オフィスの仕事や印刷屋さんの仕事が最初に激変したように思います

先日も書きましたが、私は大学の卒論を手書きで清書するのが面倒なので、ローンを組んでNEC-9801を買いました。

その結果、内容は手書きでもワープロでも酷いことには変わりありませんが、時間は大幅に短縮できたと思っています。

同じ目的でパソコンを買っていた同級生はあまりいなかったと思いますが、会社に入ったときからパソコンのワープロで資料を書いていたように記憶していますから、オフィスでは普通に使われていたのだと思います。

ゲームを開発していた部署なので、IT機器の導入は早い方だとは思いますが。

しかし当時、会社に出入りしていたデザイナーさんや印刷屋さんは、ゲームのパッケージやマニュアルを版下や青焼きで持ってきていました。

まだMacの時代ではなかったんですね。

カラーは色見本を見ながら確認するのですが、思っていた色と違っていたり、版ズレを起こしていてやりなおしになると、費用がかさむので、課長がよく怒っていたものです。

私が独立して、知り合いのデザイナーさんの事務所に席を借りたのが1996年くらいですが、その頃になると、彼らは普通にMacを使っていました。

パソコンを続けているもう一つの動機は想像力を発揮できるからです

以前、パソコンを続けているのは、潜在意識と想像力という、二つの興味を満足させてくれるからではないかと書きました。

想像力が豊かなのは、アイデアを出すときなどは便利なのですが、不安神経症の原因の一つではあると思っています。

あることないことを妄想するんですね。

パニック障害で治療している人が、また発作が起きたらどうしようというように、起きてもいないことを恐れて、症状を悪化させるような強い不安感を予期不安といいます。

パニック障害とはまだ無縁の子供の頃から、このような感覚は持っていましたので、ストレスには気をつける生活をする必要があったのですね。

想像力豊かという才能は、優れたアイデアを思いついたとして、それをじっくりと温めたり磨いたりして、大きな成果に繋げることができるならば、持っている価値はあると思います。

私の場合は、あるアイデアを思いついたら、すぐにやり始める。そのうちに別のアイデアを思い付いたら、さっきまでやっていたことは放っておいて、また次のことをやり始める。

子供であれば、通知表に「落ち着きがないのでじっくりと取り組みましょう」と書かれてしまいそうな想像力の使い方で、とても褒められたものではありません。

潜在意識もコンピューターも理解できるのはほんの一部分なのだと思います

ゲーム会社にいた最初の頃は、プログラマーはマシン語を使っていて、私もBGMやSE(サウンドエフェクト)のデータを、マシン語を使ってコンパイルさせられていました。

優秀なプログラマーの方を何人も見てきました。

パソコンで何かの処理をする必要があるとき、自分のできる範囲はだいたい分かりますので、どこからプログラマーに任せるべきかは分かっているつもりです。

例えば、VPSサーバーを借りて、LDAPやメールなどの環境を一通り構築するときに、スクリプトを書くような程度です。

ネットワークやセキュリティなど、専門家の方からすれば素人同然だと思いますが、これまで本当に広く浅く、いろいろ経験してきたと思います。

短い期間でしたが、IBMのオフコンルームがある会社のIT部門で働いていたこともあります。

価格を聞いたんですが、目の玉が飛び出るほど高価なんですよね。

全国の支社の伝票処理などを一手に担っている重要なマシンなのですが、ほとんどの社員は知らない(というか知りたいとも思わないというか)。不思議な世界だな、と思ったものです。

パソコンの不可思議なところが好きなんだと思います

昨日お話したのは、YAMAHAから発売されていたMSXというパソコンで、作曲ができたりシンセサイザーになったりするということだったので、欲しくてたまらず、アルバイトに精を出して手に入れました。

オプションの外付けキーボードは必須。当然買いました。

使い始めるとやっぱり面白くて、大学の授業にも出ずに、毎日触ってばかりいました。

大学の卒論を書く頃になると、それなりにパソコンに慣れていたこともあり、手書きだと何度も清書を繰り返して嫌になることは分かっていたので、ローンを組んでNEC PC-9801を購入しました。

当時、ハードディスクなんてものは高価すぎて購入対象ではありません。5インチ1MByteのフロッピーディスクを2枚同時に挿入できる、M2という機種でした。

高い買い物でしたが、これらを買ったおかげで、ゲーム会社のSEや音楽を作るアルバイトを紹介してもらえましたし、その会社に就職して独立して今に至ります。

パソコンを触るのが嫌だと思ったことも、特にありませんので、向いていたのだと思います。

先日記事に書きましたように、パソコンを何台か自作しましたし、Linuxを構築したり、昔はMacも買いましたので、好きなんだとは思います。

知ることで怖さを感じなくなりたいのはパソコンも同じです

初めてパソコンに触ったときは、驚きの連続だったように記憶しています。

あるプログラムをロードすれば、音符を書いて作曲することができ、パソコンから音が出る・・・YMOのようにコンピューターで音楽ができるなんて、夢のようでした。

別のプログラムをロードすれば、文章を書くことができて、それを消したりコピーしたり、簡単に編集ができる・・・卒論を手書きで書きたくなかったのです。清書するのが面倒くさそうで。

また別のプログラムではゲームができる。

すごい。これさえあれば何でもできるんじゃないか。

しかし、何か変な操作をしてしまうと、動かなくなって、うんともすんともいわなくなる。

そうなったらお手上げです。動かなくなったときのことを考えたら恐ろしい。

人間のことが分からないのと同じです。人間の潜在意識を知りたくなるように、パソコンのことも知りたくなるんですね。

私の世代は、パソコンは就職して仕方なく使うようになった人がほとんどではないかと思います。

ですので、パソコンが使える人に使い方を教えてもらって、何とか教えられた通りに使う。

変な操作をして、動かなくなったりおかしくなったりしたら、パソコンが使える人を呼んで元に戻してもらう。

パソコンに興味があるのは潜在意識に興味があるのと似ています

学生のときのアルバイトからずっと、パソコンに関連した仕事を続けています。

先日、ブログで潜在意識について書いているときに、ふと気付きました。

潜在意識に興味があるのと、パソコンの仕事を続けているのは、どこかに共通のものがあるからではないか。

私は子供の頃から不安神経症の傾向があります。

想像力が豊かな方なので、それも不安神経症に影響しているのだと思います。あることないことに思いをめぐらす。妄想癖ですよね。

アーティストのように、優れた芸術作品を作る才能に結び付いていないのが悲しいところです。

パソコンを続けているのは、この潜在意識と想像力の、二つの影響かなと思っています。

そもそも、なぜ潜在意識に興味があるのかというと、以前お話したように、物心付いたときから、自分のことや他人のことが分からない、という感覚を持っていたんですね。

よく分からないというのは怖いことで、子供が暗いところが怖いのは、生きてきた経験が乏しいので、お化けがいるかもしれないとか、必要以上に恐ろしい。

だた、電気がついていないので見えないだけなんですが。

怖い対象が人間なので、人間自身のことを知りたくなるわけです。

時間は貴重なものであるということをこの歳になって分かりました

子供の頃は、時間は無限にあるように錯覚していました。

中学生くらいまでの野球や、それ以降の音楽など、熱中する対象はありましたが、学生のときは基本的に遊んでいました。

社会人になってからも、20代、30代はよく飲み歩いていました。

今考えると、どれだけ密度の薄い人生を歩んできたんだと、愕然としてしまいます。

いろいろなことを経験してきた、といえば聞こえはいいのですが、何か面白いことはないかと、あっちフラフラこっちフラフラして、結局何もかも中途半端だったんですね。

この歳になって、人生で最も貴重なものは時間だ、という言葉は胸に応えます。

人生で最も貴重なものは時間。みんな平等に持っていて、お金では買えない。

そしてそのあとには、貴重な時間を無駄にしないために、自分にとって大切なことに時間を使うこと、と続くようです。

そのためには、自分にとって大切なことは何かを知る必要があると。

それを知ったとして、それをどうするために時間を使うのか、ということが問われているように思います。

人によって大切なものは、家族であったり、仕事であったり、地位であったりするのでしょう。

昔に比べて情報は爆発的に増えましたが一人ひとりの時間は増えません

なぜこれほど情報が増えたかといえば、やはりインターネットの影響が大きいです。

スポーツに限ってみても、Yahoo!のような大手サイト以外に個人の方も情報を発信しているので、あるスポーツに興味を持ったときに、インターネットを検索してみると、たくさんのWEBサイトがヒットします。

一昨年、ラグビーのワールドカップで日本が南アフリカに勝利したときは、テレビもインターネットも大盛り上がりでした。

あれ以来、テレビでラグビーの試合が取り上げられることが、グンと増えましたよね。

ラグビーのファンになった人も多いと思いますし、その人たちにとって、テレビ中継を見ながら楽しめる時間が増えたわけですから、その分人生も豊かになったのではないでしょうか。

しかしその一方で、人生の時間は増えません。

本来ならば、何かに使っていたはずの時間を削って、楽しんでいるということになるのでしょう。

糸井重里さんのように、野球が大好きでキャンプに取材に行かれたりする方が、ラグビーも好きになって関係者の方と対談をするというように、仕事もプライベートもさらに充実するのはいいのです。

私のように、睡眠時間を減らしたり、休日を取らないようになって、その挙句体を壊してしまう、というのがよくないのですね。

それほどテレビが子供の人生に影響を与えていたんだと思います

「巨人、大鵬、卵焼き」というくらいですから、テレビのスポーツ中継は、巨人戦の他には、相撲くらいしかなかったように記憶しています。

あとはプロレスですか。

プロレスの方は、私は知らないのですが、力道山の人気がすごかったようですので、プロレス中継も一般化したのではないかと思います。

私が見始めた頃は、ジャイアント馬場やアントニオ猪木でした。

小学生の私たちが、影響を受けて自分達でもやるスポーツといえば、やはり野球になるんですね。

巨人の星などのアニメもやっていましたし、テレビや雑誌では野球についての解説も盛んでしたので、必然的に野球に詳しくなります。

ゲームでさえ、エポック社の野球盤で野球をやっていましたから。

1980年代に、泉麻人さんがコメンテーターを務める「テレビ探偵団」という番組がありました。

懐かしのテレビ番組を紹介するもので、私たちの世代もそれを見ながら「あったあった」と騒いでいたのですが、これほど濃い共有体験をしているということは、子供の生活にテレビがどれだけ深く入り込んでいたかということですよね。

今はスポーツといえば、サッカー、バレーボール、バスケットボール、テニス、最近はラグビーや卓球まで、たくさんの情報に溢れています。

巨人、大鵬、卵焼き・・・メディアの情報は限られていました

私が物心付いたときの記憶には、さすがに「大鵬」と「卵焼き」という印象はないのですが、テレビ中継でスポーツといえば巨人戦のナイターでした。

「巨人、大鵬、卵焼き」であって「野球、大鵬、卵焼き」ではありません。

今の若い人には信じられないと思いますが、昔のプロ野球中継は、ほとんどが巨人戦だったのです。

ということは、巨人の所属していないパリーグは、テレビ放送がありませんので、セリーグのどこかのチームのファンにとって、パリーグなんてほとんど知らなかったのではないでしょうか。

福岡にはパリーグの西鉄ライオンズがありましたので、よく当時の平和台球場に足を運んでいました。

球場がそんなに大きくはないので、選手との距離も近く、今のようにラッパなどの音の大きな応援もありませんでしたので、バットにボールが当たったときの音など、野球をするときのさまざまな音が鳴り響いていたように思います。

先日の記事で、昔の子供は暇だったと書きましたが、なぜ暇だったのかを考えてみると、日常生活をしていて受け取る情報が、今と比べて極端に少なかったんですね。

小学校で共通の話題といえば、テレビくらいしかありませんでした。

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