「いいね」といいながら聴いている音楽はほとんどが演歌でしたから、自分も将来はそうなるのかなと思ったりもしました。

以前ブログで、ビートルズばかり聴いている中学校の同級生のことを書きましたが、彼は音楽が大好きなわけです。

30代前半で独立したとき、一緒に仕事をしていた人も音楽が好きで、仕事中いつもBGMをかけていましたが、かける音楽はほとんど同じアーティストでした。

このような人たちは、最初から新しい音楽を発掘する努力をするタイプではないような気がします。

自分が新しい音楽を発掘する努力をやめたのはいつだろうと考えてしまいました

インターネットを見ていたら、ニューズウィーク日本版のWEBサイトで「新しい音楽を楽しめるのは30歳まで?」という記事を見つけました。

これはある音楽配信サービス会社の調査によるものとのこと。以下、その部分の抜粋です。

「フランスに本社を構える音楽ストリーミング配信サービスDeezerが、イギリスのユーザー1000人を対象に行った調査で、人々が新しい音楽を発掘する努力をやめるのは、平均して30歳と6カ月と発表した。」

このような内容の調査は、以前にも何度か聞いたような気がします。

私の場合は今の古楽好きになったのは40代でしたから、調査には当てはまらないような気もしますが、クラシック音楽自体は中学生の頃から好きでしたから、「同じジャンルじゃないか」といわれれば反論できません。

ただ、この調査の指摘する年齢で「新しい音楽を発掘する努力をやめ」たわけではないようにも思います。

精神の病気で音楽を聴く気になれなかった時期もありましたが、30代以降もコンスタントにCDを買ったりCDをレンタルすることは続けていました。

とはいうものの、この記事で指摘されているように、新しい音楽を発掘する意欲が満々だったのは20代前半までのような気がします。