自分が高齢者になったとき新しい技術にいつも不思議がることになりそうです

夕食のとき、NHKのテレビ番組「チコちゃんに叱られる」を見ることがあるのですが、私の親がチコちゃんについて、あれはどうやっているの?といつも聞いてきます。

私は毎回、コンピュータで絵を動かしているというような説明をしているのですが、当たり前ですが納得がいかないような表情をします。

私も具体的にどうやって動かしているか分からないのですが、じゃあその仕組みを知りたいかといえば特に知りたいとは思いません。

なので親が毎回不思議がるのを見て、それが不思議だと思ってしまいます。

もう亡くなったのですが、私の祖母も以前大仏さんが笑うCMのCGを見て、大仏さんが笑っているよ、と驚いたような可笑しいような反応をしていました。

そういう意味では、CGという存在を知らない人にとっては、なぜ絵が人間のようにリアルに動いているのか本当に不思議なのだと思います。

私も初めてパソコンに触ったときは、なぜこの機械で絵が動いたりするのか不思議でしたし、インターネットに触ったときも、なぜ地球の裏側にいる個人とやり取りできるのか不思議でした。

今までなかった技術が急に目の前に現れると、不思議に感じるのはどの世代でも同じだと思います。

プロフェッショナルなジェネラリストさんを見て自分を省みてしまいました

昨日は、先日の台風で軒先の雨どいの一部が軒先から外れてぶら下がっていたので、いつもお願いしている工務店さんに相談したお話をしました。

相談した営業の方によると、うちと同じように台風の影響で今修理の依頼が多いのだとか。

本職の大工さんだと来月になってしまうので、本職ではないけれど対応できる方を派遣していただくことになったのです。

今日、早速その方が来て作業をしてくださいました。

私は自分の仕事の合間にちらっと拝見したのですが、作業に使う脚立は四本の足それぞれの長さが調整できるものを使われています。

私はDIYさえできないので、そのような脚立があることに驚いてしまいました。

雨どいの下には昔親が作ったテラスがあり、屋根のプラスチックが劣化して一部破れているので、それを交換しながら足場を確保して雨どいも修理しようという算段です。

その方に、居間のちゃんとしたテラスならば人が乗って作業できるけど、このテラスは乗れないでしょう?と尋ねたら、うまく体重を分散させれば上に乗って作業できますとのこと。

これにもへぇ〜っと驚いてしまいました。

発注側からすればどの業界にもスペシャリストとジェネラリストがいると助かります

実家の軒先の雨どいが一部軒先から外れてぶら下がっていたので、いつもお願いしている工務店さんに修理の見積もりに来てもらいました。

先日の台風25号で外れたのだと思いますが、営業の方によると、うちと同じように修理の注文が入っていて大忙しだとか。

本職の大工さんに頼むと作業は来月になるとのこと。

福岡は直撃しないと思って高をくくっていたのですが、最接近の日は深夜からお昼近くまで暴風が続きました。

やっぱり福岡も被害にあったお宅は多かったんですね。

テラスがなければ、なんとか自分で脚立に登って留め金を打ち付けることができるかもしれませんが、テラスがあるので脚立が立てられません。

テラスの屋根のプラスチックが古くなっているので、それを交換するついでに脚立の足場を確保して留め金を打ち付けることになりました。

営業の方によると、本職の大工さんであれば屋根の上から打ち付けることになるそう。

それだと屋根から身を乗り出して作業することになりますので、そのようなテクニックをお持ちなのだと思います。スゴイ。

その工務店さんには何度もお願いしていて、何でも器用にこなす方が作業されることもあるのですが、今回もそのような方がいらっしゃるのでしょう。

「やりたいことをやりきった」人というのは死ぬときどう思うのでしょうか

昨日は楠木新著「定年後」(中公新書)に書かれている、京都大学カ―ル・ベッカー教授の講演内容のエピソードを読んで驚いたというお話をしました。

功なり名を遂げた大半の人が、「自分の誇れるものは何か」という臨終前のインタビューで、幼い頃の思い出を語るというもの。

私はそれまで「死ぬときに後悔する○○のこと」というようなタイトルの本やネットのコラムで、「行きたい場所に行かなかったこと」とか「やりたいことをやらなかったこと」というような回答をする人が多いという話に、信憑性を感じていたからです。

インタビューを受けたのは、自他共に認める「功なり名を遂げた」という人が前提でしょうし、少なくとも「やりたいことをやらなくて」後悔している人ならば、「死ぬときに後悔する○○のこと」のような回答をしているんじゃないかと思います。

インタビューを受けた人の中には、完璧に「やりたいことをやりきった」人はいないかもしれませんが、それに近い人はいたんじゃないか。それにも関わらず大半が幼い頃の思い出を語るとは・・・。

もしかするとインタビューを受けた人たちの中に「やりたいこと」で功を成した人はいなかったのかもしれませんし、そもそも人間は「やりたいことをやりきった」なんて感情を臨終のときまで持ち続けることはできないのかもしれません。

「死ぬときに後悔する○○のこと」がないとしたら何を思うのか考えてしまいました

今日インターネットを見ていたら、ダイヤモンド・オンラインでちょっと驚くコラムを見つけました。

話題になった本「定年後」(中公新書)の著者、楠木新さんのコラムで、驚いたのはこの本から抜粋されている次の部分。

京都大学で日本人の往生感を研究しているカ―ル・ベッカー教授の講演を聞いたことがある。功なり名を遂げた人に臨終の前に「自分の誇れるものは何か」とインタビュ―すると、仕事や会社のことを話す人はいないという。大半が「小学校の頃、掃除当番をきっちりやった」など幼い頃の思い出を語るらしい。

以前このブログで、「死ぬときに後悔する○○のこと」というような本について書いたことがあります。

ネット上にも同じようなコラムを見かけますが、「行きたい場所に行かなかったこと」とか「やりたいことをやらなかったこと」など、似たような項目が挙げられていて、ああやっぱりほとんどの人が同じようなことを後悔するのか、とても考えさせられました。

逆にいえばそれらを叶えることができた人たちもいるのでしょうから、そのような人たちは、少なくとも死ぬときにこのような後悔はしないわけですね。

近所のショッピングモールが人気スポットになりすぎるのも困ったものです

福岡市の地下鉄七隈線の終点、橋本駅に隣接して、木の葉モール橋本というショッピングモールがあります。

今日買い物があったので自転車をこいで行ってきたのですが、小さな子供の家族連れでごった返していました。

三連休とはいえ何故こんなに人が。ここは福岡市の外れですよ・・・。

ある旅行サイトに口コミが掲載されていたので拝見すると、確かに休日はとても混んでいるけど便利なので行ってしまう、というようなことが書かれています。

子供向けのイベントや子供が遊べるスペースを目当てに来ている方も多いようです。

隣にあるニトリの駐車場もいっぱいですし、30代くらいの家族連れが休日を過ごすにはとても便利なエリアのようですね。

以前、西南学院大学などがある西新という繁華街に、西新エルモールプラリバという商業施設がありました。

それより前は岩田屋というデパートだったのですが、私はその頃から店内にあったリブロという本屋さんをよく利用していました。

そのプラリバも3年前に閉店。今の時代、大型の商業施設って経営が難しいんだろうなと思っていたのです。

フィッシング詐欺に会わないように助け合いの場を確保する必要がありそうです

昨日ASK アクティブシニア交流会の役員の方から、最近よく聞く「おめでとうございます!Googleをお使いのあなた!・・・」といようなフィッシング詐欺についての注意喚起メールを、ASK会員の方に送って欲しいとの依頼がありました。

ああ、そうですよね。ASK会員さんの数は数百人規模ですので、今後被害に会われる方がいらっしゃるかもしれませんし、もうすでに遭遇されている方もいらっしゃるかもしれません。

ちなみにこの詐欺の話はよく聞くので、どういうものかちょっと調べてみたのですが、今ひとつよく分かりません。

閲覧したWebサイトに組み込まれた広告にリダイレクト処理がされているっぽい。

対策としては、この手の悪意ある広告はみな同じですが、無視することですよね。

まずは広告が表示されているWebページのタブを閉じる、そしてWebブラウザのキャッシュを削除する、といったところ。

注意喚起メールにはそのようなことを書くしかないかな、と思ってふと思い出したのは、会員さんが勉強会などでスマートフォンやパソコンのWebブラウザを操作している場面。

タブを増やしたり閉じたりする操作が分からない方もいらっしゃいます。

スマホがパソコンの代わりになっても手に触れるモノが必要な人はいる気がします

昨日はデスクトップパソコンのハードディスクを取り替えながら作業をしていました。

以前、弊社のソフトを利用されているユーザーが、Windows 98やXPやVistaのように複数のOSに分かれている時期があって、そのときも取り替えながら動作チェックをしていました。

こういうハードウェアを直接触る作業は楽しく感じます。

昨日も書きましたが、あるミュージシャンの話として、レコーディングミキサーはコンピューターソフト化したものではなく実際にツマミやフェーダーを触る方がいい、というようなことを聞いたことがあります。

レコーディングスタジオにあるようなミキサーのフェーダーはとてもスムーズで、高級感のある感触だと思います。高価なオーディオアンプのボリュームのような・・・。分かりにくいですかね。

やっぱり音楽を作る側にいる人は、そういう部分も必要なんじゃないかと思ったりします。

話はちょっと逸れましたが、仕事道具に「モノ」としての実感があって欲しい人は結構いるんじゃないかということです。

なぜこんなことを書いているかというと、先日スマホがあればパソコンはいらないという議論が続いているという話をしましたが、その話にも関わってくるように思ったのです。

仕事道具が触れる機械であって欲しいという感情に気が付きました

昨日はRaspberry Pi Desktopの環境がおかしくなってしまったので、今日デスクトップパソコンに同じ環境を構築していました。

Windows XPを使っていたときに、バックアップのために買っていた40GBのハードディスクドライブが余っているので、それを利用しようと思ったんですね。

いくつかバックアップがあれば、環境が壊れたとき復帰させようとしてハマってしまっても安心です。

Raspberry Pi Desktopのインストールはすんなり終わったのですが、インターネットに接続できません。USBのWi-Fi無線LAN子機、BUFFALOのWI-U3-866Dを認識できないようです。

「WI-U3-866D Linux」で検索すると結構情報があります。ドライバをビルドしてインストールしなきゃならないらしい。はぁ・・・。

ビルドなんて、今まではネット上にある情報をネットにつながっている状態で実行していたので、ネットに繋がらない状態でどうやるのか困ってしまいます。

不測の事態にマニュアルがないのはどんなことでも同じだと思いました

今日Googleが提供しているAPIを使ってみようと思い、どうやるのか調べたら最初にユーザー認証を実行するとのこと。

インターネット上にある情報を参考にしながらapiclientやoauth2clientのようなGoogleが提供しているパッケージをimportするサンプルを作って実行したのですが、「No module named 'oauth2client'」などのエラーが出てしまいます。

google-api-python-clientをインストールしたんだけどダメなのかな・・・と思いつつ解決方法を調べていたら、pip自体をupgradeしたあとoauth2clientなどをupgradeする、というような記事を見つけました。

なるほどと思って、pipをupgradeしたら次のようなエラーが出るようになりました。

Traceback (most recent call last):
  File "/usr/bin/pip", line 9, in <module>
    from pip import main
ImportError: cannot import name main